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作品 - 20060904_319_1521p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ランディの海

  ミドリ

生命のないものに
かたちが宿るというのは
とても不思議なことだ

夫はすでに会社に行ってしまっていて
私はパジャマのまま
ソファーに座っている

雨が目まぐるしく 窓ガラスを打ちつける
小骨の多い魚みたいに 私は部屋にいる

雨が少し小降りになると
玄関からのそっと
とても大きなクジラが入ってきて
私の居る部屋のソファーの隣に座る

「話し相手になってくれるのかい?」って
クジラに話しかけると
彼は甘い鳴き声を上げて
チェストの上に置いてあった
時計とか 鏡とかを
ぶるんっと振るわせた
彼の体の尾びれに弾かれて飛ぶ

とても手ごたえのある
そのとても男っぽい動きに
私はうっとりして
彼の肩に頬をのせた

「気にしないでいいの 壊れたものは
 また買えばいいのだから」って言うと

私は彼の大きな背中に抱きついて
この大雨のせいで
君もきっと
あの海からやってきたのね

私も去年
そうやってこのうちに来たの
だから一緒だねって言うと
彼の胸の中の
とても大きな鼓動がコトコトと
甘いラブソングみたいに聴こえた

そうだ!
これから君がやってきた
あの海へ行こう
車に乗って
これからドライブするんだよって
耳に囁くと
彼の男前の顔が
わずかに歪んだような気がした

雨の中
ぱっと傘を差し出し
ワゴンに彼のお尻をギュッと詰めこみ
窮屈そうな助手席の彼を尻目に
車のギアをドライブに入れる

ダシュボードの下に
ビスケットとチョコレートがあるから
好きなだけ食べてって
言うが早いか
彼はそれらをぺロっと一口に
平らげてしまい

あまりのその行動に
あきれた私の大きな丸い目を
キュッとかわいらしく見つめる彼の目

それから私は彼を
ランディと名づけることにした

車はとても底力があった
ドスンっと とっても重たい彼をのせて
よく走ってくれた
海に着いたのは 午後の3時前
そこは人気のない海辺で

わけのわかんない感傷にとらわれてる場合じゃないって
きゅっと眉を上げ
ギュギュっと彼の尾びれを引っ張り出した

車から彼を降ろすと
バイバイって
軽く手を振った

ほら
そこが君の帰る場所だよって 指をさすと
彼はずん胴の体をくねらせて
海の方へ向かっていく

その大きな肩と 背中とが
人で言う うなじの辺りとかが
なんだか
夫に似ているような気がして

私は思いきり
「バイバイ」って 手をあげて
つま先を持ち上げ ランディと海に向かって
思いきり叫んだんだ

バイバイって 
思いきり 叫んだんだ

文学極道

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