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作品 - 20060327_496_1098p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


カン・チャン・リルダの夜

  まーろっく

 路線図に無い鉄道を跨線橋で渡り、誰かの暗い夢に通じてい
る湿った複雑な路地を抜けると、そこがカン・チャン・リルダ
だ。胡弓弾きの女の歌や奇術師が吹き上げる炎に泡立っては消
えてゆく町さ。
 羊皮紙とともに朽ち果てた国や、逃げ水のなかで燃え尽きた
村から、何かが欠けちまった人間が廃れた街道づたいにここへ
やってくる。歪んだベッドに横たわる青い目の、褐色の肌をし
た女の寝息のなかにだけある町さ。
 首都のターミナルの、F番ホームから列車に乗せられて、カン
・チャン・リルダの駅でお前さんたちは吐き出される。みな一
様に妻と三人の子供を持ち、みな一様に痩せた性器をぶらさげ
て。流浪者や女衒や乞食の数千の手がお前さんたちを触る。老
いることができないここの住人たちがお前さんたちの頭髪に混
じりはじめた白髪を欲しがって。
 カン・チャン・リルダだ。忘れるな。標識につかまって立っ
ている片足の少年がいたら、傷口を触ってほどこしをするなら
わしだ。もしその子が立ったまま死んでいたら、ほおずき色の
かざぐるまを買って、供えてやることだ。影だけが残っていた
ら、コートをかけてやることだ。
 見事なキャタピラの跡がついている影を飾った未亡人の店で
飲んだあと、お前さんたちは夜の底にいくつも開いている娼窟
へ降りていく。そこにはどんなかたちの夜もあるが、みな等し
くどこか欠けている。腕や大腿や乳房や、あるいは顎と唇を欠
いた女を抱きながら、癒えた傷の、飴のように艶やかな断面に
やつれ果てた自分の顔を映すのだ。
 お前さんたちの肩に、いまや川原の石のように積み重なった
生活の記憶をもしその断面に取り落としてしまったとしても、
憂うことではないかもしれない。夜もすがら影を失ってカン・
チャン・リルダをさまよい歩く男たちの恍惚の表情を見るがい
い。
 何もかも見失って誰かの夢に迷い込みたくなったら、首都の
ターミナルのF番ホームをたずね歩いてみるといい。
 カン・チャン・リルダだ。忘れるな。俺が影を失くしてから
十年が経つ。

文学極道

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