黒い仔猫には少年がとじこめられている
ぺちゃんこの鼻や、くりくりとした群青の瞳が
「おっちゃん、あのな…」と話しかけてくるのだ
だからぼくは怪しいおっちゃんになって
おまえの手を引いて歩く
甘いお菓子や風船でなだめながら
路面電車の停留所でおまえはかあさんを探す
それはぼくの女房だったかもしれない
けれどいつまでたっても電車は
おまえのかあさんを運んでこない
時折パンタグラフに雨雲をひっかけてくる電車を
おまえはうっすらと涙をためて見るだろう
真っ赤な影を引きずって歩くぼくは
どうせ白い目で見られているのに決まっている
ふるさとの人々に忘れられた人間はそんなもんだ
しかしなんという懐かしい街角だろう
虫かごや風鈴も雑貨屋の軒先にまだ揺れている
ぼくは街を歩きながら何度も確かめる
黒い柔毛が密生したおまえの小さな手が
柔らかい子供の手になりかわっていないかと
だがおまえはやはりしっぽを振りたてて
ちょこちょことぼくについて歩く
ぼくらはゆるい上り坂の頂上に向かって歩くのだ
ぼくが歩いてきたすべての路地を見せるために
そこでぼくはおまえに話すつもりだ
ひとりきりだが歩くだけはずいぶん歩いたと
太陽はもう輪郭さえなくなっている
箱庭のような田舎町には灯がともり始めている
けれどぼくはなぜかあきらめきれなくて
真っ赤な羊水を浴びた少年を
おまえの黒い毛皮から引きずり出そうとする
ぼくの子供がこのまま猫になってしまうのが
ただ恐ろしくて
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作品 - 20060624_751_1353p
- [佳] 黒猫 - まーろっく (2006-06)
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