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2006年10月分

月間優良作品 (投稿日時順)

次点佳作 (投稿日時順)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


千の滅びの歌

  ikaika

「密猟者」

海綿体の背筋ひとつから光は始まる。無数の鼻腔の内から垂れていく光、手を差し入れよう、 私の右手の血管から噴水のように血が沸き起こり、ちょうど午後に、バルブは閉められ、都市の機能は回復する、 輪廻は再開された、と、私の耳元で多くの人が囁きあう、呼吸と呼吸の間に生産される光、また、手を差し入れよう、 二十日鼠の尻尾が火花を飛ばす、水泡の内に光が見える、さぁ、手に取ろう、そして、左手は壊死する。 夜、夜警が行われる、松明を分けてもらい胸に燈す、母が喜びながら、私の前で火打石を鳴らす、

盗み取られた青ざめた神の群像、淡い透明な松明
夜空にに広がった噛み切ろうとして噛み切ることのできない息
裏口から密猟者が逃げ出していく


「そして、千の滅びの歌」

野ざらしの私の肉体、乳房に似た太陽、もぎ取られた私の果実、 張り裂けた心臓を今日もスケッチする、 筆を握りつぶし、歯で噛み砕く そして、千の滅びの歌、腐臭のする老人たちの死体によって歌われ、水浸しの七日間、野に響き渡る、苔の裏側に隠れてしまった透明な虫たちの声を聞き、地球儀の中に紛れ込んだ蟻の黒い額で見られる夢を思い、そして、私の閉じたはずの瞳は閉じられずに遮光幕に覆われたまま顔の輪郭を超え、あらゆる山脈や都市を超え、砂浜にたどりついて波にさらわれる、再度、千の滅びの歌、腐臭のする老人たちの死体によって歌われて、埋葬される透明な瞳が最後にゆっくりと瞬きをする、その直後、カモメが一匹、砂浜に書いたお前の名をすぐに消せ、と鳴き、遠くに去っていく、


瞳の奥に最後に宿った記憶―淡い透明な松明が放たれ透明な家々が一斉に燃え上がる、燃え落ちた後、水浸しになった地平線を黄ばんだ歯に、大きな鷲鼻の密猟者が一人、超えていく姿を見た、


平野

  みつとみ

風の音。わたしは平野に立つ。西の空は錆びた色をしている。

離れたところ、陸橋に車が列を作って走り去る。月が風に揺れている。風の音が、遠くの車の音が、わたしの耳の中の音が、入り交じっては、かき消されていく。

わたしは立っている。ひたすら乾いている。風に吹かれて、舞う土埃を浴びて。
 
ゆっくりと軋みながら、傾いていく世界、わたしはひとり平野に立ち続ける。西の空が紺色に風化シテイク。


黒子(ほくろ)

  fiorina

父はきょうも縁側にいる。秋の薄い陽が射す柱にもた
れて、おかえりと笑う。

雨が降っていた。四角い荷を負って薬売りが来た。父は
棚から下ろした朱い箱を薬売りにさしだした。
その箱のいくつか欠けた薬のために、薬売りは金を請求
した。父は窮し引き出しをあさった。払いはするが箱を
引き取ってくれと苦々しくいった。薬売りはあとじさり
した。へらへらと去ろうとした。父は怒りたち、胸底の
塊をことごとく怒りにかえて、烈しくかなしく雨に打た
れる薬売りを罵倒した。薬売りは逃げ去って朱い箱のそ
ばに父は残された。

父は歌を詠んだ。療養所から歌の便りを寄せた。我が家
の山の青い蜜柑のことなどもうたった。こどもの知らな
い文字がいくつかあった。意味もたいていはわからなか
った。わからないままノートの新しいページに書き写し
た。その歌も写したノートもいつか失った。

ゆるされて家にもどった父は、どこからか内職を請け負
ってきた。居間の隅に積みあげた竹細工のさびしい光景
を祖母は厭い、背を丸めて余念ない、父の鮮やかな指の
動きを、祖父は憎んだ。祖父と祖母のこころは見えない
力で他の家族に伝播した。

また父はどこからか山羊を買ってきた。朝夕に、海辺の
道を山羊と歩んだ。日暮には手を蹴られつつ乳をしぼっ
た。その草の匂いのする乳を、鍋に温めて皆にふるまっ
た。

父は風呂に入るのを好んだ。風呂上がりに静かに横たわ
るのを好んだ。その白い肌のほくろを、父の全身にまつ
わりついて娘は数えた。ほくろは百もあった。それは遥
か幼い日の記憶。いま父は、ひっそりとしまいの湯に入
る。しまいは七番目。七番目に皆もう入ったかときいて
から入った。七番目であっても風呂に入るのを好んだ。
父は美しかった。

父は七十一にして逝った。病院と家とを往き来して、七
十一まで生きた。けれど兄姉の、五人の孫をついに抱か
なかった。ほほえんでさびしい距離を置き続けた。その
最後のひと月を思いがけず健康体と保証された。うつる
病を脱したと告げられた。父は驚喜し、体を鍛えようと
した。母に数かずの夢を語った。死の前のひと月を生き
た。

父の心臓はひそかに弱っていた。ある夜更けひとり起き
だして何ごとか酒にまぎらしていた。それは痛みだった
か不安だったか。その朝に果実をのどに詰まらせて父は
死んだ。

父の骨はなめらかに白い。その白い骨の一点にしみのよ
うなものを見つけた。病んだしるしの黒いあと、とだれ
かつぶやいた。ほのじろい生の日のさまざまな記憶、そ
の一点に集って、ああ、ここにまだひとつほくろがある
と、わたしは思う。


悪い癖

  三井 晶

バレッタを置き忘れる 悪い癖
髪が重たいので ワイパーを苛める 
長いバイパスと長い午後
ハナミズキの並木道が
ピアノの練習曲のように
終わりそうで 終わらない
悪い癖のように 息ばかり長くて
たぶん私 道に迷う


このあたりは確か
野蛮人がベランダから
小鳥をポトリと落としては微笑む
瀟洒な住宅街
子供たちは通学路で
小鳥を拾い 
少し食べて
少し残して
禁じられた部位を
家に持ち帰るので
美しい物語はいつも
この街の勉強部屋から生まれる

野蛮人がそっと覗くたびに小鳥が
小鳥と呼ぶには大きすぎる嘴で
子供をもてあそんでいるので
その様子を描写して記憶に留め
行き過ぎる前に小鳥を
廃棄するのが野蛮人の
古くからの習慣だった
確か そんな
習慣だった


髪が重たい
たぶん私 道に迷う
バレッタを拾った人
それが何を留める道具なのか
想像もつかない
そんなことがあったら
家に持ち帰って小鳥の
細い首をバレッタで
束ねてみてください
子供が寝ている 夜のあいだに


地球儀はまわらない

  葛西佑也

眠っているんですか?/てないですね。
あなたはそのお気に入りの、カーテン、レース
のやつのほつれを直そうと、必死になって毎晩。
ぼくは嫌なんだ/よ! ほつれてあいた穴を覗
けば、世界があるんだから!ねえ、やめよう。
それで、何にも気にせずに、深い眠りにつきま
しょうよ。こっちに来て。
(世界が見えていたっていいじゃん)

レースを縫い合わせる、あなたの、手、柔らか
そうでした。とても。ぼくはぽっかりあいた穴
から向う側を覗くことで、あなたの手を見る事
ができた/んです。
それが、世界でした。

/だから、ぼくは世界を愛している!/んです。
だから、掴みかけた空がラクガキだとわかって
も手をおろすことができなかった。
(ぼくがほしい/かったのは、死臭がしみつい
た手、です/した。毎日、ぼくたちのため、料
理をして、死臭がしみついたその手!/でした。)

あなたが世界を嫌うのは、ぼくの掴みかけた空
が青すぎるからなの?/ですか。(非現実的だ
ったのかしら?/ね)もう、がんばらないで。
あなたは、編み物だって縫い物だって苦手なん
ですから。/ね。

ラクガキをした人は、世界を見たことがありま
せん。/あるはずがないの、です。だけど、空
が青いということ、雲が白いということを知っ
ている/ました。(地球儀では空のことなんて
わかるはずないのに/どうして? 不思議。)

ラクガキは気が付けば部屋にあったんです。ぼ
くの部屋を訪れたたくさんの人々が置いていっ
て(くれた/の?です。)ラクガキのこと、本
当ですからね。

私/ぼくはあなたに言えないことがたくさんあ
るけれど、紛れもなくあなたから生まれたんだ。
信じて! たとえ、本当のぼくを知ってしまっ
たとしても、何も言わずに抱きしめて!/せめ
て。 ぼくがこの手をおろせるように。

目覚めると、穴の塞がれたレースのカーテンに
気づき/ました。ぼくは、そこにある不器用さ
をほどいて、もう一度穴をあけようとしている
/いました。

ぼくを、恨まないでね。
もうすぐなんだ!/です。
もうすぐ。
世界。


九月童話

  紅魚


まずは、
背中の秋を追いかけて
レダの卵を採取しなくてはなりません。
(ゆめです。きづかれぬようにかくしてしまった、)

それは、此処からずっと北、
一つ長い橋を渡って弓なりに沿っていった先にありますから、
エノコログサのアンテナを
しっかりと立てておく。
(どじ、だからね、方向、見失わないように、だよ、)

左手はいつも海だから、
少し潮でべたつく風の道、
わざと押されるみたいに歩きます。
そのままぐらりと跳べれば好い。
長い髪がざわざわするので、
とたんとたんとステップ踏むあたしは、
きっと一心不乱のおばけみたいに見えます。

海面を跳ねるたくさんの白は、
海に棲む風兎です。
少年がいつか遠くの海で零した涙を呑んだ兎なので、
呼び寄せて、
一つ残らず抱きしめる、つもりで、
手を伸ばせば
凛、燐、と、
指先を呑まれる気配。
触れた先から青に還るその懐かしさに、
どうぞ?
と言われた気がして、
カラコロ瑪瑙の涙が一つ、
あ、あ、
零れた。
からり、からり。

あの体温が近付きます。
まちぼうけの半月がそこにはありますから、
呼び水みたいに、やさしい音の、空気の、波の、
それから夜の、
鼓動が鼓動が鼓動、が。
(可笑しいな。
ね、ぢつはrhythmでたらめ、でしょ、)

あすこに、
羽根雲の流れの先端辺りに、
石の鳥居です。
砂糖の焼ける匂いがする。
それから、
ぷ、ぺん、という、
チャンポンの音色と、おはじきのざらり。
喧騒は聞こえない振り。
白い幟の並ぶ、
ずっとずっと向こう側、
門の先、が、還る場所だと確認して、
小さく小さく手を振りました。
さよなら、
さよなら、
また、後で。

まずは、
卵、を採取しなくては、なりません。
(あれは、あれも、くがつのおはなし、だったよね)

秋の原に出ました。
此処は、プ****海岸というのでしょう。
だって、
あの鯨座の下、
ο星が降りて来た先の揺れる燐光の中、
露湛えた菊花を抱えて
君が、
ほろほろと泣いていますから。

何処からか流れてくるこの水は、
涙ではないようです。
淡水。
ああ、あ、あ、
これは君が零した菊の露ですね。

泣かないで。

ごめんなさいはもういいから。
なかないで、
なかないで、

真水の密度の中で、
あたしは不意に尾鰭を、
泳げることを思い出してしまう。
君に向かって走るみたいに泳ぎだしてしまう!!

(きみもあきにのまれそうだ、が、せいかい、ですね、そうでしょう?)
手を、
どうか手を、
伸ばした触れた指先から、
懐かしい青の気配。
あ、あ、
あれは君だった、
と。
(まって/またれて、い、た)

でたらめの鼓動の更にでたらめ。
半分の月差し出して、
ください、を言わなければならない。
レダの卵は君の中。
夢、でした。
気付かれぬように隠して、しまった。

心いっぱいの卵(と、きみ)、
月、満ちて、蜜。
始まった。始まった。
さやさやと、秋をこえる童話です。
まるい、まるい、まるい、
(たまご、つき、まりも、くじらのあたま、きんぎょのおなか、それから、)
繋いだ手、
鳥居の向こう、
還る夏の音
二人、
出会って林檎飴を食べに行く、
次は、
そういう
やさしいお話。


  コントラ


ずっと考えていた。森のなかの涼しい空気が充填されている砂地で、地表に消失した分岐点の意味や、アンビエント音楽のリズムのなかに浮かぶオレンジ色の矢印と、それによって暗示されるもの。あるいは、緑の地平線に埋められた歴史の余剰と、褐色の土地を踏み分け播種して来た、やわらかな足音で歩く人々のこと。僕は、新幹線のガードが横切る高いフェンスに囲まれたグラウンドで、鉛色の空をずっと見上げていた。風景はどこか陰影がなくて、ビニールプリントのようなつややかな光沢を帯びていた。冬の日の夕暮れ、電灯がとぎれた商店街の暗い路地で、白くフラッシュする自動車のヘッドライトに、僕はいつも手をかざしていた。

考えていたのは、社会主義時代の崩れたビル街を見下ろす海岸通りで、乗合バスを待つあの娘のことというよりは、あのとき、灰色の、暗くしずんだトタン屋根の家屋がつづく商店街を歩いていた僕の、目のなかに映っていたもの。あるいは、砂地の円環に記された矢印が指さす、風が吹いてくる先にあるイメージ。たとえば、遠い初夏の午後、散水車が通った道の、濡れたコンクリートに、道路標識の菱形や楕円がにじんでいた風景。長いあいだ、その湾曲するフォルムが何を意味するのか、僕はわからなかった。僕の手の中に残る、いくつもの思い出せないもの。

そういえば僕は黒い山影の記号がいつも眼前にせまる郊外の片隅で、白いペンキで塗られたアパートに住んでいたことがあった。そのころ、いくつもの小さな紙焼きのカラー写真が、僕の部屋に郵送され、フロアに散らばっていた。でもそれらのイメージが語るものについて、僕は何一つ思い当たらなかった。思い出せなかったもの。たとえば、ゆるやかな海流にいだかれた小さな島のサトウキビ畑の、きれいに区画されたパターン。あるいは、首都の海岸通りで、僕の手をギュッと握った、あの娘のひんやりとした肌のこと。すべては砂地に投影された円環のなかで、神話的な象徴形式に書きかえられていた。

何年か過ぎたあと、円環はアンビエント音楽のCDジャケットの上で、静かな光を放ち、僕は深夜のガード下を歩きながら、ヘッドフォンを耳にあてていた。僕の存在を肯定するすべての神話論理が、どのように日々に「無題」を記しつづけ、それらはいつ地表に書きこまれるのか。白黒とカラーの紙焼き写真がいま、僕の手のなかにある。ひとつは、つややかに光る学校の廊下で、小さな男の子がカメラのフラッシュにおびえて手をかざしているイメージ。もうひとつは、早朝の海岸通りで、満員の乗合バスの手すりにつかまるあの娘が、生暖かい風に白いシャツをはためかせながら、目線の先にブラウズする青い海。

オレンジ色の矢印は、光ることをやめない。いくつもの枝分かれする消失した河川のルートが、褐色の大地に書きこまれている、そのことの意味が明らかになるまで。僕はすべての大量輸送システムから切り離さた森のなかで、涼しい空気が充填された木々のあいだで、褐色の土壌に含まれた水分に、深く浸透していたい。この土地に初めてやってきた人々の足音を聞くまで、僕は。砂地に記された矢印の上にたつ。


挽歌

  軽谷佑子

人が死んだらしい
日めくりの薄紙には
書かれなかった

挽歌、と書こうとして
漢字を知らないことに気づく
あらゆる制約のなかで
途方にくれる

車は牽かず
見送りもしない
死んだあとの暮らしは
冬のさなか
ただつめたい風の吹く


8月の海

  ミドリ


8月の海は穏やかな顔をもっていて
遠くのそらで潮騒が横切っていく

「いつもそこにあった海が
 いまもここにあるんだね」って
ポツリと彼が 隣でそういう

休日のドライブも遠出も
どこまで遠くへ行ったって
現実から離れられるほどの距離はない

ここはとても日差し美しい街だ
海の家やカラオケBOX
それに古い商店街とホテル

どこにでもありそうで
ここにしかないものたちが
この街にもある

遠くのそらを見つめながらアタイはいった
「夏はキライ」だと

彼はタバコに火をつけて
「わかるような気がする」といって
まっすぐに煙を吐いた

「でも少し隙間のあるくらいの
 こんな夏が
 人の温かみがわかってよい」と
彼はいった

違う違うと
アタイは大きく首をふって

「やっぱり夏はきらいなの
 だって空がたくさんみえて
 空気がきれいで
 まわりが明るくって
 はしゃいでて そんな夏が
 アタイはキライなの」

そういうと 彼は笑いだして
「変なやつだよ」といったきり
黙り込んでしまった

言外の言葉を読み取れないほど
彼は若くはない

アタイは冷たいものが食べたいといって
かれの手を引っ張った
その温かい手が
いつもと変わりのない強さで
アタイを握り返す

アタイの小さな胸の痛みを
ゆっくりと抱きしめるような
強さで


ひととき

  丘 光平


生まれたばかりの花の額にも
その枯れてゆくしるしが淡く灯っている、そのように
わたしたちは始まったのだろう

ときおりわたしたちは
語り合うことばの雪片におののき、そのために
重なり合うまなざしに
まだ熱のあることを悟るのだ

そして街を、野道を、あるいは道なき道を歩みつづけて
わたしたちはわたしたちに触れる、その静けさ
その静けさのなかに
かつて思い描いていた幼いあこがれや
ただ美しさを装う嘆きの
本当の姿を垣間見る――

 たとえば、わたしたちのそばで物言わぬ一本の枯れ木
その澄み切った沈黙にこそ
彼のすべての声が
高らかに暗示されている、その慎み

そして
立ちつづけてきた彼は
じっとわたしたちに耳を澄ませて
わたしたちのひとときを
他に取り替えようの利かないこのひとときを
せめて祝福してくれるのだ


よろこび

  丘 光平

 きおくをしめらせた
しずかなぶどう酒のように
あかるく枯れてゆく このひととき

 耳をすましています
うす化粧の
夜あけというやわらかな庭に
すずしく散りしかれた小鳥たちのうたに

 耳をすましています、
わたしのなかで またすこし
あなたが大きくなってゆきます


檻空

  三井 晶

飼育係に体を洗ってもらった日
私たちには 体を乾かすための
高さが必要だった


私たち
協力して 
尖った爪を
剥がし合い
屋上からぱらぱらと
落としはじめてまもなく
帰りがけの飼育係に見つかり
隠し切れない桃色の部分を見られ
途方もなく下品に笑ってもらったので
夕暮れには少し 楽になって
髪の毛を落とす
準備もできた


遠くで放課の鐘が鳴る
今日も手ぶらで吊り下がる
私たちの不様を
見咎めても 許してほしい
今日も私たち 無血だった
まだ洗いたての 肌色だった
体の中に風を走らせる
合図を待っているので
もう少し高さを
保ったままにする


飼育係は私たちが剥がした爪を
小さな瓶に詰めて
生活のために売っている
桜貝のように
指先で潰れる感じが良くて
手ぶらでは帰れない
心ある人たちが
貨幣と引き換えに
お土産にして
誰かに与え
誰かが喜ぶ
ここまでなら まだ
誰も憎まれてはいない


口寂しいからといって昔話する
湿った唇が塞がるように
指を一本貸しましょうか
関節の可動があなたに
優しいでしょう
爪のない桃色があなたに
美味しいでしょう
今日は私たちが暴れますから
あなたは離れでいい?
髪の毛は退けておきますから
ああ、その前に
性的な郵便物を
飼育係に預けて
明日投函してもらうと
良いでしょう


花瓶とコルク

  砂木




はずされてからは 机に
並んだままのコルク

昔いた場所には
白と黄色の花が
さし込まれている

細い緑の茎から
吸上げる水は
今は 無関係な液

祝うために届けられた
紅い液のための コルク

驚いた笑顔と
静かな灯りのための

そそがれた眼差し
閉じ込めた 日付け記した瓶の
横に 並んで

窓辺の カーテン開けて
今日の光に包まれて

飲みほしたものは まだ流れる
何処かへ いってしまうから どうぞ

戻れなくとも ここから
並ばせて ふさぐ コルク

文学極道

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