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作品 - 20060828_206_1507p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


日常(せいけつな老人)

  中村かほり

そとに出ると
蝉のふるなかでひとり
老人が
桃をむいている

みじかく
ととのえられたつめ
ひとさしゆび
おやゆび
ていねいに
ぐずぐずとやわらかい
やわらかい桃をむいてゆく

水をいっぱいにはったうつわに
いちまい いちまい
皮をうかべて
花びらみたいでしょう、
老人はわらう
指先についた桃の汁を
なめとるその舌が
とてもせいけつな色をしている

八月になってからまいにち
老人は桃をむきつづけている
あらわになった実は
もういっぽうのうつわに入れられる
食べてはいけないと
あらかじめ
告げられていた

夕方になると
老人はどこかへ行ってしまう
花びらのうかぶうつわを
たいせつそうにかかえて
老人はどこかへ行ってしまう
帰るのではないことは
ずいぶんまえから知っていた

あしたも
老人はここに来る
あしたも
わたしはそとに出る

何のために桃はむかれ
それがわたしたちに
何をもたらすのかは
どうでもいいはなしだった

繰り返されれば
日常となり
なまなましさはうしなわれていく

らんざつにならべられた
桃はあまいにおいをはなち
鳥や蝶をまどわしながら
ゆっくりと腐敗する

文学極道

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