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作品 - 20050329_947_147p

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ニンゲン

  一条

団地の昼下がりはいつもと何ら変わりがない。芝生で寝そべる老夫婦が一組、どうやら誰の知り合いでもないらしい。二人の手は握られている。集会は退屈でしたね、あら、そうかしら。駐輪場の自転車にはどれもサドルがない。ぼくは最後の扉を開けた。数々の便器が空に宙に散逸する。同じ穴ぼこを失った男と女。そいつらが老夫婦になるにはいくつものハードルがある。ハードルを越えた先に、穴ぼこがある。だけども実際に突っ込まないとそれが穴ぼこなのかどうかわからないらしい。市バスが急停車した。その音は始まりというよりは終わりに近かった。握る手を探していると、夕が暮れた。

トカゲノシッポギリ、トカゲノシッポギリと娘は唄う。半ば狂っている。新しい圧力鍋がやってきた。ぼくはそれを使いこなす自信がない。警官が発砲した。撃たれたのは老夫婦で、血を流しているのは穴ぼこを見つけたばかりの、ぼくと同世代の男と女のペア。彼らはやがて枯葉となってぼくたちの踝を埋めた。それは意味のない記号で、だからその存在はやがて薄れてゆく。誰も文句など言えないし言うつもりもない。最後の扉を開けたっきり、ぼくはまんじりとも動けずにいた。歩道は乳母車で渋滞している。先頭を行く派手な装飾の乳母車が燃えて立ち往生している。ぼくにはこの歩道がどこに繋がるのかなんてわからない。

眼前の鉄橋。風に煽られ、ゆうらゆうら。上下左右S字型にくねるそれはもはや橋なんかではない。やっとこさ、市バスが急発進した。なぜ急発進してしまったのかはわからない。ゆるやかに発進すべきだったと思った時には乗客はそんなことを忘れていた。運転手は不平を垂れる乗客を急停車によって一掃していたから安心して急発進した。発砲する警官を発砲する警官。老夫婦は走り出す。ぼくは走り出さない。駐輪場でラッパを吹いた。娘は半ば狂っているという。右側のエレベータが故障しているというのは初耳だった。

テニスコートの白線を不意になぞる指の先っぽ。最後の扉は開けっ放しだ。娘はトカゲになった。駐輪場でシッポを切った。ぼくは半ば狂っている。起源なんてものは宇宙の果てにある極微小の宇宙塵に過ぎない。ニンゲンの犯したささやかな失策は運悪く初期値鋭敏性に囚われた。アダ無とイ無は偽物だったのだ。さあ、定刻だ。君が誰かは知らないが、シッポばかりを死ぬほどあげるから、ぼくたちに相応しい食用ニンジンを気の済むまでご馳走してくれないか。

文学極道

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