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作品 - 20060908_423_1537p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


蜃気楼

  苺森


あなたが遠くなるから、電話機をクッションに縫い込んだ
その夜、レコードをかけたまま眠ったらしい
寒気がして体がぶるると震え、針飛びするように目覚めた深夜
悪い夢でも見たのかパジャマは寝汗でぐっしょり濡れていた
着替えを済ませ洗面台で顔を洗っていると鏡のなか、肉体がボクを嘲笑うので
慌てて自転車で近所の電話ボックスへと駆けていく途中、それはボクを襲った

立体がたちまち平面化し、やがて呑み込まれた地面もろとも崩れ去る、
(この幸せな感じ――ああ、それだけでもう何もいらない)


父さん母さん 揺らがないで
手を離さないで お願い

時計の針が車輪のスピードでぐるぐるし、
このまま いつまで回りどこまで行けルかな
ぐしゃりと潰れ墜ちた先で
それでもまだぢりぢりと啼いているのがボクですか


 るるる、るるる、


からっぽでなンにもないからなかに容れルものをさがしています、
(どうかボクを夢中にさせて!)
ほら、もう あなたでいっぱいにしたらボクはボクでいられるの母さん
そういうのお好きではなかったですか父さん

 繋がラないよ

父さんとボクがさかさまで、母さんが殴られて、かばったらボクの鼓膜が破れた
いつだってすべてを求めては すべてを奪われ、
そうやて生きてンのが好きなのではなかったのボクら
繋がらないね、ダイヤルが壊れているんだ ぐるぐるしてもどらない
ずっと奥で耳鳴りがしてやまない、うるさい、
(戻ラない!)思い出せない、、ちが、違う、ないているのは――聞こえない


なにも 何もいらない!


ごめんなさい、ごめンなさい、もう気持ち悪いこと言わない
筆箱にナイフを突っ刺したのは睡眠不足のせいです
ロッカーを間違えたのは熱帯夜のせいです
もう交番でお家聞いたりもしない、忘れたのはボクです
死ねばいいなんて言ってやらない、泣いてなんてやらない

そう、あれはとても暑い日だった
とおく伸びる断末魔のような耳鳴りが、からっぽの真空を抜けて
ボクは無我夢中で父の首を絞めた
流れていた曲は、あの日と同じ“ミッドナイト・サマー・ドリーム”で
気がついたらボクはあの日の父と同じ歳になっていて
レコードの溝を辿るよう、からから からからと ただ回って
そのうちに 生きてンだろうかも みんな 忘れたのです

 つぅんと真っ白――、


道端の空蝉、自転車でひいたら ぢりと鳴いた
タイヤを食いちぎりそうな大きな声で

ボクは死んだのです
そうやてボクは 死んだのです

文学極道

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