いさかいのあと
夜半に林檎をむいて
夫と食べる
少し傷んでいて甘い
にんげんも
この方がおいしいかしらって言ったら わらった
一九年いっしょに転がっていて
わたしたち
すこしだけおいしくなったのか
あなたにも
傷や汚れを厭う季節があって
あのころはふたりして
沈黙の しぶい果汁をなすりあった
傷んだ林檎のとなりの林檎が
触れあった一点から
いつしか損なわれていくように
まろやかになってしまったね
耐えきれずに
今夜
変色したその一切れを
黙って口に運ぶ
あなたのなにげなさは
わたしが
獲得したものなのか
うしなったものなのか
いさかいのさなかに
忘れられない記憶の夜をたぐり寄せて
わたしが黙りこむと
すさんだ視線のさきをそらす口調で
(いつか観た映画の)
「死の棘」みたいだねっていったりするから
わたしは
表情をくずせないまま
和んでしまう
そんなわたしたちの棘は もう
死を孕まない?
なじんだ暮らしの舌に
ときおりしみる記憶のように
とがった夜の先端が
そっと触れているものが
歳月という厚い実に抱かれた種子のような
かなしみと やさしさを
思い出させるなら
皮膚のうちがわに棘を包んで
すこし病んでいること
すこし傷ついていることは
わたしたちの希望だ
選出作品
作品 - 20060327_467_1090p
- [優] 夜半に - fiorina (2006-03)
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夜半に
fiorina