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作品 - 20070215_320_1855p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


寿司屋水族館

  黒船

朝日が眩しい。すがすがしい朝だ。
俺は早起きしてパチンコ屋の開店を待っている。
平日の朝だってのに、こんなに行列できちゃって。平和だねえ世の中。
今日はパチンコ屋『Dragon』のイベント、“海の日”。“海”が激熱の日だ。
パチンコなんて爺さん婆さんのやるもんだが、今日だけは打っとかないと。
昨日スロットで3万負けたから、勝たないとマジやばい。今月生活できない。
猛烈な寒さの中、俺はお気に入りの戦闘服、シルバーのジャケットに身を包んで震えている。
早く開け。早く開け。早く開け。早く開け。タバコの吸殻を踏み潰す。

道路を挟んで、パチンコ屋の向かいのビルに、ここら辺じゃ有名な寿司屋の看板が見える。
なんでも、店の中にデカイ水槽があって水族館みたいなんだと。どうせ高いんだろ。
そうだな。今日大勝ちしたら、寿司でも食って帰るかね。“海”だけに。たまにはいいだろ。
たまにはね。
「いらっしゃいませー。開店になりまーす。」
始まった。俺は爺さん婆さんを押しのけて中に入る。釘の甘い台。甘い台。・・・獲った。
汗だくのおっさんが俺の右隣に座る。「ハア ハア」うぜえな。口臭えよデブ。戦いはそこに座った時点で終わってんだよ。お前の席には地雷が埋まってる。気づけよ。
タバコの煙でおっさんの悪臭を誤魔化して俺は戦闘モードに入る。
スロットのような緊張感はないが生活かかってるし、集中しろ。集中。
千円で30回転。この台はいける。二千円で60回転。いいぞ。三千円。魚群発生。
銀の玉が溢れ出す。連チャンモードに入ってもう止まらない。マシンガンで竹ヤリのジャップを撃ち殺してるみたいに爽快だ。
隣のおっさんが、うらめしそうな目で俺を見てる。運がなかったな。おっさん。


大勝ちした俺は、ビルの5階、寿司屋の前に立っている。
寿司屋『満月』とある。名前からして高そうだ。
ジャケットを脱いで左腕にかけ、右手で慎重に戸をあける。
「へい。ぃらっしゃい。」デカイ声が響く。声デケェよ。俺はすばやく周りを見渡す。細長い店内。左側の長いカウンターにズラリと客。右は壁、じゃない。馬鹿デカイ水槽だ。奥には座敷もあるようだ。丁度良いタイミングで空いているカウンターの左端に座ると、振り向いて水槽を見る。いろんな種類の魚達が、死んだ目をして口をパクパクさせている。隣の客を横目で見る。妙に目をギラつかせたおっさんが口をパクパクさせている。
「ぃよおニイチャン。何にする。」
ビクッとして首を返すと丸坊主の大将がニヤケている。なにニヤケてんだよ。
「上寿司にでもしとくかい?」
舐めんなよタコ。タコ焼きにすんぞコラ。「いや、水槽から選びます。」
「そうかい。豪気だなぁニイチャン。」
大将のニヤケた目を避けて水槽に目を向けると、一匹の鰯が俺を見つめていた。

鰯は他の魚とは違って、生きのいい目をしている。
おい鰯。お前はなんでそんなに調子乗ってんだ? 鰯は語りだす。
「仲間は皆、缶詰や魚の餌にされた。一方俺は生きている。」
お前も結局、人間に食べられるんだぞ。
「この店に来る客は皆金持ちだ。俺のような魚には目もくれない。だから俺は自由だ。死ぬまで自由に生きてやる。」鰯の黒目が大きくなる。ムカツク目だ。ああ、だったら俺がお前を食ってやるよ。

「あの。鰯ください。」
「は?鰯?」大将のデカイ声が響く。「鰯はねえなぁ。ワリぃなニイチャン。」
隣のおっさんが口から米を吹き出す。カウンターの奥から笑い声。
顔の温度が急上昇する。「え、だってそこにいましたよ。」
水槽を見ると、鰯の姿は消えていた。
「なんか他の魚と見間違えたんじゃねえかぁ。鰯はいねぇぞ。」
ああ、畜生。あの野郎逃げやがった。
「鰯ないんですか。じゃあいいっす。」そう言って席を立ち、ジャケットを手に取る。
「ワリぃなニイチャン。また来いよ。」
俺は戸を右手で開け、後ろ手に力強く閉める。エレベーターを待たず階段を降りる。
ああ、ムカツク。鰯も寿司屋も金持ちも。
ムカツク。ムカツク。ムカツク。ムカツク。一階にたどり着く。
ビルの外に出ると夜。四車線の道路には車のヘッドライトが弾丸のように飛びかっている。
道路の向こうにパチンコ屋のネオン。『Dragon』の文字と、一匹の竜が赤々と輝いている。
竜は怒りに尖った目で俺を睨んでいた。

おい、竜よ。あんたは何をそんなに怒ってるんだ? 竜は語りだす。
「俺は自由に空を飛び、この街を焼き尽くすことだってできる。なのに、こんな所に縛られている。」
だったら、焼いちまえよ。こんな世の中。やっちゃえよ。
「俺は動けない。俺に出来ることはお前の不安を燃やすことくらいだ。」
そうかい。ありがとよ。また寄らせてもらうわ。

信号は赤。タバコに火をつけて空腹を紛らわす。鰯が食いたい気分だ。
ああ、そう言えばあの店、景品に鰯の缶詰があったな。サクッとスロット打って、缶詰ゲットして帰るか。帰りにコンビニでちょっと高い焼酎でも買って、一杯やろう。
ファン ファン ファン ファン 目の前をパトカーが横切る。
一瞬、今日の勝ちが飲まれる不安が過ったが、大丈夫。今日はついてる。
信号が青に変わる。よし、今だ。入り口に向かってダッシュする。
段々と戦場的な音楽が近づいて、俺は再び戦闘モードに。

文学極道

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