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作品 - 20050823_449_429p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


大トランポリン駅にて

  Canopus(かの寿星)


3か月前にあたしをふった
彼氏が旅に出るってんで
40度の熱があるのに あたしはたたき起こされて
着のみ着のまま
葛西シルチスのアマゾン鳥が啼く金町方面
あたしひとり 駅まで彼氏を見送りに

プラットホームには この駅始発の列車がもう待機していて
そのむこうには彼氏がはじめてのデートの時のように
大きく手を振って笑顔であたしを呼んでいた

ただあの頃と違っていたのは
駅の構内が全部トランポリンで
あたしも彼氏もぽんぽん弾んで
彼氏なんか完全な球体で 器用にぽんぽんぽんぽん
あたしはぽんぽん揺られて高熱でうんうんうなされて
彼氏に急いで近づきたくても入場券しか持ってないから
うっかりバウンドがはずれて列車に乗っちゃったら死刑だから
膝とおしりで慎重にぽんぽん
発車のベルが今にも鳴りそうだった

「なんだいそのカッコは」
球体の彼氏はにやけて舌舐めずり
口を裂いて大きな舌から触角を伸ばして言った
そうだ あたしたたき起こされたんだっけ
ベッドでうんうんいってたままの格好だ
髪はぼさぼさ
パジャマの下 はいてなくて
おまけにゴムゆるゆるのパンツで
寝る前にちょっといじった所にシミがついてて
トランポリンが弾むたんび そんなとこがまる見え
胸もお腹も少しはだけて 隠そうと思ってもうまくいかない
ぽんぽんあたしは丸まって 「お前のシリ サイコー」
そうだあなたはあたしのヒップラインが好きだったんだっけ
あなたは触角の先から目を突き出してにやにや
久しぶりに視線が痛い
たくさんの突起を伸ばして あたしをさわって
長い舌であたしのお腹を舐めまわして あたしはのけ反って
高熱で頭が痛いのに あ と小さく呻いてしまう 彼氏の喜ぶ声

あなたとの思い出は 別れる前に交わしたいことばは
こんなんじゃないのに
ほかにもいろいろあるはずなのに
こんなことありえないのに どうして
ぽんぽん がんがん

でもね
あなたとあたしって
同じ高さにちょっとの間しかいないじゃない
バウンドの高さもリズムも まるで違うから
いつもいつも擦れちがってしまって ほんとはね
あたしもあなたといっしょに行きたいんだけど
列車に乗ったら死刑だから 死刑になっちゃうから
しかたないじゃない さよなら
あたしはあきらめたように少しだけ泣いて にっこり笑って
別れのキスも出来ないで

あたしはぽんぽん うまく弾めるようになって
彼氏は突起を下に伸ばして ぽーんと飛び上がったかと思うと
不定型になって窓の隙間からにゅるにゅる
列車にさわやかに乗り込んで
発車のベルが鳴って
でもあたしはそれを見ていなかった
あたしもいつの間にか完全な球形になって
ひとつの眼球になって
ゆっくりとあたしにあたしの瞼が覆い被さった
瞼の内が熱いのは高熱のせいだろうか
あたしの眼を閉じたその瞼をあなたは
いつまでも覚えていて

ください

文学極道

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