あたしに痛んだ赤い櫛を 誰も近寄らない路地に捨て 誰にも拾われないために髪をからませ 青草などぱらぱらとまぶしておくと 見あげる細長い青い空は 色見本の短冊のように美しすぎて 眼差しで色をはじいてしまえば ぺらぺらと軽々しく剥がれて 私の首に落ちて絡まってきそう あたしその無色を支えようと いつまでもあたし たった一度の瞬きができないでいた、
生まれたからには生まれた時より 少しでもましな人間になって死にたい だって てめー そうは言うけどよ 考えてもみろ この現場で足場組んでる奴ら みんな堅気の人間じゃねえよ さっき飯場で汗拭ってる時 背中に彫り物があってよ 龍がこう 首を持ち上げてよ 赤い舌出してよ オレのこと こう睨みやがってよ 奴らの背中 血が通ってねえよ 奴らがまともに板組めると思うか 奴らに命預けてるんだぜ 前の現場でよ 落ちた奴いてよ ボルト何本か抜いてあってよ 死んじまったよ まったく ひでえ話もあったもんだって そんなんでよ ましな人間になる余裕なんて あるわけねーべ オレのコレに赤んぼできてよ オレだって今 大変だけどよ、
子供と視線の高さを合わせることが必要でしょうね 怯え という膜が 子供の心の表面を覆っていまして 何かに触れた時にそれが震えてしまう 破れてしまうことがあります いや コーヒーはもう結構ですから 胃を悪くしますのでね それで 視線の高さを合わせるというのは 別に意識の問題だけではなく 実際に姿勢を低くして 中腰とか片膝をつくなどして 子供とあなたの眼球の位置を水平に保つようにすることです この力の均衡が先程の膜を 穏やかな状態に保つのですね 静かな湖のように像を結ぶのですね 子供はあなたが考えている以上に 瞳の暗闇をよく見ています 暗闇に映る自分の姿を見ています ああ お茶を頂くことにしますよ どうかあまりお気遣いなく しかし暑いですね毎日 やっと五月だっていうのに、
膝を折って光を避け 首を折って湿った苔を爪で削り パンプスの先端に擦りつけると 青臭いだけの気流が生まれて 無遠慮に首筋へ滑り込む気配がして しばらくあたし たった一回の呼吸ができないでいた 無計画に並んだ室外機がビル風でカラカラと回り 回りそうで回らない羽根があってもどかしいので 唇を尖らせて息を吹きかけると キャベツの葉っぱのように重たくて このまま今日は回らないつもりなのだろうと諦めていたら 突然勢いよく回転し始めるので 青臭い匂いは千切れて消えて あたしの爪の中にだけ深い緑となって残った、
そういえばよ あのマンション 全然買い手がつかないらしいんだ そうそ あの横長の 白い建物さ 珍しいべ 東京23区でよ 駅から近くてよ まだガラガラなんだって 気持ちわりーな スカスカのマンションて なんか気持ちわりーな たまにあるんだってよ エアポケット っつーのかな よくわかんない理由で人が住みたがらないマンションがあるんだってよ てめー どうよ あそこ絶対お買い得だぜ 辛気臭い顔してないでマンション買っちまったらどうよ 今のアパートよりましだべ かみさん喜ぶべ なあ 今よりましだべ オレが? オレは駄目さ オレ コーショ キョーフ ショー だから 駄目なんだオレは コーショ キョーフ ショー だからよ、
放熱するモーターの唸りが聞こえてくると ここはもうあたしの領域ではなく それは赤い櫛にふさわしい騒々しい情動のはしくれで 切り取っておくべき余計な部分として存在して どこかに寄せ集めて放っておくより手立てがないみたいで ああ なんだ あたし息してる 寄せ集めたら息してる でも瞬きができない、
ところでご主人は銀行にお勤めでしょう いえね 本棚に金融関係の専門書を見かけたものですから たぶんそうだろうと では ご帰宅はいつも遅いでしょう お子さんと顔を合わせる機会があまりないでしょうね 私だってそうですよ 平日は子供の顔なんて見たことがない 土曜日に一週間ぶりに再会しては お互いの安否を確認しあうといった感じでして 勿論そうですね その時も 目線を合わせてお互いがお互いの瞳に映っているかどうか きれいに映っているかどうか 確認するわけです いえね 実は妻とは死別しましてね 早いものでこの五月で もう七年になりますが まだ赤ん坊だった息子を残して 逝ってしまいましてね、
いや 奴が落ちたのはあのマンションじゃねーよ 別んとこでさ そこはちゃんと全部売れたってさ 結構死ぬんだぜ現場でさ そんなんは隠すにきまってっからよ みんな知らねーで買うわけだけどよ だからって関係ねーよ そんなんは気持ち悪かねーよ たくさん人間住んでんだから さっきもいったけどよ スカスカのマンションが 気持ちわりーのよ そんなの建てちまったらオレ この商売やんなるね なんかでっかい墓でも建てたみたいでね あ ほら見てみろ あいつの背中に龍がいるんだぜ 雲の上に長い首だしてよ 赤い舌べろんと出してよ 汗かいても冷たいんだぜ あの背中は ほんと気持ちわりーよな、
ちょっとそこまで と言い置いて部屋を出たわりには あたしはとてもきちんとした身なりをしていて どこに出しても恥ずかしくないから どこまでも行くつもりでいたのに 案外近くであたしは諦め 髪をほどいてばっさりと背中に落としたら急に 広い道は歩けなくなって何だか 整えたいものがあるような気がして 体ひとつぶんくらいの路地に嵌まり込んでみたのだけれど 薄い胸が空間を持て余してするすると あたしするすると入り込んでしまい ああやっぱりどこまでも行けるのだ思っていたら ここから先 私有地です という看板に遮られて ああやっぱりあたしそのへんまでしか行けないんだと諦め そういえば整えたいものがあったんだと 手鏡を鞄から出して襟元を直して 手櫛で重たい髪をとかしていたら あたし何であの赤い櫛を使わないんだろうと思い出して 暗い場所で冷たい胸元に手を突っ込んで長い時間 赤い櫛を探していたんだっけ。」」
- 平川綾真智 :
拝読させていただきました。
初めまして。
なんなんでしょう。相当心に残ったし、かなり面白いですね。
離れた言葉と時間と空間での異なる感覚の交錯がずっとねじれの位置にあるまま、または漸近線として決して重なることは無いんだけれども空気が触れ合っていってコミック・キューとかに載ってそうな漫画、または山本直樹の短編作品を思い出したんですが。
気になった点を上げておきます。
一連に連が成功しているとは言いがたいと私は思います。
三連から、一気に読み入れるし、世界観に浸れるんですが、うーん、二連と三連は逆の方がよいような気がします。
一連はもう少し入り込みやすく、文体を小説の導入文と同じくして、だんだん崩した方が早く作品に引き込めると思いました。
最後も
。」」
より、もっとめちゃくちゃにしまくって終わっても良いと思いました。
とにかく、注目させられた作品でした。
次も読みたい作者の登場だと思わされました。
以上です。
失礼します。 ('07/02/25 15:22:48)
- 稲村つぐ :
「あたし」が登場する部分の秀逸な描写に、それ以外のカットの騒音や陰りなどが、相対的に織り成されていて、
その縫い目に嵌まり込んでしまったような、不思議な感触を得ました。
しつこいようですが、「あたし」が登場する部分が文章として素晴らしいし、私としては物凄く好みで、
それだけでも読めてよかったなと思ってしまいます。ただ、一連目の、
>無色を支えようと
ここは、書き出しからの美しい流れを阻害していると思います。
色が無いことを表すものでも、なにか物質を隠喩として使われるとか。そのほうがよりスムースなのでは、と感じました。
あとはもう少し読み込まないと、なんとも言えないというか、背骨がきっとあるのだろうけれど、
それが、なにか恥ずべきことでもあるかのように歪に隠されていて見えない、そんな疑念も抱きました。
私の読む力が弱いだけなのかもしれませんし、描き切る力をきっと持っている人だと思いますが。 ('07/02/25 21:42:50)
- 袴田 :
平川綾真智様。拙作を読んで頂き、大変うれしく思います。このまま、誰にも感想を頂けずに時が過ぎてしまうのではないかと、心細い思いをしていたのですが、とても丁寧に読んでいただいたようで、心より感謝しております。
実は、はじめは、散文形式ではなく、行分けで書き始め、もっと短い作品に仕上げるつもりでした。ご指摘いただいた一連目は、行分けで書いたものを繋げただけであるため、散文の導入部としての滑らかさへの配慮が足りなかったと自分でも思っています。最後の終わり方も、相当に悩んだ所ではあり、確かに現在の形が最良であるとは思えないのですが、ある程度、お行儀良く締めくくった方が、この作品の味を深めるのでは、という気持ちから、インパクトを薄めた描写を選択したのでした。平川さんの仰る、めちゃくちゃ、という方法も、魅力的ではありますが、それはそれで相当のセンスが問われる部分でもあり、私の今の力量では御しきれないように思われます。
平川様、ご講評いただき、ありがとうございました。 ('07/02/26 00:00:50)
- 袴田 :
稲村つぐ様。読んでいただき、ありがとうございます。実は、最初は「あたし」が登場する部分だけで構成した作品を書いたのですが、どうしても「あたし」の広がりに物足りない感じがした為、このような妙な形式を選択しました。「無色」については、そうですね、ちょっと間抜けな感じが自分でもします。別な比喩を考えてみたのですが、単なる置き換えでは良いものが思い浮かばず、的確さを求めると、その前文からの流れにも影響を与えてきますので、なかなか難しく、解決法が見つかりませんでした。もう少し、考えてみます。
それから、「背骨」のようなものは特にありません。一応、「生=死」というような、漠然としたイメージだけを頼りに、生活から付かず離れずの辺りに浮かんでくる言葉を並べた、という感じです。ですから、かなり「思わせぶり」な作品になってしまい、ずるいな、という自省をしています。稲村つぐ様、ご丁寧な感想、ありがとうございました。 ('07/02/26 00:18:10 *1)
- 平川綾真智 :
こんにちは。
何度読んでも相当気になる世界観で、叙情的でありながら圧倒的に創造されている作品なので、気にかかり、もう一度返信させてもらいます。
素晴らしい作品なので、私が二連と三連を入れ替えたらどうかという提案を書いたことを、もっと明確にしておこうと思います。
あたしに痛んだ赤い櫛を 誰も近寄らない路地に捨て 誰にも拾われないために髪をからませ
生まれたからには生まれた時より 少しでもましな人間になって死にたい だって てめー そうは言うけどよ
子供と視線の高さを合わせることが必要でしょうね 怯え という膜が 子供の心の表面を覆っていまして
膝を折って光を避け 首を折って湿った苔を爪で削り パンプスの先端に擦りつけると
各連の一行だけを比較していくと、一連と四連の密を三連が実に上手く柔く作品として仕上げているので、二連のいきなりの飛び方はある意味強すぎると思ったんですね。
ゆっくりと二連で外していって、三連で強い飛躍。
そして、四連につなげていけば、もっと作品世界に引きずり込まれると思ったんです。
四連から最後までの文章はもう、絶妙としか言いようが無く思います。
その分、一連目の導入と終わり方が気になるのですが。
体ひとつぶんくらいの路地に嵌まり込んでみたのだけれど 薄い胸が空間を持て余してするすると あたしするすると入り込んでしまい ああやっぱりどこまでも行けるのだ思っていたら ここから先 私有地です という看板に遮られて ああやっぱりあたしそのへんまでしか行けないんだと諦め そういえば整えたいものがあったんだと 手鏡を鞄から出して襟元を直して
この脆さの混在した世界観大好きです。
かなり勉強になる作品でした。
では、失礼します。 ('07/02/26 13:14:32 *1)
- 葛西佑也 :
こんにちは、読みにくいと感じそうなのに、そう感じさせない詩だなと思いました。長いし、文字が一杯並んでいるんだけれど、話し言葉に近いせいかどんどん先に読み進めることができるし。読んでいるうちに、場面の上にまた新しい場面が、セリフの上にまた新しいセリフが、どんどんどんどん重なってきて、終盤に行くにつれて読む側にのしかかってくるものが増しますね。それがとても、好きでした。 ('07/02/26 13:20:26)
- 苺森 :
文章もテンポも荒削り。さらに、この長文を読めって傲慢さ、書き手としての姿勢のぬるさが苛立ちますね。
読み手を意識して書いてんですかと初歩的な質問投げたくなる。公表することを前提に詩を書くのならば、需要というものも考えてほしいところだ。企業にしろ商品にしろ人間にしろ、芸の無いもの、使えないものは要らない。どんなマニア相手の商売だよこれ。あえての少数派狙いか。何を図ったつもりだ。読み手は客だ。より気の利いたパフォーマンス、行き届いたサービスを求める。
幅広い文学としてならまだ読めた仕上がりではあるが、詩でなくていい。傾向が違わないか、逸れすぎてやしないか大幅に。詩の醍醐味ってのが感じられない。芸術性も薄い。色やの音やの、眼や耳に訴えかける美しさも見受けられない。それに、目配り気配りといった“読まれるための工夫”がまるでなってない。もう全体としてのイメージがブヨブヨとたるんで、腹の出た中年太りのオヤジみたい。
読み手の負担を減らす、簡潔に伝えようとするってものも技術のうちだと思いますが。自分に優しいだけの、自分の趣味に付き合わすだけの、「ケーキを食べれば良いじゃない」的な、そんな詩も女もいりません。 ('07/02/26 16:58:21)
- ダーザイン :
面白い作品です。これから工場に行かねばならないので感想は後日。 ('07/02/26 18:54:05)
- 袴田 :
平川綾真智様。再びのご講評、ありがとうございます。二連と三連の入れ替えの件、確かにそうかもしれません。私にもう少し余裕があれば、そうしたかもしれません。連の順番は、三連以降は意識的に考えたのですが、二連と三連を入れ替えるという発想は私にはありませんでした。私はこの作品に自信がなかったので、二連で急な転調をして読み手の気を惹かなければ、という焦りがあったというのが正直なところです。平川さんの仰るように、作品のバランスとしては、二連で一連を上手く受け止める感じを作ったほうが、良かったように思います。たいへん参考になる意見ありがとうございました。構成について、気づかされることが、たくさんありました。 ('07/02/26 23:37:18)
- 袴田 :
葛西佑也様。はじめまして、読んで頂き、ありがとうございます。およそ詩的とはいえない言葉を、どのように織り込んでいくか、という方法に力点を置いて書いてみました。確かに長いですが、読みやすさには苦心したつもりでしたので、「どんどん先に読み進めることができる」という感想は、とても嬉しく思いました。ありがとうございました。 ('07/02/26 23:43:34)
- 袴田 :
苺森様。読んで頂き、ありがとうございます。「需要というものを考えてほしい」とのご意見、もっともだと思いますが、私もその点では相当に骨身を削ってきたつもりの成れの果てに、こんな詩を書くようになってしまいました。それは正しく、私の能力の限界を示しているのですが、それでも何か書いていきたい、読んでもらいたいという気持ちは抑えがたく、お察しの通り、紛れもなく「少数派狙い」です。
苺森さんが例として出された、市場経済に即して多少の自己弁護をさせて頂けば、企業社会で「選択と集中」という言葉があるように、気まぐれで流動的なマス(大衆)を狙うのではなく、ターゲットを限定して集中して資本を投下し、高い利益率を目指すのが、最近の企業経営の主流になっております。詩という狭い狭いマーケットも例外ではないと私は思っておりまして、私のような素人が、ある程度の手ごたえを求めて詩を書いていくとすれば、「すきま産業」的な方向しか、もはや残されていないのではないかと、思っている次第です。それが傲慢に映るとすれば、「謙虚に思考して傲慢に書く」のが詩だと、私は思っておりますので、それは如何ともしがたい私の性質によるものと思われます。歯に衣着せぬご意見、清々しく感じました。苺森さんの作品は全て読ませて頂いておりますが、稀有な才能をお持ちだと常々思っております。別にこれは懐柔策ではありませんので、お気を悪くなされぬよう。ありがとうございました。 ('07/02/27 00:09:35)
- ダーザイン :
袴田さん、おはようございます。重奏する語りの構造が面白いです。小林レント氏の「秋空の散文詩」を思い出しました。
冒頭の赤い櫛のわたしにまつわる記述は特になまめかしくて迫力がありますね。終連と共に死者とか彼岸とかを表す記述なのだろうと思いますが、ここは共にとても良いと思います。ただ、間に挿入されている工事現場の死者と女性は結び付かないので、彼岸を意図しているのだとしたら、もっと連続性を感じさせる記述が中にあったほうが良いと思います。子供が瞳の闇の中に見るものも自分自身と自分を取り巻く彼岸なのでしょう、その辺の記述もとても良いと思うのですが、なにせ赤い櫛の「わたし」は女性だろうと読めるので、繰り返し語られる工事現場の死者と結び付かず、しっくりしません。
第一連の妖しい描写と、終連は絶賛に値する文章だと思います。
>あたしに痛んだ赤い櫛を 誰も近寄らない路地に捨て 誰にも拾われないために髪をからませ 青草などぱらぱらとまぶしておくと 見あげる細長い青い空は 色見本の短冊のように美しすぎて 眼差しで色をはじいてしまえば ぺらぺらと軽々しく剥がれて 私の首に落ちて絡まってきそう あたしその無色を支えようと いつまでもあたし たった一度の瞬きができないでいた、
>ここから先 私有地です という看板に遮られて ああやっぱりあたしそのへんまでしか行けないんだと諦め
こんな文章はなかなか書けるものではないです。だから尚、間を良く弄っていただきたいなと。
>無色
ここは私もどうかなと思いました。私などは習い性で無職を速やかにイメージしてしまうので。笑。
また来てください。 ('07/02/27 08:07:15)
- 袴田 :
ダーザイン様。読んで頂き、光栄に存じます。工事現場の挿話など、なぜ書いたのか、自分でもしばらく解らなかったのですが、最近、職場の近くでマンションの工事をしておりまして、ニッカポッカを着たいかつい男性達とすれ違う機会が多く、それは私にとっていささか非日常的な風景であったため、この詩の触手が引き寄せたのだと思い当たりました。ただそれだけのこと、ではあるのですが、私の場合、詩は日常から生まれる以外に生成の種はなく、「あたし」だけで描ききるとすれば、もっと虚飾に満ちたものになってしまったような気もします。ダーザインさんのご指摘は、大変ごもっともだと感じるのですが、私としては、このあたりの俗さ加減を選択してしまうのが、今の所の限界かと思っております。もう少し完成度の高い作品ができましたら、またここに投稿させていただきたいと思っております。ありがとうございました。 ('07/02/28 02:57:58)
- 中村かほり :
袴田さん、はじめまして。
これ、たぶん50回くらい読みました。
目で追って、声で読んで。
セリフが多くてとても読みやすかったにもかかわらず、読み終えたあとは、ものすごく疲れてしまいました。
でもその疲労感はとても心地よいもので、クラシックバレエで「こんぺいとうの精のバリエーション」を踊ったあとのそれに似ていました。
「あたし」の出てくる連がとくにすきです。
「あたし」と赤い櫛の関係が女の人がもつ危うさを表していて、すばらしいです。心を殴られたような気持ちになりました。
ありがとうございました。 ('07/02/28 18:51:00)
- 袴田 :
中村かほり様。読んでいただき、ありがとうございます。50回くらいも読んで頂けたとは、ずいぶん作品の粗さに気付かれたことと思い、恥ずかしく思うと同時に、言いようもなく嬉しい気持ちがしました。ありがとうございました。 ('07/02/28 22:48:51)
- T.T :
袴田さん、はじめまして。拝読いたしました。感嘆いたしました。おかげで、舌を噛んでしまいました。何を食べても美味しくありません。最終連が特に舌を噛ましてくれました。ガリッ!といいました。止血がうまくいっていません。何を食べても血の味がして、歯はまるで赤い櫛のよ
うで、家族の者に不気味がられています。たぶん50回くらい読んだら、死ねると思います。 ('07/03/03 21:55:22)
- 袴田 :
はじめまして、T.T様。 舌を噛むという行為は、一種の癖ですから、直そうと思ってもそう簡単に直るものではありません。舌を噛むと、誰しも、一瞬、「死」という概念が頭を掠めるもので、それが癖になるということは、精神衛生上、あまり好ましいとはいえないでしょう。しかし、「何を食べても血の味がする」「家族の者に不気味がられている」という、外界からの疎外感は、生きることへの執着を希薄にする一方で、人間性の回復への飽くなき欲望へ転化する可能性も秘めていますから、一概に止血をすれば済むというものでもありません。幸いにも、「50回くらい読んだら死ねる」という確かな手応えをお感じになっておられるようなので、症状によって回数を少しずつ増減しながら、この作品を読んでいただくことをお勧めします。ありがとうございました。 ('07/03/04 00:17:17)
- T.T :
分かりました。増減してみます。2回から始めてみたいと思います。最低、10回はいきたいと思うのですが、9回で死にたいと
思えてきちゃいそうなので、不安です。ただ、先生の「人間性の回復への飽くなき欲望へ転化する可能性も秘めています」と云うお言葉に勇気付けられています。8回はいけるぞ!と俺、いま、思ってます。サム・シェパードって感じです。ガム、噛んでてもいいですか?ほんと、先生、ありがとうございました! ('07/03/04 06:51:06)