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作品 - 20050623_685_281p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


シベリア爺ちゃんと唄のない街

  ケムリ

この街は真っ白な壁に覆われている
街からの出口は北と南に一つずつ そこから人々は影踏みして去っていく
残るのは長い兵役に疲れた彼らと
ざらつく味のスープに慣れた僕らだけ

今日も爺ちゃんはチェスをする 僕のナイトはルークに阻まれる
「もうじき春が来る」彼は僕が生まれた時からそう言っていた
時々爺ちゃんは不思議な喋りかたをする
揺れるような音 伸びたり縮んだりする しわがれた唇

真っ白な壁は日に日に近づいてくる
年寄りはみんなポケットにピストルを入れている
それはずっと撫でられていて 角が綺麗になくなって
砂浜に流れ着いた硝子の欠片みたいに見える

「あそこはここよりずっと寒かった。私はね、塩ジャケが倉庫にあると聞いて…」
この話は何度目か 僕は七つの時にそれを数えることを止めた
「ジャガイモはな。幾ら腹が減っていても塩が無いと食えないんだよ…どうしてもね」
僕はナイトを進める それを見つめるまっ白い象みたいな眼差し

爺ちゃん 僕は言う 
「もうじき春が来る」爺ちゃんは答える
そして爺ちゃんの口からは不思議な言葉が漏れる
伸びたり 縮んだり 上がったり 下がったり 

爺ちゃんはピストルを撫でる
つるつるして 真っ黒で 柔らかく光るピストル
それは長い間に角がすっかり落ちて もうピストルとはあんまり呼びたくない
みんなのポケットにある不思議な重さ

「キンキンに冷えたピストルは指にくっつくんだ。剥がすと肉まで取れちまうんだよ…」
爺ちゃんはそうやって僕に指先を見せる 分厚い古樹の皮みたいな指先
「手袋だけは大事にするんだよ 私が教えてやれるのはそれだけだ」
爺ちゃんは眼鏡を外して 少しだけ目を細めた

だから 爺ちゃんが死んだ時 年寄りたちはみんな空にピストルを掲げて
僕は降りしきる雪の中 手袋をつけた手を空に掲げてた
街からはその日もたくさんの人々が去っていった
そして僕の口からも不思議な言葉が流れ出す

「もうじき春が来る」
誰かが言った その声は伸びたり 縮んだり 大きくなったり 小さくなったり
人々は何も言わずに 振り返らず街から去っていく
振る舞いの茹でたじゃがいも 年寄りたちは塩をつけて齧った

不思議な声はこだまし続けた
いつか ピストルはポケットの中で消えて行くんだろう
ざらつくスープと甘みの無い街
不思議な声はずっと消えなかった そして壁はいつか僕らを消してしまうんだろう

もうじき春が来る

文学極道

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