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作品 - 20060812_047_1486p

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小詩集『鳥、蝶、蜂〜言葉を語り出す時〜』

  藍露

1、鳥、色彩、言葉を語り出すとき

熱帯夜を飛び越えた極彩色の鳥よ
色を射抜く朝の光
拡散する粒子、艶やかに
丸く切り取られた水の器
夜の名残りー火照った翼を浸し
色彩が螺旋状になって 
幾重にも染み出してくる
鳥は夜の言葉を深く語り
朝の言葉をまだ知らない

鳥よ
蟋蟀のように震わせる羽根よ
濡れそぼり 美しい音色は聴こえないままに
水は水のままで 透明感を失わない
色が溶け出しても
水は水の容器としてあるのだ

豊潤なる空から
菱形に連なる光の帯
鳥の眼はそれを鋭く捕らえ
咀嚼してゆく
こどもが言葉を覚えてゆくように
すこしずつ すこしずつ

鳥は時折、苦しそうにもがく
言葉の意味が死んでゆくのだ
それを弔うように
深層で白い花を咲かせる
溶け出した色彩は昇華して
水はまた水に戻った
水は水としていろを持っているのだ

朝の光で羽根を乾燥させて
崩れそうな円柱の周りを鳥が舞っている
鳥は朝の言葉も語り始めた
聞いている者はどこにもいない

円柱が崩れて 発音された夜の言葉は墓になった

色彩が抜け落ちた鳥
鳥もまた鳥として原始のいろを持っているのだ


2、蝶、おまえは花を知らない

前翅を燻らせている揚羽蝶よ
おまえは花を知らない
蜜を吸っているその塊は
もはや死んでいる
息をしていない
青い呼吸をしていない

聖火が灯り
炎がごうごうと夜を燃やす
儀式が執り行われ
たくさんの花が生け贄になる
生きている花は言葉を喋るのだ
香しいリズムを放って
くすぐったい音を漏らす

蝶は傘を持たない
まだらな雨を遮る傘を持たない
水滴の嵐に打たれるときも
もはや花でない花の周りに群がる
花々のお喋りを聴くこともなく
それを花と信じ 疑わない

蝶よ
黒い揚羽蝶よ
立ち尽くした夜を携えた羽根よ
鱗粉が零れ落ちて
鱗翅類がしきりに羽根を動かす

儀式の向こう側
朝がまたやって来るのだ
蝶は柔らかな(造花)に群がり
今日も蜜を吸う

蜜は死の匂いがする

蝶は歌う
覚えたての朝の言葉で


3、蜂、言葉を集めて

夕陽に収束されようとしている蜂よ
まだ一言も言葉を発せずに
運び込まれてゆく群がりよ
蜂は羽根を震わせて
あかく染まる言葉を集めていた

言葉の連なりは巣を揺るがせ
発音することはない
無言で溜められてゆく文字
蜂はその意味も知らずに
六角形の中で激しく動き回る

深く切り裂かれた夜が訪れる
切れ目から 夜の言葉が零れ出す
あらゆるものの上に注がれる 
ぽろぽろ、と ぽろぽろ、と
熱い単語たちが分かれたり 結合したりして
地球に話しかけてくる
蜂は夜の会話を聞く
それはとろり、と甘く
女王蜂が痙攣する甘美な誘惑だ

月と星が聴いている
宇宙を駆け巡る夜の会話
蜂は熱の冷めやらぬ言葉を休むことなく集め出す
夏を焦がすような熱さで
蜂は羽根をじりじり、と燃やす

夜明けが近づいている
隆起する山の間から太陽が顔を出す
単語の熱は明け方に冷めてゆく
灰になって ぼろぼろ、と崩れ落ちる
蜂は灰になった単語の山をぶんぶん、と飛んでいる

蜂は言葉を発しない
巣の中に集めて
語るときを待っている

文学極道

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