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作品 - 20060609_526_1326p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


扉を叩く ゆっこの恋 (プリントアウト用パート2)

  ミドリ

荒っぽく玄関の扉を叩く
それは「事件」のはじまりだ

ゆっこの ブロンドに染めた髪も 胸のタトゥーも
アレストブレッヂのアパートメントも
日常的に吸引しているマリファナも
この街にある炭鉱用の
掘削用のタワーの残骸も
真冬にはマイナス30℃までに下がる
それはこの街に閉じ込められた
とても小さな物語だ

ダウンタウンから3キロほど離れた
農家の納屋で
日ごと行われるパーティーも
ほとんど家に寄り付くこともない
十代のジャンキーたちの溜まり場だ

最近 生まれてはじめて
ウェートレスのバイトをはじめたゆっこも
その溜まり場の一人だ

このパーティーに集まってくる 女の子たちの間でも
とびきり綺麗なゆっこが恋をした相手は
ピンドンバックとあだ名される
ボクシングをやってる
男の子だった

ゆっこは彼に
バーボンをラッパ飲みしながら訊いてみた
「人を殴って なにが楽しいの?」

赤い髪のピンドンバックは
マリファナを咥えながら
「本能だよ」と
軽く 弾けるように腰を回しながら
優しい笑顔でそう言った

「今度の試合 観に行ってもいい?」
ピンドンバックはそれには直接答えず
シュッ シュッと シャドーを何度も繰り返しながら

「テレビでも観ていてくれや」
知り合いが来ると手元が狂っちまう
リングの中央には神がいるんだ」

フォーリー フォーリーと
彼は笑いながらワン・ツーを突き出し
こうやって神と交信するんだとキュッととウインクしてみせた

サイドステップと
ウィービングで相手のパンチをかわす
まるでバイブルを読んでいるみたいに
ひどく 気持ちが揺さぶられるんだ
でさ
この時だって瞬間に
相手の死角に飛び込むんだよ

じっと息を殺して
マットに這いつくばった 相手の肢体を見下ろし
なにが勝敗を決めたかなんて
殴り倒した野郎の血の付いた
横っ面を見ていたって俺にもわからない

だからいつも
そいつを悟られぬよう
俺はコーナーポストに静かに戻るだけ

そんな話を聞いていると
ゆっこなんだか
胸が苦しくなって
涙が止まんなかった

扉が叩かれたのは
それは夜中の3時半
アパートに戻ったゆっこがベットの中で
キッチンをぼんやりと横目で見ている時

扉の前にピンドンバックが立っていて
照れながら彼はこう言った
「心の支えが欲しい
なんだかさ
あれからとても気になって
魂や精神を永遠に支えてくれる
バネのような支柱が欲しいんだ」

ゆっこは寝癖にパジャマのまま
ツカツカと枕をぎゅっと掴んで
彼の顔を目がけて思い切り投げつけた

「この野郎!ドラックの やりすぎなんだよ!」
 

文学極道

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