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作品 - 20061127_655_1672p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


燃料切れ

  みつとみ

 ひとりでどのくらい走ったのだろうか。アクセルを踏み続け、狼と平行して草原を突き抜けた。車体に草や砂利があたった。街の明かりは遠く、荒れた地の草は時に刃物となって、金属をも切り裂く。途中、音がしたので、岩でタンクが裂けたのかもしれない。やがて車は動かなくなり、メーターは0を示した。ガソリンが切れた車から、しずかにかげる地平を見ていた。斜め下方、日が暮れかかっている。ハンドルの汗ばんだ手をはなし、眼鏡のフレームを上げる。指ひとつ分、見える光景が上下する。

 ジャケットの襟を立てて、ガラス一枚に冷え始めた空気が隔たられている。地平、風で草むらが波打っている。なびく草の先。遠くこの平野は、海につながっている。焼けた西の空から、風が吹きつづけている。
 かすかに蒸発したガソリンと古いシートの匂いしかしない。わたしのまわり、ガラス窓から顔をだすのは狼の目と鼻。一頭、また一頭とわたしの車を囲む。獣の灰色がかった銀の毛が風になびく。窓ガラス一枚、車体の金属一枚で、わたしは隔てられている。狼、この地では滅びたはずの種族。

 一頭、また一頭、増えてくる。うろつく。七頭はいる。ときおり光る眼。
 ダッシュボードを開ける。なにか役にたつものはないか。車のマニュアル本、車検証、ジッポのライター、ティッシュ。地図。足下の赤い発煙筒。ナイフはない。しかたなく閉める。
 もう一度、アクセルを踏むが、車は動かない。拳でクラクションを叩く。その音に、染まる雲は裂けていく。

 日が暮れた。風が車の窓にあたる。いつしかハンドルをつかむ手は乾いていた。狼らは見えない。力なくエンジンのキーをとめ、また回す。なにも変わらない。シートにもたれる。身体が重い。顔をあげて、前方を凝視する。気分が悪くなって、手で口をふさぐ。指があごの輪郭をつかむ。寒い。暗い地平には限りがなく、そして夜は続く。
 窓から見える影の大地と、紺色の空とに挟まれ、わたしは眠りにつこうとしている。

(この地にひとり取り残されてしまった)

文学極道

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