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作品 - 20060726_710_1443p

  • [優]  雨音 - riala  (2006-07)

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雨音

  riala

海に雨が降っている。国道にはひっきりなしに車が通り、水しぶきと雨がどちらともなく互いをこばみ。
老人はつえをついてるのだが、ついていないようにも見える。それほど道路は滲んでいた。老人がいたことに気づいたのは声を掛けられたからだ。声を掛けられていなかったらたぶん家に帰るまで、後ろに老人がいたことを知らなかっただろう。それに僕は帰るってことを諦めてしまっていたから、老人のことを全く知らないで暮らすことだってできた。
「落としましたよ」
雨粒が耳に入り込み、海の底であぶくを飲み込んだように息が詰まった。
振り返り、老人の顔を見る。
何日も雨が降らない乾いた地面に、両生類の背中がひっそりと眠っている。色の抜けた肌。
何も見当たらない事を確かめてから、僕は
「何も落としてません」と答えた。
何も落としてませんよ。

老人は不思議そうに首を少しだけ傾けて、それから僕などはじめからいなかったように雨に煙る海へ視線を移した。

僕らが来た道から、女の人が走ってくる。
スカートが足にぺたりと張り付いてとても重そうだった。
サンダルの足首は水しぶきに消されてしまいそうだった。
息せききって走ってくると、呼吸を整えてから女の人は僕にお辞儀をした。
ご迷惑をおかけしました。
動かない黒い瞳。
彼女は、海のほうを向いている老人の背を軽く叩いて帰り道を促した。
そのまま帰って行こうとする老人のすぐ後ろで、もう一度僕を振り返り
軽く頭を下げた。
背の高い女の人は首を少し垂れ、老人はもっと深く、そばに誰かがいることを知らなくていいくらいに、深く。

愛というものが落とせるものなら、僕は全部落としてきたのだ。
雨のなかに。

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