#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20060601_342_1306p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


心の庭

  ミドリ



街を見下ろせる ガラス越しの喫茶店で
小さな椅子に腰をかけ
ふたりはよくそこで コーヒーを飲んでから仕事へいく
まだあどけない少女だった頃から
彼女を僕は知っていて

なんの変哲もない会話の中に
ふたりだけの小さな
緑に満ちた楽園があり
なにかしたことで笑いあったり
ちょっとした仕草を触れ合わすだけで
心のヒールに届くような
感情が生まれてくる

その滾々と湧き出る泉の中で
ふたりはコーヒーカップと 言葉のつぶてで過ごし
「時間だね」
そう言って 腕時計と互いの目を見つめ合わせて
店の扉を後にする

彼女が結婚したのは僕の知らない男で
とても背の高い
陽に焼けた青年だった

知らせをもらったとき
ふたりだけのあの小さな庭はもう
この世には存在しないのだと僕は悟り
でもそれは とても綺麗な顔をもった
世界から配達された手紙のような気がして

鉄の錠前のしっかり掛かったあの小さな庭を
僕は胸の中に閉じ込める 
きっとどこかしらに いつもそんな場所がたくさんあり
必ず交代で人たちは其処へやってくるのだろう

ビルとビルの隙間に
霞んで埋もれそうになっていても
人はそこに足を踏み入れずにはいられない
そんなポケットの深いところにぎゅっと心を突っ込んで

今日も雑踏の中の見知らぬ顔たちの
肩の間をすり抜けながら
人は道すがら帰るべきその庭へと 靴底を踏みしめていく

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.