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作品 - 20050617_617_272p

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マーメイド海岸

  光冨郁也

 冬は好きではない。失業してから外出が減った。TVを見るか寝ているかだけで、二ヶ月が過ぎた。TVでマーメイド海岸のCMを何度も見る。海面から顔を出し泳ぐマーメイドの姿。面接や職安にも出かけるが、就職先はなかった。フォークリフトの免許は取ったが、作業が不得手で資格を使う気になれなかった。わたしにできることは何もない気がした。

 朝、またTVのCMを見た。海岸からTVカメラに映ったマーメイドの笑顔。信じられなかった。昼近く、部屋を抜け出し、バスに乗る。乗客は少ない。買ったばかりのジャケットを着て、北の海岸線に向かう。他に着ていく機会がなかった。伝説によれば、そこにマーメイドがいる。観光地になっている。寝すぎて頭にかすみがかかったよう。窓に頭を預け、外を眺めていた。空は曇っている。軽い偏頭痛がする。口の中が渇く。
 一時間近くバスに乗っていた。マーメイド海岸のバス停で降りる。冬の平日なので、ひとがまばらだった。白っぽい道を歩く。掲示板から観光案内のパンフレットを手に取り、海岸に向かう。カラー刷りのパンフレットの薄い紙。

<マーメイド(女)は人魚の一種で、海に生息しています。髪は長く金色で、瞳は緑色です。伝説では海難事故を起こすと恐れられていました。マーマン(男)と一緒に現れることもあります>

 マーマンも髪が長いのだろうか。マーメイドがいるわけがない。いくつかの閉ざされた売店。
 オフシーズンの海岸を歩く。黒っぽい岩をつかむ。白い波が岩に打ち付けられる。わたしはバランスをとりながら、海岸でマーメイドを探す。あたりには誰もいない。波しぶきが上がった。顔にかかる。手でぬぐう。ジーパンが波で濡れてしまった。冷たい潮風に凍える。息がわずかに白い。いるわけがない、そう思いながら海を見た。

 突然、遠く波間で、何かが耀いた。
(あれは何だろう)
 よく見ると、波に金色の髪が見える。やがて光は消え、海面に尾ひれが上がる。紺色の海がうねる。マーメイドは本当にいるのかも知れない。波が押し寄せる。海岸を歩いた。濡れたジーパンをひきずり、少しでも近づこうとする。
 波打つ海に、また金色の髪が見え隠れする。海から風が吹き付ける。遠く稲光がして、雷が鳴った。

 わたしは立ちつくしていた。しばらくして、風がやんだ。波の音も消えるころ、金色の髪に雪が降り始める。

文学極道

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