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作品 - 20050127_412_54p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


海を渡る(マリーノ超特急)

  Canopus(かの寿星)

「線路の上を歩いて海を渡る
 それ自体はけして珍しい行為じゃない
 だが
 心してきいてほしい
 次の駅にたどり着くことのできる者は
 きわめて稀である

「大洋をどこまでも縦断する一本の直線
 それは島嶼
 それは紡がれたほそい蜘蛛の糸
 それは世界をやさしくコーティングするシナプス
 それは人類にただひとつ残された叡智

「必需品 まずは
 一本のおおきな水筒と
 絶縁体の手袋と靴を用意すること
 線路は帯電していて触れると必ず体を蝕む
 また駅間の距離は定かではないが
 夜通し歩いても二日は優にかかる

「マリーノ超特急は週に一本
 南回りの便ばかりが走っている
 急げ 急いで海を渡れ
 列車がぼくらを飲みこむ前に
 ぼくらの運命が
 サイコロのように決まってしまう前に

「線路のまわりの波はおだやかで
 はるか向こうには灯台がかすんでいる
 口笛を吹きながら渡った
 私を祝福する太陽と空と海と線路と
 旅の道連れにウミネコの泣き声と
 駅までの道のりはけして退屈しない

「われわれの旅程の
 妨げとなるのは高波だけではない
 強い紫外線と海風は確実に体力を消耗させる
 波に洗われる線路は
 常に横揺れをくり返し
 海を渡るわれわれを拒絶するかのようだ 

「そして今やかなしいことに
 イルカもクジラも人類の敵なのだ
 彼らに見つかったら最後
 四肢から徐々に喰われて
 私の存在した証はどこにもなくなってしまう

「このちいさな街に生をうけて
 なにひとつ不自由なく暮らしてきた
 それなのにどうしてだろう
 駅がぼくをいざなうんだ
 旅に出ようとぼくをいざなうんだ

「海を渡るには駅を見つけなくてはならない
 駅の正確な場所は誰も知らない
 規約上は誰にも訊いてはならない
 秘密裏のうちに目くらめっぽうに
 探す 薔薇の薫りのする方へ

「駅員は親切にも最低限の必需品を用意して
 ボン・ボヤージュ! 旅に出る者を祝福する
 駅員は海を許しなく渡る者を取り締まる
 彼らはためらいなく密航者を射殺する
 駅に駅員のいたためしはなく
 さびれたプラットホームがぽつんとあるだけだ
 駅は
 存在しない

「風をつらぬいてきこえるのは
 マリーノ超特急のユニゾンシフト
 姿をみたことはない
 音だけの幻の列車だ
 私は思い出す私の成し得なかったくさぐさを
 ユニゾンのこだまはいつまでも続く後悔のように

「ぼくははだしで
 海上のプラットホームに立っていた
 これからぼくの渡るまっすぐな線路だけを見ていた
 次の駅は
 かすんでまだ見えない
 歩きはじめる

文学極道

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