ビルは「ゴッド・セーブ・ザ・クイーン」を熱唱しながら、あやまってテッドのポケットに手を突っ込んだ。遅れてやってきた弓子の機嫌が幾分よろしくない。弓子とは初対面のテッドが、弓子に向かって軽く会釈をするが、その方向にすでに弓子はいなかった。の〜ふゅ〜ちゃ〜、と歌い終わったビルが、テッドのポケットから手を抜き出して、分厚いソングブックをめくった。あたしにも何か歌わせて、って弓子がビルからソングブックを奪い取り、別の曲のイントロが流れ、佐藤がビルから奪い取ったマイクを握り直し、だけども、握り直したマイクが、佐藤の手からするりと抜け落ちた。
弓子は酒に酔い、店員に絡みはじめ、ビルはビルで、あやまってテッドのポケットに手を突っ込みながら、ぼくはぼくで、佐藤とにらめっこしながら、カラオケ屋を後にした。海に行きたいと言い出した弓子、そして、ビルが指差した方向には、車が停まっていた。ビルの運転はひどく乱暴だったけど、ぼくたちは、よく知らない、あほみたいな海になんとかたどり着いた。途中、犬ころを何匹も轢き殺したり、大幅に道をはみ出したりしたけども。ぼくたちは、あほみたいに騒いだ。海は、とても静かで、夜の空の星が、あほみたいな映画みたいに輝いている。
そして、ぼくはあやまってビルを爆破してしまった。閃光が海面を跳ね、爆音がぼくたちの耳をつんざいた。何事かが起きてしまったのだけど、何事が起きたのかは、まるきり誰にもわからないような意外性を伴ってビルは爆破された。なんてことだろう。ぼくのくだらないジョークのせいで、ビルは爆破されてしまった。でもさ、ビル、こんなことは誰にでも起こりうることなんだぜ。あっちを見て、と弓子が指差した方向には、真っ白いしゃれこうべが転がっていた。それはまぎれもなくビルのしゃれこうべだった。しゃれこうべの周りを囲みながらぼくたちは、あほみたいに何も喋れなかった。
夜がうっすらと明けた。海の向こうは、アメリカなんだよな。佐藤の言葉を各自が反芻しながら、ぼくたちは、海の向こうを見た。それから、おもむろに立ち上がった佐藤が、おれさ、昔野球やっててさ、ピッチャーだったんだよねって言いながら腕をぐるんぐるん回した。おれが、ビルを故郷に帰してやるよ。佐藤は、ビルのしゃれこうべを抱きかかえた。アメリカまでどれくらいあんだろ、知らない、100万キロメートルくらいじゃない、100万キロか、ふうーーーーーん。それから、佐藤は、振りかぶって、投げました。ひゅーーーーーーーーーー、おーすげえ、ーーーー、アメリカに届いちゃうんじゃねえか、ーーーーー、なにも見えなくなった。ビルのしゃれこうべが消えた。本当にビルのしゃれこうべはアメリカまで届いたのかもしれないな。海の向こうを黙って、黙って見つめながら、ぼくたちは、黙って見つめた。しばらくして、さっき、ぽちゃんって音がしたよって、弓子が言った。
そもそもビルがアメリカ人かどうかすら、わからなかった。ビルがアメリカ人じゃなかったら、一体テッドはナニ人なんだよ。だけど、今さら、ビルがナニ人だろうとそんなに大切じゃない。ビルはぼくたちの大切な仲間だ、じゃんけんに負けたぼくが帰りの運転を任された、ぼくには運転免許がなかったけど、一番大事なことは、車の中にガソリンがどれほど残されているかということだ。気がつくと、佐藤も弓子もテッドも全員寝ていた。途中、何度か、犬ころを轢きそうになったり、道を大幅にはみ出したりしたけども、元の場所になんとか戻ることができた。ぼくは車を置いて解散するつもりだった、だけど、それからアクセルを踏み込んだ時の気持ちは覚えていない。
ここ、どこ、って一番最初に目覚めた弓子が、寝ぼけながら辺りを見回した。知らない、知らない街さ、ふうーーーーん。ラジオって、どうやってかけるんだろ、ってそこいらのスイッチを弓子は手当たりしだいにいじっている。佐藤はあやまってテッドのポケットに手を突っ込みながら、すやすや眠っている、ラジオから、知らない曲が流れた、知らない曲か、知らない曲さ、ふうーーーーーーん。弓子は、その知らない曲を口ずさんでいる、あほみたいに眠る佐藤とテッドを車に残して、ぼくと弓子は外に出た。弓子は口ずさんでいる、ぼくもつられて口ずさんでいる、ぼくたちは、どこへも行きたくない、ところで、ビルってナニ人だったんだろうねって弓子が笑っている、知らない街の空には、雲がいくつか浮かんでいて、それはまるでビルのしゃれこうべみたいだ、とぼくは口ずさみながら、ぼくたちは、このまま、何が起こっても永遠にやぶれない
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選出作品
作品 - 20050909_810_498p
- [優] あほみたいに知らない - 一条 (2005-09)
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あほみたいに知らない
一条