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作品 - 20060601_326_1302p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


うたかた/通勤風景に

  苺森


出勤時刻 PM 6:0 0

薄曇る腕時計の差し迫る秒針
 騒がしくて聞こえない
雨降り私はまだ黄昏の
ざらついた街のあおい肌を滑り落ちる水滴

高々と脳天突っぱねたシルバーメタリックの電気笛
急かされるまま特急電車へ滑り込む勢いで時計仕掛けの日々から飛び降りた
ガード下通路をいつもよりゆっくり歩く今日だ
抜けると天窓がステンドグラスのコンコース
見慣れたそこがいつもより小さく見えるこの不思議

ムーヴィングウォークを外れて歩く恋人達が遥か天空に浮いて見えたのは幻覚じゃない
弾き出された睦まじい老夫婦と並ぶようにして列車また列車へと
数えきれぬ真空をうつろいゆく二つの影が消え入りそうに揺らいだ瞬間、
不意に眩んでうねった地面
“あと5メートル”の地点で抜き去った光、
譲り渡された波間をくぐる私の、流れるスピードの枯渇した若さの彼方


ふと 濡れた緑の匂い、夜風が芽吹きを知らせる

無になる、街、時間も誰も皆忘れた
錯綜する記憶も
 ああ、どれだかもう思い出せない
危うい耳の奥でくぐもるトランジスタ
でたらめと喧騒に掻き消されてまた忘れたんだ

 錯覚に違いない


退勤時刻 AM 3:0 0

澄みきった空気はしっとりと肌へ落ちる、木々の毛穴から私の幹奥深くへと浸透する
土の鼓動が聞こえる、遠く、脈打つ球根は子宮のリズムを覚え
啜り泣く風は淑やかで、騒がしい、近い、

 心臓がいる

急ぎ足で通りへ出てタクシーを拾う
閑々と蒼ざめた街、トラックと信号のネオンが呼吸のように明滅する
シャッターで重く閉ざし沈黙するビル
過ぎゆく車のヘッドライトは冷たく尖る、群青に走る一筋の銀
真空を伸びやかに突き抜ける金属音の眼差し
私はひとり安腕時計の風防のなか、追いつけずにまだ五月雨の

走りだせばすぐに高速へと入る、すれば眠りへ落ちる、いつも通りに
巡り巡る世も時も人も、回り回ってはめくるめく日々だ

それでも月はいつも通りに裏切る
三日月は黄色く可愛いバナナになれば冷たい銀鉤にもなる
満月は時に迫り来るほどに大きい、空を埋め尽くし今にも落ちてきそうに
またそれは時に赤く、生々しく、怒り狂った炎を彷彿とさせ目を合わせていられなくなる
内から食い破ってきそうな空恐ろしさに逃げ出したくなる
プラスチックの空をめくればそこにいる
キリキリと私を腸ごと巻き上げていきそうなゼンマイが
けれどもどれもが優しかった
すぐそこに、草木の息づきと月の表情だけが生きて
それは何より温かく、優しく、私より私らしく怖かった


雲隠れの高速を降りる頃には
運転手が呼ぶ
 「迎えが来てますよ」
明るんだ空では舌っ足らずの鳥が囀る

 奴はいた

息を潜める私に軽く手を上げ合図を送ると
駆け寄ってくるや否や待ち構えていたかのように両腕を広げた
一切抱かれるままになる
冷たいアスファルト弾く大きな朝、その揺るぎない愛に

もう一度帰りたかった
私は帰りたかった


私の人生とは夜中の国道だ
ムーヴィングウォークを渡る間に終わる
刹那にも無限にも似た、

まだ冷めやらぬ若い熱病の夢見の


 最中、

文学極道

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