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作品 - 20060801_810_1457p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


水音

  riala

蝶が落ちる。
水浸しの世界で
失くした、大切なもの。


何日も続いた雨で、僕らはとても弱っていた。話し合うことさえしなくなった。それでも僕ら(少なくとも僕は)干からびた土地に降る雨のこと、その雨に色を映して咲く花があることを思い出していた。帰るところがあった僕の鮮やかな翅のことも。

水になるまえは
          蝶だった。たくさんの燐粉を降らせて海を渡った、何色もの帯の重なり合う水しぶきのなかに七色の虹。雨が音もなく降っていた。ずっと前から。老人のつえの先から雨は押し寄せた。ひたすらに雨だった老人。僕の後ろ、帰るという当たり前の沈黙。


「落としましたよ」
振り返り、老人の顔を見る。
何日も雨が降らない乾いた地面に、両生類の背中がひっそりと眠っている。色の抜けた肌。
何も見当たらない事を確かめてから、僕は
「何も落としてません」と答えた。
何も落としていません。

幾日も止まない雨の向こうから女の人が走ってくる。
足にぺたりと張り付いたスカート、浸水しているサンダルの足首。
女の人は僕にお辞儀をした。
ご迷惑をおかけしました。
水底の黒い瞳。
彼女は老人の背にあっという間に覆いかぶさり、濡れたままの全身でもう一度僕を振り返り軽く頭を下げた。ふるえる水面に沈みながら、背の高い彼女は首を少し垂れ、老人はもっと深く、そばに誰かがいるなんて知らなくていいくらいに、深く、溺れ。
老人は持っていたつえで僕を少しだけ傾け、それから僕などはじめからいなかったように帰っていった。


託されたすべてが濡れていた。

文学極道

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