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作品 - 20070305_680_1900p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


マリコの宿題

  ミドリ



この街にやってきて
一番に変ったことといえば
ママが朝ごはんを作るようになったこと
冷蔵庫が新しくなったこと
そしてわたしが 17歳になった

ママは英語の教師をしていて
7時半には家を出る

わたしは鞄にお弁当を詰めて
行ってくるからねっていうと
化粧台の前のママは
ひどく濃いアイラインを引きながら

「マリコ 忘れ物ないの?」

なんていつもの調子で言う
本当は
このまま学校へ行くつもりは なかったから
曖昧な相槌を打って
家を出た

朝の街
通勤や通学途中の
忙しない人の流れに逆らって
わたしは郊外へ30分に一本出る
バスに乗った

このままどこへ行こうか?
腕時計を何度も確かめながら
わたしはこの日も
青い空を
バスの窓枠から見上げていた

軽い喪失感と
インモラルな気分に包まれた朝
ひどく傾きながら
走り続けるバスに
わたしは鞄にギュッと 
爪を立てて握りしめた

長福寺という
停留所で
若いサラリーマンが乗ってきた
わたし以外に
誰も乗っていないバスなのに
彼は通路を挟んで
わたしの座席の 真横の席に座る

そして忙しなげに
ケータイで仕事の話をはじめる
鞄から書類を取り出したり
スーツの裏ポケットから手帳を取り出しては
メモを取ったり

ずっとわたしは
そんな彼の横顔を見ていた

三つ目の停留所で彼は降りた
わたしも背を押されたように
彼の後を追って バスを降りた

何もない田舎の風景
日差しはすでに高くなっていて
背の高い彼を見上げると
薄っすらと
首筋に汗が滲んでいた

「ここは どこですか?」

おずおずと わたしは彼に尋ねてみた
彼は横目でわたしをチラッと見て
こう言った

数年前 
ここはダムに沈んだ 村なんだよ

わたしは彼の言ったことの意味が
よくわからなかったけれど
その深刻そうな
彼の横顔を見上げていると

この場所と
彼の心の中の
とっても大きな気持ちとが
強く結ばれているような気がして
その彼の言葉に
二の句を継げないでいた

文学極道

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