公園のトイレのガラスのない窓で
固い土に生えた松がゆれ
一羽のカラスが枝を越え
ボートを押した浅瀬
私はそこで足を止め
糸雨を浴びる
目をぬらし
捨てられた傘がばたばたと動くので
動くので、私は足を止め
追い立てられたように
顔を赤くする
★
踏み固められた地べたの
ブランコの下
が見えた
リボンは夜闇に赤く
もっと長くのびる
便器で圧された尻
を這うギョウチュウ
白い生き物の巣を一つ抱えた
窪地が 木が
不思議に怖かった
★
(ばばに乳を吸わされた)
箪笥のつめたい錠前を舐めた舌で
御前の傷口にキスして
やろう
引き出しの十円玉は
御前に全部
呉れてやる
★
仏壇の障子に穴を開け
空は明け
薄い窓のモザイクを漏れた
それは夕日
赤ん坊のようにして
足を止め
黒い金具ばかり見つめ
私はたしかに
死んだひいばばの声を聴いていた
私はすぐに襖を開けて返事する
「なにー」
――聞こえますか?
「なにー」
――聞こえますか?
ワタシノコエハキコエマシタカ?
★
なにが聞こえます 残響は
ピアノを弾いているのは
私です とどめることは
できません
叩きつけられた音で
河畔がゆらめいて見えるのは あれは
私です とても長いあいだ枯れ葉に
圧されているのです
★
身をゆすり そうしてあなたは
世界のなかを
閉じました 私の傍へきて
たちなさい
――響きは、
聞こえますか?
ガラスのない ガラ
スのない窓で松がわれわかれ私は
死んだひいばばの声を聴いていた
ボートを押した浅瀬
私はそこで足を止め
糸雨を浴びて
目をぬらす
選出作品
作品 - 20060306_029_1016p
- [佳] 無常の - 樫やすお (2006-03)
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無常の
樫やすお