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作品 - 20060427_386_1205p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


トーキョー

  ケムリ

 街路樹の先に、無数の靴下が垂れ下がってて、俺はその真ん中、ヘッドフォン耳に突っ込んで、なるべく他人の呼吸に触れないように坂道を歩いて下っていく。焼けた杭が道路の左右に突き刺さって悲鳴をあげ、芳しい春の香りがラーメン屋の軒先で腐っている。

 坂道には教会があって、俺は胸に林檎が入った紙袋抱えて、踵を履き潰したバスケットシューズ、ペッタンペッタン言わせて歩いてる、子どもはみんな車のタイヤにねじ込まれてクルクル回ってるし、鳥は軒並みアスファルトに嘴から突き刺さってて、パチンコ屋からは洪水みたいに玉があふれ出し、どいつもこいつもドル箱でそいつを掬うのにやっきになっている。

「ねえ、なんであなたは上下さかさまなんです? 」
なんて聴かれても、おれには相変わらず答えようがなく、俺は大事な林檎を取られないようにしっかり胸に抱いて、ヘッドフォンの音量をマックスにしたのに一向に街は静かにならない。路上喫煙の取り締まりは激化して、鞭打ち刑が採用された旨を親切な通行人が教えてくれた。結局のところは
「なのに私は染色体が三本足りないんです。鳥に持ってかれちゃったんです」
とか言って、俺の林檎を奪い取ろうと走りよって来たけれど、残念ながら上下が逆だったので俺の胸元までは手が届かなかった。

 質素なプロテスタント教会のガレージにはスカイブルーの爆撃機が停まってて、そいつはエンジンの匂いがとても素敵で、俺はそいつの尾翼に林檎を一個置き去りにしてみる、すると神主だか神父だかわからない奴が走り出てきて、「林檎がメタファとして機能してますね」なんて言いやがった、俺はめんどくさいのでヘッドフォンをそいつにガチャっと嵌めて、音量をマックスにしてみるが、そいつもやっぱり上下逆さまだったので、素晴らしいロックは下半身にしか響かない。

 音楽が響かなくなると、俺の耳からは無数のきしめんが飛び出してきて、税務官やら警官やら自衛官やらが寄ってたかってそいつを啜ろうとした。真っ直ぐに落ちるきしめんは三分ほどで打ち止めになり、それが食い尽くされるのにも五分とかからず、俺は相変わらず靴擦れが治らない。

 俺は真っ直ぐ坂道を降りて、平和公園のベンチに座り、噴水の前で流しのウッドベースに聞き惚れた、Cの次にBm7が来るくらい良い演奏だったのに、ウッドベースの中にはみっちりと子どもが入っていて、全く喧しくてたまらない、マイナーコードが響く度にソプラノの不平不満が立ちこめ、いつのまにか俺は単音だった。

 演奏が終わると、無数の神父が駆け足で公園をよぎり、空はどこまでもスカイブルーで、その中から真っ赤な林檎が一つ落ちてきて、やっぱり爆撃機は物凄い音で噴水に突き刺さって、俺はここしかないと心に決めたが最後、腹式呼吸を繰り返して高らかに歌い、そこいらじゅうのさかさまに林檎を配って歩いた。おい、さかさまども、と文学史的大演説を一丁かましてやろうとしたが、林檎のメタファは上手に機能せず、割れたウッドベースのクソガキどもに俺の大事な金髪は片っ端から抜かれ、そいつらを一人ひとり正座させてブン殴ってる間に爆薬に火が移り、吹っ飛ぶさかさまに最後の林檎をダンク・シュート。

俺は空っぽになった両手ぶらつかせながら、また坂道を下っていった。そろそろ新しい靴を買わなきゃいけない。

文学極道

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