ありもしない町で、あなたはタクシーを降りる
花嫁だというのにあなたを迎える人はいない
あなたは、ありもしないわたしの郷里で
ありもしないわたしの家をさがす
タクシーは色あせた舗装路を駆け去ってゆく
日傘の薄い影の下であなたは
後部座席のカバーの白さを思い出すことだろう
もうあなたはそこに座ることは無い
めざとくあなたを見つけたのは
ありもしないわたしの家の
ありもしない斜向かいの
ありもしない魚屋の親父で
濃い血の色に光るカツオのはらわたを
際限も無くあふれでるはらわたと臭気を
包丁でかきだしながら見るものだから
あなたのブラウスはもうだいなしだ
あなたは泣きたい気持ちになっている
しかしありもしないわたしの家を
探しまわらなければならない
隣人の、傷口にさえ舌をあてがう人々の
同じ顔をした(ああ、まったくわたしと同じ顔の!)人々の
あいだをあなたは歩き回り、たずね回り
好奇と、警戒と、嘲笑にさらされてやがて、
陽が牛の吠え声のようなサイレンの音に
溶けてゆくのを目にするだろう
婚礼の場も、宴席もここにはないのだ
あなたは花嫁だというのに
しかしわたしは見ているその一部始終を
町外れの丘の、ありもしない先祖の墓にもたれて
あなたを欺いたわたしの頭を
墓石にうちつけながら
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作品 - 20050712_818_313p
- [佳] 花嫁 - まーろっく (2005-07)
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花嫁
まーろっく