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作品 - 20050908_791_496p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


学校にはいなかった/ホンジュラスの海の底で

  コントラ

ゴルフの試合中継が映るテレビ
だれもいない居間
昼休みが終わっても
僕は学校には帰らなかった

体育館の裏で
座りこんでいる僕を見た
という証言があっても
それは僕ではない

そのとき僕は
意識の小さな空洞にいて
体育館の窓から
透明な煙があふれだすのを
遠くから見ていた

ゼロックスのレーザーで
網膜が傷ついたOL
閉めきった下宿で空き瓶に
囲まれた予備校生
友達のいないレジ係
みんな砂利のうえに
膝をついていた

そこは金日成広場のように
草ひとつ生えない
かわいた校庭
体育館のカマボコ屋根のてっぺんには
いつのまにか
巨大なビルボードが掲げられていて
僕はその数字を読んだ

[34000]

空港の検疫係の手にはめられた
白い手袋と
蛍光灯の通路が
どこまでもつづく
スーパーフラット
戦後のこの国を出国していった
ひとびとの数は
バルト三国やCIS諸国
のつぎに多いと
最近のニュースが
言っていた

僕は学校のことを考えていた
何かが僕の首をはげしく
ゆさぶりつづける
食べかけの弁当箱がすべり落ちて
レタスや鰹をまぶしたご飯が
黒い床に散らばっていた

鉄筋コンクリートの教室
うず高く積まれた机のあい間で
背を低くして
生きなければならない現実

その現実は
遠いホンジュラスの海で
魚を口にふくんだ子供や
酷寒の首都で広場に献花する
名もなきひとびと
腹の出た独裁者の手のしわがきざむ
時間の

ながい
どこまでもながい
列のいちばんうしろで
たったひとかけらの
砂糖の配給を
待ちつづける

校長先生は「みどりの日」の由来について
えんえんと話をつづけていた
かがやく太陽の下
棒立ちになった人影が
少しずつの間隔をおいて
倒れていった

回っている
揺れる椰子の木の残像が
ゆっくりと
視界に近づいたかと思うと
体育館の丸い屋根をこえて
飛びさっていった

同じころ
東へ10000Km離れた
ホンジュラスの港町
ラ・セイバ
雨が上がったばかりの
小さな目抜き通り
その目抜き通りの突端にある
岸壁で
海をみながら
彼女はきいた

海の底では
たくさんの人をのせた
地下鉄の音が聞こえるっていうけど、
ほんとう?

* 注
ホンジュラス=ホンジュラス(Honduras)共和国の名はスペイン語のhondura(深さ、深み)という言葉に由来する。むかし征服者たちがこの地に上陸しようとしていかりを下ろそうとしたところ、深くて海底にとどかなかったことからこの名がついた。

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