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作品 - 20050516_335_221p

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ミドリガメと父親

  一条

 飼育していたミドリガメを排水溝に誤って流してしまったのは、父親が家を出た翌日だった。お父さんは事情があってもう二度と帰ってこないのよ、と母親に言われた後、ぼくがミドリガメの事故について報告すると、あら、そうなの、悲しいことね、と気のない返事を母親はくれたのだが、母親にとっての両者の重大性を考慮すると、その気のなさは当然だった。

 だけども、ぼくは、父親の事情とミドリガメの事故を天秤にかけ、結果、ミドリガメのために泣いてみた。ミドリガメのために流した涙を、母親は父親のために流した涙と思い込み、ぼくを慰めながら母親も泣いた。そのすれ違いがあまりにも可笑しくて、ぼくは心の中で「父親の事故、ミドリガメの事情、父親の事故、ミドリガメの事情‥」と連呼した。そうやると、全ての事情が飲み込める気がした。

 父親に名前があったのと同様、ミドリガメにも名前があった。ぼくは、父親の名前に格別思い入れなどなかったが、ぼくが名付けたミドリガメの名前には少しだけ特別な感情が残った。

 母親が言うには、ぼくたちの「上の名前」がもうすぐ変わるらしい。きゅうせいにもどる、のだそうだ。ぼくは「きゅうせい」を「救世」と勘違いした期間だけ、文字通り救われているような気がした。救世に戻るんだぜ、と友達に自慢したりもした。

 そう言えば、ぼくはミドリガメに「上の名前」というのを与えなかった。それが結果的に良かったのかどうかわからないが、少なくとも、次の場所でミドリガメは「上の名前」を変える必要はないだろう。手続きが一つ減るというのは、素晴らしいことじゃないか。

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