踏切には食パンの屑が散らばっていて
ストライキの西武線は
西日を受けた会社員たちが
田無の方角から歩いていた
自転車の後ろで揺られ
世界はぼんやりとしたピンク色で
みたされていた
雑木林のまえのアパートで
母は買い物袋を降ろすと
豆球のあかりをつけた
天井には対角線に
張りめぐらした万国旗
サッシからこぼれる夕日が
静かに畳の上をあたためていた
坂道を降りた丁字路のむこうは
黒い木立が続いていた
そこにはこれから生まれてくる
子供たちが住んでいて
僕の妹もまだ
木々の間を走り回ってる
神話のなかの精霊のように
1979年
眠れぬ夜に母はよくそう言った
その夜母はいなかった
仏壇のむこうで台所に立つ祖母が
ほんとうは耳のそばで
静かに正座しているのを
知っていた
夢のなかで僕は
淡い午前の光の奥で黄色の
信号機が点滅している道を
母に手を引かれてあるいていた
その場面をビデオテープのように
何度もくり返し再生した
手をはなすと
ダンプカーがたてる黄色い砂埃
にはばまれて母の姿は
もうみえなかった
それから生垣に囲まれた
埃っぽい道を
ずいぶん歩いていた
木造の家々は黒くしずみ
まるで廃屋のように
どこも戸を閉ざしていた
西武線の踏切の
矢印が夕もやのなかで赤く
光っていた
僕はまだひとりで
踏切をわたることができない
全速力で走った
いくつもの郊外の食卓を通り
いくつもの日照りの路地を過ぎて
郵便ポストの角を曲がれば
1979年
畳に落ちた新聞の切抜き
6畳間を照らす暗い豆球の下で
座っていたことを
憶えている
選出作品
作品 - 20051109_119_716p
- [優] 1979年 武蔵野 - コントラ (2005-11)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
1979年 武蔵野
コントラ