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作品 - 20070517_390_2070p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


群馬のイタチ

  りす

きのう桐生市(群馬県)でイタチに出会い
お前に惚れたと言われた

そんな大事なこと 
突然告白されても困ると追い払い
国道で路線バスを待っていると
イタチもバスに乗りたいと言いだして
僕の隣に並んだ

錆びた背の低いバス停を挟んで 
僕とイタチはしばらく無言で
国道を歩いて横断する 一匹のトノサマバッタを見ていた
「あいつ、バッタの癖に殿様なんだぜ」イタチが言う
「ちがう、殿様の癖にバッタなんだ」僕は反論する
中央分離帯の陰に トノサマバッタが消えた時
お前に惚れちまったんだ
イタチがまた繰り返す

ひとめ惚れか?
そうだ。
イタチにも可愛い子はいるだろう?
いないね。
出会いが無いわけじゃあるまい?
ないね。
考え直す気はないか?
ないね。

トノサマバッタは中央分離帯によじ登り
首を傾げながら 左右を見回している
「あいつ、なんで飛ばないんだろう?」僕が呟くと
「そりゃ、家来を探してるからさ」とイタチが答える
車が激しく行き交う車道へ
トノサマバッタはまた 歩き出していく
僕とイタチは無言で見守る
黒いタイヤの流れの隙間に
見え隠れする緑色のトノサマバッタ
「飽きないね」とイタチ
「飽きないね」と僕
トノサマバッタは近づいてくるが
バスはなかなかやって来ない

お前に惚れちまったんだ
イタチは懲りずに繰り返す

僕はイタチを問い詰める
本当はバスに乗りたいだけなんだろう
僕に小銭を貸して欲しいだけなんだろう
東京にはイタチがいないから寂しいぞ
いたとしても群馬出身とは限らないからな
同じイタチでもこうも違うものか!
なんてイタチ同士の温度差にショックを受ける
なんてことは東京ではよくあることだぞ

イタチは悲しそうに僕を見上げる
そういう嘘でお前を諦めたイタチは多い
お前に惚れた
この気持ちを大事にしたいんだ

国道を渡り終えたトノサマバッタは今
僕の横でバス停によじ登っている
このあたりではバス停の上が
一番見晴らしがいい
「バス停の名前を隠すなよ」
イタチがトノサマバッタに注意する
「バスが停まらない可能性があるからな」

やがてバスがやって来た
扉が開くとイタチは 
イタチのようにシュルルとバスに乗り込み
後部座席にコロンと寝そべる
バスが発車すると同時に
バスを追いかけるように
トノサマバッタが飛び立つ
僕はバスに乗らなかった
隣に別のイタチが立っていて
お前に惚れたと言っている

文学極道

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