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作品 - 20060505_723_1237p

  • [優]  No Title - 浅井康浩  (2006-05)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


No Title

  浅井康浩

ほら、意味のない渦を巻き込みはじめて、浸透が始まったよ
ほら、透過性そのものとなった人だけが見ることのできるあまいあまい変化たちだよ



降ってくるシュガーロールのようなしろい粉をあつめては
やわらかな時計仕掛けにふりまいてあるこう
あのとききみが見ていたひんやりとした地形図の青い果樹園にみとれて
とろける蜜に包まれた僕の舌があまい予感にふるえている



だって、
きみの声帯をまねするのはいつだって
半音階をかすれていってはのぼる発音が
どのような輪郭でさえももつことのない幻想をだれもかれもの想像のなかに
抱かせるからだし、
きみの
その感じやすそうな発声を聞くたびに
みずからの存在の稀薄さの濃度そのものが
みずからの輪郭をはからずも規定してしまっている呼び名へと
にじりよってしまうことにかすかないらだちを隠すことさえもできないこのぼくを



円環状の流れ、しかも支流そのもののひとつとなって
水質へと寄り添うようにすべりだしていくことはなんとしても避けたかったのだし
溶け込むように、包み込まれるように、などといって
ゆっくりと、そしてしなやかに滲みだしてゆく甲殻の表面の変化なんかに
うっとりと魅入られてしまう、なんて素振りは、できるはずもなかった
どのようなかたちであったにせよ
繊維質からなる身体の機能の、その逸脱からはじまる変容そのものとは
いつだって
甲殻の模様のかたちというものを
すこしずつ変化させてゆくことなのだが、
生身としてのみずからの言葉をその模様へと託すことへと繋がってゆく兆しもみえず
また、そのかたちから、何かを語ることではじまる、などということさえできないのだから
変容する甲殻にそっくりと覆われてしまうであろうわたくしの繊維質の身体そのものよりも
変容しているわたくし自身をどこまでも覆ってしまっているであろう液体とのつながり、
まといつくはずの透けた気泡との肌触りを、
滲み込もうとするだろうその浸透圧のなめらかさを、
そして、わずかに触れ合う箇所と、そのすべての余白との関係を
液体でさえ包み込むだろう空間へと共振するための「響き」へとむかって吹き込んでゆくということだけを。



小鳥をはなしてあげましょう、
孤島、葉脈、分泌液。あなたのくちびるへとのぼる、そのささやかな息づかいで
そっと ねがいのなかに やさしさをふきこんでゆこうとする
そんな かよわく ほつれやすい祈りの行為を
くちびると舌さきのふれることない [e]音の隙間へと
ひそませてゆきましょう
そして
しずかに祈りへとたどりつくそのまえに
言葉は声をうしなうのでしょう

文学極道

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