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作品 - 20060411_946_1153p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


サーカス

  一条


誰もが、いつかは、いなくなるのよ、
という言葉を残して
妻は蒸発した、わたしは、いつも仕事帰りに
移動遊園地に立ち寄り
サーカス小屋の裏で煙草をふかすピエロを見た、
冷蔵庫には大量のキムコが残され
妻がベランダに干したままのわたしたちの洗濯物が
風に揺らされている、


ピエロは煙草の火を象の尻でひねり消し
わたしたちのにおいはキムコが消臭する、
明日になると、移動遊園地は隣の街へ移動するのだ
と、わたしはキム子に言った
あなたも隣の街へ行けばいいのよ、とキム子は
冷蔵庫から冷えたビールの缶を取り出し
わたしの目の前に置いた、


  そんなに簡単に隣の街へ行けるのなら、とっくに行ってるさ


ピエ朗がパジャマ姿で居間に現れ
冷蔵庫を開ける、
翌年に受験を控えたピエ朗は最近、ますます無口になった、
未成年にも関わらずピエ朗は煙草をふかす
キム子が、わたしの顔をちらと見やるが
わたしは、ピエ朗を叱ることは出来ない
また停学になっちゃうわよ、
洗濯物が風に揺れ
うるさい、とピエ朗は部屋に戻った


サーカス小屋では陽気な団長が
いつものようにこどもたちを虐待している、
わたしたちの教育が間違っていたのね
わたしはビールの缶をキム
子に投げつけた
こどもたちは怯えている


  ぼくたちは、明日になると、隣の街へ連れて行かれるんだよ
  隣の街は、どんなところなんだろう
  この街より、もっと恐ろしい街に違いないよ
  だって、この街は、この前の街よりもっと恐ろしかったから
 

それがわたしたちの最後の夜だった
わたしは、仕事の帰りに移動遊園地に立ち寄った
団長は、幼いピエロを虐待し
ピエロは、助けを求めるようにわたしを見ている
このわたしを見ている

 
  もう誰もいないから、怯える必要はないんだよ


わたしたちは、もう、隣の街にいるんだ
そして、いつかまた、わたしたちは、いつものように
隣の街に行く

文学極道

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