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作品 - 20060328_532_1102p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


赤い傘の中で

  ミドリ




「あなたの体温計になってあげる」
そう言って彼女は 僕の脇の下の 隙間に入り込んできた布団の中
「37度5分」と 僕がそう言うと
ふたりは笑った

ふたりは服をするすると着て
雨の町の中へでた
赤い傘は彼女のもので
僕は彼女の耳元で
傘の柄をぎゅっと握り締める

なんの迷いもなかった
町は軽やかな心地よい刺激に溢れている

想像していた

彼女が僕の幸福のすべてだった
赤信号を無視して渡るとき
ぎゅっと手首を握り返して 怒っている彼女の顔も
駅の改札口で
切符をなくしたと
大袈裟にあわてて振り乱す彼女の髪も

”恋愛映画が観たいよ”
”いやホラー映画にしようぜ”と
断固対立するふたりの深刻な
価値の亀裂の狭間で
結局「ドラえもん」を観にでかけて
ポップコーンを食べながら
ラストシーンで泣けているふたり

家が欲しいと
彼女が言ったとき
僕はためらった
30年のローンを抱えながら
こいつのために まるで馬車馬のように働かされるのか?

あなたってやっぱり変よ
「おかわり」も「ちんちん」もできない子犬をたしなめるように
彼女は言った
「もうこれからは キスの仕方の巧いだけの 男じゃダメよ」と

赤い唇の彼女の口から ふわりと開く未来
まるでドラえもんのポッケのように
なんでも出てくるふたりの気持ち

「結婚しようぜ 君と同じ道を歩きたいんだ」
「はん なにそれ?また新しいギャグのつもりかい?」
冷たいコートの彼女を 両肩で抱きよせる街路樹の下
息をしていない ふたり

「笑っていいよ 今のは新しいギャグだから」と耳元で囁くと
笑えないし 泣きたくなるの 変なギャグだよって 彼女は言うんだ

雨の町の下の 赤い傘の中では
いつもこんな風な
ためらい合う愛や
未来をゆるし合おうとする とても小さな一歩たちが
肩を寄せ合い 今も抱き合っているんだ

文学極道

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