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作品 - 20070516_384_2069p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


African Space Craft

  宮下倉庫


5時。影と影のからまりに鋭角に切れ込む指の先の厚くしなった爪から始めら
れる背割りの朝。

鶏卵の白身のぬくみ。暗闇を探し路上をうろつき歩くジャッカル。土壁の小屋
の暗がりで眼をぎらつかせながら、切り裂かれていくからまりから零れ落ちる
卵黄を汚れた掌に受ける、黒い肌の男たち。

駆け出す。極彩色の荷駄を満載したトラック。そのひとつひとつから漂う甘い
香り。ギネスの空瓶を路上に投げ捨て、煙草に火を点ける運転手。サイドミラ
ーに映り込んだ背割りの痕。ギアを上げる。半開きの窓から煙が流れていく。
規則正しい回転運動の後、瓶は音もなく軟着陸する。転げ落ちた荷駄のひとつ
は硬い土の地面に叩きつけられ、露わになったその果肉の内にあめ色の真珠を
輝かせている。

旧市街の中心で古びている時計台。太腿のような長針がジャック・ブーツで文
字盤を踏みしめている。簡素なスタンドで朝刊が購われていく。鐘の音さえ途
絶えてなくなる方に、伏目がちに白い通勤者たちは向かっている。メトロの放
熱が朝の輪郭を撫ぜる。太腿と鈍角を成す短針に、昨晩の号外が突き刺さって
いる。

キザイア。その名は北からの/南からの。エボニーの2弦ギター。黄色い大地
を眼下に臨みながら着陸体勢に入るジェット機。辻ごとに立つ、逆さの錨のよ
うな体躯の警官たちが、轟音のする方に顔を向ける。今朝、白い建物の前では
誰も唾を吐かない。建物を囲う鉄柵の前、ティアドロップ・サングラスの奥か
ら辺りを睥睨する警官がガムを噛み締める。朝刊の1面にはKeziahの文字が踊
り、通りを舐る熱は束になり流れ出そうとしている。

ほつれ。からまり。繰り返す。厚くしなった爪が弦を叩くと卵黄が焼け焦げる。
ベースラインを肩にかけた法衣の男が、白い建物の前で誰かの到着を待ってい
る。弾圧の夜の後、焼けつくような静けさの中で、噛み潰されたマンゴー・フ
レイバーの酸味が広大な街の隅々にまで行き渡っている。

ひらけていく街の極彩色の中を古いイギリス車が滑っていく。革張りのギター
ケース。3人編成のバンド。後部座席に痩身の男。見送る少年のひとりが、轍
に散りばめられたあめ色の真珠をつまみあげ、傾き始めた太陽にかざし、汗染
みの浮いた警官の背めがけ投げつける。

路上では全てが空冷だ。石造りの歩道に、未だ結露を始めず、飛び立つための
熱を呼ぶ黒い宇宙船が冷ややかに佇立している。後部座席に深々と身を沈める
男。その右手の人差し指に走る傷口は、昨夜からの規制が解けきらない渋滞の
幹線道路―――



   覚束ない足取りで道路を横断する若い男が黒いドラムの音圧に弾き
   飛ばされアスファルトに叩きつけられる音もなく現れた四つ肢の獣
   が既に果実となった男をくわえこちらを一瞥して走り去る赤く脈打
   つベニン湾の上の空で静かに息絶えていく背割りの朝は



ヨルバ。アングロ・サクソン。ラゴスからロンドン。ロンドンからラゴス。黒
い眼になって、男たちは偏在を(または散在を)始める。黒いボディに張りつ
めた2本の弦が束になって流れてくる熱に舐られ、歪む。暗がりから囁くよう
な会話が聞こえてくる。法衣の男がひとつも違えずに弾く4弦。E すぐにG。
すると急に渋滞が解け、ドラムが幹線道路を踏み鳴らしながら駆け出す。


African Space Craft


今ゆっくりと縫い合わされるようにとじていく夜のほつれの中に、通勤者たち
が帰ってくる。誰一人昨夜のことを口にしないまま、頭上に冷たい射精のよう
な軌道を描きながら加速していく宇宙船を、見送っている。土壁にひとつだけ
設えられた窓から流れ込んでくる雨の匂い。そして5時を告げる鐘。

文学極道

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