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作品 - 20070509_241_2057p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


サカテカスの殺し屋

  ミドリ

サカテカスの路地を
さちはトボトボと歩いていた
やっと思いで辿りついた
この町の丘の上にある宿の
スプリングの弾けたベットに 彼女はグッタリと横になり
スーツケースとパンプスを投げ出して
細長い部屋に白く塗られている
天井のペンキを見つめていた

あしたのバスで
メキシコシティまで 行こうかな?
なんてぼんやりと 思いながら

さちの泊まった宿は
サカテカスの町から 丘の頂上へと続く
舗装された道のどん突きにあり
部屋の窓からは
町がよく見渡せる
古くって
美しいはずのサカテカスの町が
なんだか
やるせなく見えた
公園や広場や 教会が眼下に広がり
まるで中世のヨーロッパを思わせるのに

そう さちが思ったとき
部屋のドアが ガンガンって
けたたましく鳴った
風かな?
なんて思ったけど
そんなはずはない

さらに何度も 何度も強くドアを叩く音がする
「誰?」
さちは恐々と声に出してみた
よくわからないスペイン語で
少年らしいその声の持ち主が 何かを叫んでる
さちはゆっくりとドアを開けた
ん?
誰もいないじゃん・・
そう思ったとき
冷たいものがさちの首筋に触れた

「アミーゴ おとなしくしな!」

背の高い男がさちの背後にまわり
ドスの効いた声で彼女を脅しつけ
首にアーミーナイフを突きつけてる
声も出なかった・・
男はゆっくりとした調子で言った
今夜 ティアナの森で集会がある
お前も一緒にきてもらう

だって あのすいません
あたし・・
そう言いかけたとき
男はさちの体を離した
乱暴して悪かったよ
俺はソルトといって
要人の暗殺を専門に手がける殺し屋だ
勿論 ソコんとこ暗号ネームだから心配すんな
さちは思い切って訊いてみた

「殺し屋さん ソルトさんでいいのね?暗号ネームだけど
あたしに一体なんの用があるっていうんですか?」

彼は押し黙って
胸のポケットから葉巻を取り出して
その質問には答えられない
おとなしく従ってくれ
それ以外の要求は俺からはしない
それが俺の仕事だからね

さちは 男の顔をじっくりと見ようとした
「一本でんわを入れるから 窓から離れて
立っていてくれ」
男はそういってケータイを取り出し
早口でまくし立てた
「何?」
不穏な空気に さちの背筋は震えた
でんわを終えると男は
ソファーに深々と腰を掛けた
そして葉巻にマッチでボっと火を灯した

「今 ピザを頼んだところだよ
トマトとピクルスは抜いてあるから
心配すんな」
「なんであたしの嫌いなもの知ってるんですか?」
さちがそう言うと
殺し屋は不敵な笑みこぼし
指に挟んだ葉巻を軽く上げてみせた
キューバ産だぜ

「質問してもいいですか?」
「答えられる範囲ならな」

「人を殺めるって
とっても悪いことだと思うんですけど・・
あなたは」
そう言いかけた時 殺し屋はさちの質問を遮った
「その質問は後回しにしてくれ」

葉巻の煙をくゆらしながら男は
ポケットから取り出した
レイバンのサングラスを素早く掛けた
そして浅めの位置へ腰をずらすと
ソファーの中でニヒルに笑った

「じゃあ いいいですか ソルトさん」

彼は大袈裟に両腕を広げ
かまわんとジェスチャーで示した

「好きな女のコのタイプとか教えて下さい!」

ソルトは葉巻の煙にゴホゴホとむせ込みながら
「俺は女に興味はない」
「じゃ ホモってことですか?」
「ホモとか言うな コラっ!?」
「だってホモじゃないですか?」
「・・・」
「ホモっ!」
「アミーゴ 俺は14んの時に 初めて女を抱いた
マリアと言って 姉貴のダチだった・・」

「すいません その話し
全く興味がないんで 次の質問に移らせて頂きます!」
「・・・」

「休日とかは どうされてます?」
「そうだな〜」 ソルトは気分を取り直して
グラサンのブリッジを何度も中指で押し上げながら
メッチャ 遠〜い目をして 静かに語り始めた

「まずはアレだな 教会へ行って 牧師の説教を聴く
遠い故郷の母に 強く想い馳せながら近所の湖畔を散策する
それから自宅プールサイドで 哲学書を読みふける
そして行きつけのバーで テキーラを煽りながら・・」

「すいません その話し長くなりそうですか?」
「タブン」
「じゃー もーいいです もう結構です!」
「・・・」 
「では次の質問に移らせて頂きます」
ソルトは眉間に皺を寄せた

「ソルトさん 暗号ネームですよね」
「暗号だ!」
「じゃー 本名を教えて下さい」
「アミーゴ 俺は世界を股にかける
チョー大物の殺し屋だ」
「だからなんなのよー」
「・・・つまりだなっ」

その時 部屋のドアがバンっ!と乱暴に蹴破られ
5、6名の男たちがダっと!なだれ込んできた

「CIAだ!ソルトだなっ!」

男たちは一斉にソルトに向かって拳銃を身構える

ソルトは微動だにせず 葉巻をくゆらしていた
そして彼はさちの方へ顔を向け
「つまり・・俺には時間がないってことだ」とそう言った

「ソルト!その女から離れろ!」
CIAの一人が低い声で言った

彼がサングラスを外し
ゆっくりとソファーから立ち上がると
複数の拳銃から一斉に 鉛の弾がソルトに向かって飛び出した
さちは その轟音にギュッと目瞑った

ここがティアナの森だよ
さちの肩の上で 男が言った
見上げるとサングラス掛けたあのソルトが キュッと前を見つめていた
さちが彼の目の先に視線を移すと
真っ裸になった男女が 丈高に組まれた櫓の周りを取り巻き
その数ときたら
ザっと百万人はくだらない感じだった

「アミーゴ 君も裸になれよ」
「やーよ」

ソルトはさちのブラウスのボタンに手を掛けた
「ヘンタイ!」
さちは彼の頬をパンっと叩いて サングラスが飛んだ
ソルトは地面に落ちたサングラス拾い上げ
さちの肩をグッと抱いて 「いいパンチだ」
そう言って唇を重ねてきた
その力強い感じに さちは抵抗できないでいた
彼の胸の隙間からさちは言った

「あなた鉄砲の弾に当たったんじゃ・・」
彼は例の不敵な笑みを浮かべながら

「俺について 君が知りたい
最後の質問のことだが」
「人を殺めること?」
「だったよな」
「そんなこと もうどうだっていいよ・・」
そう言ってさちは
彼の胸ん中に強く ギュッと頬とおでこを うずめていた

文学極道

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