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作品 - 20060504_650_1230p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


先生の道具

  一条

病院のベッドで死んだぼくの匂いを消す風に揺れるカーテンが原因不明の失踪を繰り返したにも関わらず病院側に落度はなくただ消されてしまったぼくの匂いを其処彼処に残しカーテンの行方は未だ判らないのだが面会謝絶という状態は続行しぼくを頑なに謝絶する肉親は花瓶を何度も落とし花を毎日新しいのに入れ替えそのような比較的軽度な失策を咎める医師を駆逐できなかったぼくと同じ匂いを持っているのは肉親ではなく担当医師かあるいは土曜日の深夜に隣室に運ばれた救急患者を治療するのが医師ではなくぼくでつまり全ての患者たちの消されてしまった匂いはこの病院という場所では永遠に誰かの脳に移植され保存され続けるのだがぼくは堪らず気分の不調を訴えつまり看護婦のユリコのへたくそな点滴が原因でカーテンは不明したのか風が揺れ花瓶が砕けた音はナースコールと混同され慌てて駆けつけたユリコは誰もいないぼくさえいない病室で点滴を繰り返し打ってみるが点滴を失敗したのはユリコではなくだってわたしたちは誰にも逆らえないのよと面会を謝絶しているのがぼくであるのだろうか花瓶の水を入れ替えてくれているのは本当は君だったんだねところでぼくの命はいつまで持つんだいこんなくだらないことを君に訊いても仕方がないんだけどさとぼくとユリコは学校の教室で病院ごっこをしている最中に先生に見つかってしまい先生はすっかり医師みたいな口ぶりでメスメスメスと連呼しユリコは言われるままにぼくは寝転がって寝転がりながらきっと全国の学校の教室では同じような儀式が行われ先生が出来損ないの生徒を無理やり治療しているんだろうなと想像し頭がくらくらしているきっとユリコは学校を卒業したら看護婦になるんだろうなと想像し頭がくらくらしている先生はぼくが死んでしまったらユリコと付き合えばいいのにと想像し頭がくらくらしている頭がくらくらしている頭がくらくらしている病室の空気は薄く窓際の花の名前を想像し頭がくらくらしているユリコはもう見舞いには来ないと思うと頭がくらくらしているぼくは担当医師を呼んで面会謝絶の続行を命じこれで誰もぼくの病室には入れない風はカーテンさえ揺らさない花瓶が落ちても音のしない世界にひとりぼっちだと想像し頭がくらくらしているやがてぼくに対する緊急手術はそそくさと行われ失敗し日曜日の朝に妻が駆けつけた時にはぼくたちはすでに死んでいたようだ

文学極道

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