#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20050428_219_204p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


白い自転車(オラシオ・フェレール「白い自転車」より)

  Canopus(かの寿星)


みんな
まだ覚えているかい?
白い自転車に乗った少年の神様を
くすんだベレー帽を耳までかぶって
よくとおる口笛でポルカを吹いていた
あの痩せっぽちだよ

少年の時代がかった白い自転車が
大通りを 商店街を 路地の津々浦々を
車輪を軋ませて走っていった
この町の誰もが少年を見かけた
少年の自転車が通ったあとには
彗星のしっぽのような白い光がベール状に広がり
懐かしいポルカの旋律がいつまでも残った
そしてこの町の誰もが その光を浴びたんだ

その瞬間から
町の小さな揉め事は解決し 車の中で悪態をつく人はいなくなった
いじめられっ子は友達と楽しく遊び 寝たきりの老人にお見舞いカードが届き
親に虐待される子供は姿を消し それどころか全ての子供たちが
デザートとプレゼントをもらって 仲良くそれらを分け合った
政治家たちは心の底から人々の事を考えて 涙を流して政敵どおし抱擁した

そんな突然で闇雲な
優しさと幸せに包まれて ぼくたちは
正直どうしたらいいのか分らなくなり しまいには激怒して
寄ってたかって少年の白い自転車を叩きこわしてしまった

少年の神様はしばらく自転車の残骸を見つめていたが
やがて無言のままどこかへ行ってしまった

みんな
もう再会したかい?
あの懐かしいポルカに 彗星の自転車に
町のみんなに笑顔を分けようと必死に頑張ってる
ちっぽけな少年の神様に

風の便りで きいたんだ
町のあちこちで 少年の神様をひっそりと見かけたって
あんな目にあっても どうして
この町を見捨てないのか分らなかったけど

この町にはまだ 深い痛みや憎しみや
暴力や嫉妬や悪意があふれていて
道ですれ違っても挨拶ひとつ交わせないけど
どれだけ心が豊かになったとしても
生きるかなしみは 消えはしないけど

夕暮れのひとり 帰り道
花屋の前に 電柱の上に みんなの心のなかに
曲乗りをしてくるりと回る
白い彗星の自転車に乗った少年を探しているんだ
みんな
覚えているかい?
人間が好きで好きでたまらない
健気な少年の神様を

今度会った時には もう間違えない
もう間違えたくない
ようこそぼくらの町へ ぼくらの心へ
白い自転車の少年の神様

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.