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作品 - 20070609_964_2123p

  • [佳]  鶏鳴 - 黒船  (2007-06)

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鶏鳴

  黒船

最近ね 私 スピリチュアルカウンセリングを受けたの そしたら カウンセラーが言ったの あなた 他人の心がわかるでしょ 他人と自分の境界が薄い人ですね だって

私はカウンターで独り 焼き鳥を食べている 渋谷道玄坂の居酒屋 金曜の夜は若者で賑わっている 左隣 金髪を長く垂らしたピンクのミニスカ女 そのまた隣 漁師のように日焼けしたドレッドヘアの男は首を上下に振っている 女は話を中断すると レバーを食べ始めた

エリちゃんレバー好きなの?
別に好きじゃないけど 今日のラッキーメニューはレバーなの
なにそれ 星占い?
そう 今日は素敵な出会いがあるっていってた
え それって俺のことじゃね

この店の鶏は放し飼い しかも朝引きした肉を調理している 歯応えが強い 空を飛ぶ 夢の内に縊られた鳥の肉 目の前に串を掲げ先端を見つめる ムネ スナギモ ボンジリ ナンコツ あらゆる部位を食べつくしたら 復活する 胃の中で再生された鶏が と その時 

オマエ バカダロ オマエハ オス ジャナイカ

皿の上に目を落とすと 最後に一本残ったレバーに 鳥のくちばしが生えている ほう 味なまねを レバーに塩を振り掛ける オイ ペッ ヤメロ ペッ ペッ カライ! モウヤメロ エンブントリスキダ そうか お前も塩が好きか 焼き鳥は塩に限る む かけ過ぎたようだ レバーは死海にプカリと浮かんでいる これは食えたもんじゃないなと いつのまにか 隣の席が沈黙している 視線を首ごと左に向けると 怒髪天を衝くフィリピン系の女が ドレッド男を見下ろしている

ダレヨ コノオンナ
え いや知らない人
ソンナワケ ナイデショ
ほんとだよ たまたま隣に座ってたんだって
フザケンナヨ コロシテヤル コノオンナ
だから知らねーつってんだろ!

逆切れドレッド男はビールをぶちまけ 私の顔にまで降りかかる雨 水滴が口に入って苦い死の味がする ナニスルダヨ! コロシテヤル! ソーリー お客様 お静かに願います おろおろする若い女の店員 と その時 調理場の奥から 淀んだ空気を切り裂く悲鳴が響いた 一時停止 静まり返った店内 ジャズだけが鳴り続けている なによあれ 鶏の声かしら やーね 殺したのかしら ひそひそ 再生 泣き喚くフィリピーナと なだめるドレッド エリちゃんは十字架のネックレスを両手で握って 口元に寄せ 何かつぶやいている エリ エリ レバ タベタノニ その瞳は虚ろで 視線は中空を彷徨っている 探している そこに誰かいるのか? 壁にかかる時計はあくまで無言で 11時 終電が近い やれやれ 私は席を立つ オイ マテヨ タベナイノカヨ レバーが口を尖らせている お前 うるさいよ 串壷にレバーを突っ込む ヤメロ ダセ コノヤロ くわばら くわばら 私は店を出て ネオンの煌く坂を下りはじめる その直後 店中から複数の鶏鳴が上がり 振り向けばビルの谷間に浮かぶ満月 鳥の群れが影絵となって空に映り 吸い込まれるようにして月に消えていった

文学極道

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