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作品 - 20060309_100_1029p

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I can't speak fucking Japanese.

  一条

にっぽん企業が中国に作った製造工場の社員食堂でぼくは働くことになった。成田に向かう電車の中、真っ白な肌の青年がひとりでしゃべっている(だれかに聞いた話だが、ああいう連中はどうやら神サマとしゃべっているらしい)。ひこうきはぐんぐん加速して、にっぽんを飛び立った。日本料理のレシピを乱雑に書き込んだマイノートブックをめくりながら、ぼくは、にっぽんのことを考えた。だけども客室乗務員はこくせき不明で、仕方なく機長との面会が可能かどうかをかのじょに訊ねてみた。「機長はあいにく操縦中でして」。機長はあいにく操縦中で、客室乗務員のこくせきが不明である場合においても、ぼくたちを乗せたひこうきは空を飛ぶというのに。やがて、上映されている映画が終わると同時に、乗客は席を立ち踊り始めた。かれらがにっぽんじんであるかどうかはわからないが、かれらはひどく滑稽に踊り始めた。ああいう光景にも、神サマが介在しているのだろうか。いつまで経っても、ひこうきは空を飛び続けるような気がした。かれらの踊りが最高潮に達すると、こくせき不明の客室乗務員は「キチョ」「キチョ」とにっぽんごのようなものを連呼し、するとキチョのようなものがパーンと破裂し、その断続的な破裂音によって、かれらの踊りはいよいよ最高潮さえ突破した。そして、かれらの踊りに合わせてぼくの身体までもが勝手に動き始めた。中国に到着するまでぼくたちは踊り続けるのかもしれない、と誰もが思ったに違いない。相変わらず、キチョのようなものは破裂し、こくせき不明のかのじょたちは、にっぽんごのようなものを連呼している。踊りに熱狂しすぎたあまり、これはある種の乱交パーティであると勘違いした男と女たちが、互いの衣服を剥ぎ取りあい絡まり合っている。「これはある種の乱交パーティなんですかね」と白髪の老人が隣の席の女に尋ね、「これはある種の乱交パーティですわよ」と女は答えた。それにしても中国というのはひどく遠い国のように思われる。それは、ぼくたちが未だ踊りを止めず、そこから派生した乱交パーティへの参加者が徐々に増加していることと無関係ではない。そして、未だ機長が姿を見せず、かのじょたちのにっぽんごが反復され、このひこうきが操縦されているということと無関係ではない。ぼくたちは踊り続けた。踊りに疲れ眠りに落ちる者もいたが、ほとんどの人間は踊り続けた。はっきりとはしないのだが、ぼくたちを乗せたひこうきは、中国には辿り着けなかった。とにかく最後に機長が現れ、その理由を小声で説明し、興奮した乗客のほとんどがかれに罵声を浴びせ、こくせき不明の客室乗務員が泡をふき、にっぽんごのような罵声が永遠に終わらない、そんな光景だけを、ぼくは記憶している。

文学極道

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