私は傘になりたい。
父は雨が降っても、傘をささずに、ずぶ濡れに
なって歩いて行ける。濡れた衣類の重量なんて
気にしないし、他の人も自分と同じだと思って
い、る。(自殺願望のことだって。)
父も私も自殺率の高い地方の出身だ。冬には街
の人みんな、うつ病になる。(酒でも飲まなきゃ
やってらんないよ!)父が豆腐の入った皿を割
り、脳みそのように飛び散る豆腐の残骸/踏み
潰しながら、私は私の食事をしていた。
、グチャリ (そばでは母が殴ら
れていた)私の空間からは遠いと
ころ、電話の音はサイレンに聞こ
えた。
/何かを救いだと感じる、病んでいる。(止ん
でいる? 救いは救急車でしょう?)私は父か
ら生まれたんだ。分娩台の上、前かがみになる
父から、卵のように。この豊かな国に生み落と
された
、のです。私たちは生まれたとき
から、絶望する術、を、持ってい
る。(個人個人で違うやつを。私
にとっては父。)幼い頃、大好き
だった父の背中を見ないで育った。
(見ないで育ったから、大好きだっ
た? 尊敬しています、お父さん。)
虚像の背中だけで、十分だったん
だ、私には。
生まれたときから、ずっと、弟は父の背中ばかり
見て育った。だから、弟は 雨降り、傘をささな
い。ずぶ濡れの衣類の重量も(自殺願望のことも)
気にせずに。/私は傘になりたい。穴があいてな
くて、向こう側のはっきり見えるビニール傘に。
(できれば、柄が錆びていないとうれしい。)
「雨は当分止みません
よ。傘を買ったほう
がいいでしょうね。」
と、傘もささず、ず
ぶ濡れで歩くみすぼ
らしい親子に言いま
す。
/私の向こう側の空間では、豆腐の残骸が家族た
ちの足でさらに激しく踏み潰されている。必死に
父をなだめる幼い弟の鳴き声(サイレン?)/私
にとっては、電話も愛しき弟の悲痛な叫びも似た
ようなものです。
外では、雨が ぽつり ぽつり と、降り始め。
(やがてすべてを流しさっていくであろう雨)明
日は土砂降りですか。天気予報が気になります。
私には家族の中で、明日の天気を聞ける人がいな
いのです。「明日、雨みたいだよ。傘を持ってい
くといいよ。」と、私のほうから言うばかりで
。(私たちは家族ですか?)
自分で割った皿と豆腐の残骸を片付ける
父と、
ひたすら発狂しつづける
弟と、
何か秘めたように黙ったままの
母と、
/私の食事を続ける
私と、/
みんな孤独だった。
そこにあるのは私の知らない家族でした。十数年
過ごしてきて、初めてその存在に気づいたのです。
しかし、紛れもなく私の家族。/私は、このとき、
初めて生まれたのです、この世界に。(望んでも
いないし、望まれてもいない。)
/明日も、雨です
か?みんな。私は
みんなが大好きだ。
みんなの家族で幸
せだよ。母よ 父
よ 弟よ/私は私
の食事を終えて、
ごちそうさま の
代わりに言います
。/ 私は傘になりたい。
- シンジロウ :
非常に良いです。読みにくさやたどたどしさが、語り手の乱れた心を表しているようで。また、家族がそれぞれ孤独である所の表現が良いです。
死ぬまで口に出しては語られないであろうと思われる語り手の家族への静かな愛情を感じます。 ('07/01/08 23:59:31)
- 池中茉莉花 :
初めまして。
実はわたしは、もう遠い昔にある病気に罹患しました。それ以来、10年どころではなく病んでいます。
わたしの拙詩(初投稿「ぬくもり」)の中の「冬眠」とは病気で寝ており、
家族を全く顧みなかった頃のわたしのことです。
葛西さんのようにわたしの家族達は、ものすごく苦しんでいたのです。
でも、わたしには、その苦しみも、嘆きも、見えず、聞こえませんでした。
本当に感覚が麻痺していました。
今もわたしは家族に介護をしてもらって生活しています。
でも、やっとわたしは家族の悲痛な思い、そして言葉に表しきれないほどの
愛情に気づき、心から感謝して生きられるようになりました。
葛西さんの詩を読んで、涙がこぼれました。
あらためて家族の存在の意味を考えさせられました。
どうもありがとうございました。
どうぞよろしくお願いします。 ('07/01/09 00:42:53)
- コントラ :
さいきん中学生や高校生の交換日記(死語)以下としか思えない投稿が続き、コメントを書き込む気もうせていたのですが、やっと目が覚めました。
またいずれ、書かせていただきます。 ('07/01/09 01:20:15 *1)
- コントラ :
シンプルな言葉で、よく書ききっているように思います。たとえば、ここで語られている内容が、はるか過去のことなのか、それとも現在進行形なのか、ペンを走らせている書き手と、内容の距離がクリアには提示されていないのですが、それは過去の出来事も、それについて何からの拘りをいだく人間にとっては「現在」でありつづけている、ということの象徴のように感じました。
>豆腐の入った皿を割
>り、脳みそのように飛び散る豆腐の残骸/踏み
>潰しながら、私は私の食事をしていた。
>私の向こう側の空間では、豆腐の残骸が家族た
>ちの足でさらに激しく踏み潰されている。
ここまで書ききった書き手の筆力に何だか、感服しますね。もちろん、作品は、ひとつの仮想的な世界の、あくまで「提示」でしかないのですが、だからこそ、そんな前提のもとで、書けることは書ききってしまうべだと思っています。
やはり葛西祐也さんは詩歴が長いかたなんだな、と実感させられる作品でした。
ぜひ、このスタイルの組み方とか、勉強させていただきたいと、思いました。
では失礼します。 ('07/01/09 12:14:22)
- 三角みづ紀 :
葛西佑也は天才だと改めてきづかされました。素晴らしいです。 ('07/01/09 13:03:18)
- 平川綾真智 :
拝読させていただきました。
後日じっくり書かせていただきます。
縦書きになおしても良かったので、少し驚きました。
では後日。
失礼します。 ('07/01/09 14:45:59)
- 稲村つぐ :
これは、私には、良い評価しか与えることができません。
素晴らしい作品です。
難を探すならば、それは大変小さなものですが、
> (できれば、柄が錆びていないとうれしい。)
( )で括られた部分の用い方で、そのほとんどは、おもしろいと評価したいのですが、ただ
いま上記に引用した部分は、流れを損なっている、もしくは要らないのかもしれないな、と感じました。
> (望んでもいないし、望まれてもいない。)
ここも作品から滲み出ているものに任せても十分だったような気がします。あってもよいけれど。 ('07/01/09 16:35:31)
- 加藤紗知子 :
初めまして。透明な雨の感触は、詩が終わっても続きました。
辛かっただろうねと思ってしまうのですが、この話を書けるのは、残酷だと思いました。話の内容ではなくて、書けることがです。
でも、確かにあったんだろうと思います。乗り切ったというよりも、今も同じ場所にいるように感じます。それだから書けたのかな・・・・・・。
すっきりと頭に入ってくるのは、もうよかったからなのか、残っているからなのか、何とも思っていないからなのか・・・・・・。
でもやっぱり私は、辛かったろうねと思います。 ('07/01/09 17:51:32)
- 池中茉莉花 :
もうひとつ書かせてください。
私のように慢性的な疾患をもつ病人を抱える家族は
家族ごと「病み」というブラック・ホールに飲み込まれている、ということを
この詩によって、より理解することができました。
感謝しております。 ('07/01/09 21:28:45)
- 平川綾真智 :
良い評価ばかりが続いているようなので、
私は少し掘り起こして書いていこうと思います。 ('07/01/09 21:33:50)
- 葛西佑也 :
☆シンジロウさん
こんばんは、はじめまして。
まずは褒めていただきありがとうございます。
ぼくの家族は、案外普通で、幸せな家族です。
ただ、それでも、語れないこと、家族での壁のようなもの
が存在しています。そして、たまに幸せじゃないかも・・・
なんて思ったりします。
普段は面と向かっていえないような、そんな気持ちが
この詩にはたしかに詰っているのかもしれません。
★池中茉莉花 さん
こんばんは、はじめまして。
家族の存在の意味は、ぼくもまだまだ気がついていないのかも
しれません。自分自身がどうして辛いのか、
家族が自分をどう思っているのか、自分が家族をどう
思っているのか・・・。また、本当に自分は辛いのか・・・
色々分からないことだらけなのですが
ぼくは家族を愛しているということだけは、
絶対に事実なのだと思います。
池中さんは、色々とおありのようですが、
全ての人にどうか、がんばって生きてもらいたいと思っています。 ('07/01/10 00:42:03)
- 葛西佑也 :
☆コントラさん
こんばんは。
>……それについて何からの拘りをいだく人間にとっては「現在」でありつづけている、ということの象徴のように感じました
そうですね。そうなのかもしれません。
ぼくの中では、「現在」でありつづけている。そんな気がします。
正直、(推敲などは独自の方法論?でそれなりにしますが)
思ったままに、感情のままに書いている要素が強いので、
毎回毎回、あとで冷静になって読み返してみて
自分の事に気がつくことが多いのです。
その時、現在の感情をそのまま書ききりたいのかもしれません。
鮮度を失ってほしくないのかもしれません。
詩歴は・・・長いのでしょうか。
とふと考えてしまいました。笑
ちゃんと、(今でも納得なんてしてませんが)書くようになったのは
最近な気がします。これからも、書き続けていくんだと
思います。
コメント、ありがとうございました。 ('07/01/10 00:49:46)
- 葛西佑也 :
★三角みづ紀さん
ありがとうございます。天才ではないんです。天才に生まれたかったですけどね・・・。天才!!!!
□受験が間近で、色々と忙しいので、今日はこれで。また後日、お返事の続きを書かせていただきたいと思います。 ('07/01/10 00:51:44)
- ゼッケン :
上手です。中上健次を彷彿とさせます。
ただ、この話をいわゆる詩っぽい形に整えた作為がいやらしいです。 ('07/01/10 04:55:19)
- 葛西佑也 :
☆稲村つぐさん
こんばんは。
なるほど、書かなくていい、書かないほうがいいというのもあるかも知れませんね。今後は、そこを考えて書いてみたいと思います。いつも、自分の感情を出ただけ作品に突っ込んでいるので、削るとか書かないとか考えたことがありませんでした。自分の中での必要十分しか意識していなかったのです。反省しなければなりませんね。ありがとうございました。
★加藤紗知子
こんばんは、はじめまして。
辛くなかったといえば嘘になりますし、今はどうなのかと言えば、今も辛いです。ただ、常に辛さを抱えているかと言えば、そうではなくて、自分は幸せなのかもしれないと思うこともあります。それでも、たまに色々なことが恨めしくなったり。この詩に関することだけではないのですが、とにかくいつもいつも書こうと思うと言うよりは、書かされるという感覚に近いのです。ですから、残酷に思われたのなら本当に残酷なのだと思います。それでも、ぼくは書き続けると思います。ありがとうございました。 ('07/01/10 11:29:20)
- 流離いジロウ :
いい詩ですね。たまたま通りかかった投稿欄で、こんないい詩を読めるとは、思いませんでした。(こんなページが、あったんですね。)
傘になりたい、というストレートすぎる一行目に、躓きそうになったのですが、その後、豆腐の記述とか、とてもいいですね。
ほんとに、いいです。
欲を言えば(以下、蛇足かもしれません)、傘になったところで、どうせ救済を与えることなど、「私」にはできる筈もない、という無力感が滲めば、もっと重く、ずんと沁みて、可憐な詩になったようにも思います。そうすれば、前の方で提示した「絶望する術」という言葉も、より生きるのではなかったかと感じたりしました。
いっちょ、自分の作品も、晒してみたくなりました。。
その前に、過去ログも、読んでみよう。 ('07/01/10 11:31:52)
- 葛西佑也 :
☆池中茉莉花
二度目のコメントありがとうございます。
家族との関係、また、家族以外の他者との関係は
常に意識して書いているような気がします。
池中さんが、何か感じてくださったのなら
それはとても嬉しいことです。ありがとうございます。
★平川綾真智さん
こんにちは、お待ちしておりますね!!
☆ゼッケンさん
こんにちは、まずはコメントありがとうございました。
中上健次の名前が出てきたことには、驚きです。
ただ、いわゆる詩っぽい形に整えた作為 というのがぼくには
分かりません。ぼくには、この詩だけでなく他の詩が書くというよりは
書かされることが多いからです。それは、ある出来事に書かされることが
大半です。でも、その詩がある出来事だけについて書いているものになるか
と言えば、そうでもないです。そういう時もあれば、色々なことが詰め込まれてることもあります。そういうのはだいたい書き終わって、ずっとずっと後に読み返して気がついたり、人に指摘された部分から気がついたりします。
詩にするということ自体を、作為的だと感じること自体ぼくには難しくて
よく分からなかったのです。きっと、そこがぼくに足りないところなのかもしれません。ご指摘ありがとうございました。 ('07/01/10 11:39:18)
- 葛西佑也 :
★流離いジロウさん
こんにちは、はじめまして。
褒めていただきありがとうございます。また、指摘していただいた部分も
参考にさせていただきたいと思います。過去ログよりも、月間優良賞を
さかのぼって読まれることをオススメします。ありがとうございました。 ('07/01/10 12:20:34)
- ふう :
頭叩き割って砂利流し込まれたかと思いました。
読み飛ばさなくて良かった… ('07/01/11 00:48:15)
- マモル :
初めまして。
今日、初めてここに来て、読ませていただきました。
読んでいて、自分の家族を思い、苦しくなりました。
簡単すぎる感想になりますが、本当に素敵な詩だと思いました。
家族という関係の中の、世界。
本当に、とても、心に響きました。 ('07/01/11 01:16:44)
- 葛西佑也 :
☆ふうさん
こんにちは。読んでいただけただけでも嬉しく思います。
そして、コメントまでしてくださって、本当にありがとうございます。
★マモルさん
こんにちは、はじめまして。
人によっては、心に響くかもしれないし響かないかもしれないし、
ぼくとしては、どちらでも構わないと思っているのですが、
やはり、誰かに心に響いたのなら、それはとても嬉しいことですし、
望ましいことです。コメントありがとうございました。 ('07/01/11 09:37:24)
- 明透 :
僕は葛西さんのファンで、基本的にどれを読んでも好きになってしまうのですが、これは特に好きです。
ありがとうございます。と礼を言いたくなりました。 ('07/01/12 03:42:51)
- ケムリ :
ぼくが、葛西さんの詩に乏しいと思える要素がはっきり見えたので、ちょっと書きます。とりあえず、基本的に巧いし読ませるってのは前提とした上で。
「広がり」だと思うんです。ぼくが、葛西さんの作品から受ける感覚は、ひとりで舞台で踊る男の子、という印象。家族、あるいは様々な要素は、彼がポケットから出して小道具のように披露するためだけにある、そんな感じがします。恐らく、「広がり」が小さい。小さくまとまりきってて、舞台背景まで見えてしまうのが、ぼくにはどうも好きになれないんですね。
ある種の切実さはわかる。多感さもわかる。技術もわかる。でも、それは詩の主体として描かれる「主人公」を外部から見つめる客観のまなざしでしか有り得なくて、世界性が広がっていく感覚に乏しいと思うんです。勿論、それはそれで一つのスタンスであり、創作方法だと思うんですが。自意識のカラの内側で、上手に踊るっていうところから一歩前に出て来て欲しい、そんなことを思わされました。あなた、とわたし、を渡河するイメージの広がり、主観と客観の真ん中くらいで、寵児として踊って欲しいんですよ。いや、ヒジョーにキザったらしい言い回しで書きながら赤面してるんですが。 ('07/01/12 16:46:24)
- 葛西佑也 :
★明透さん
こちらこそ、ありがとうございます。
とお礼を述べなければなりません。
励みになります。ちょっと照れてます。
ちょっと時間を見つけたつもりが、もうパソコンを閉じねばなりません。
お返事の続きは、また後日。すいません。 ('07/01/12 21:47:03)
- 葛西佑也 :
☆ケムリさん
こんにちは。
なるほど、「広がり」ですね。今まで、ケムリさんからは何度もコメントを頂いていますが、このコメントが今までで一番納得できた気がします。確かに、ひとりで舞台で踊っているのかもしれません。生き方自体が、そういう生き方なのかもしれない。何かが怖いのかもしれない。自分でも、そういうの変えなくちゃなって漠然とした、危機感とは違うのだけれど、そういう気持ちが芽生えてきてます。もしかしたら、詩をかけなくなるかもしれないし、ものすっごい下手くそになるかもしれませんけど、ちょっとだけ考えてみようと思います。やってみようと思います。時間はかかると思いますから、徐々に徐々に。コメントありがとうございました。 ('07/01/13 12:35:50)
- ダーザイン :
>傘になりたい
実に痛々しいリリカルさで、とても良い詩だと思います。葛西さんはなかなかの筆力で、肌触りのような、自身のそば近くに接近して作品を書いている。それがつぼにはまれば共感も受けるでしょう。これはまぎれもなく傑作なんだが、ケムリさんと同感ですが、更にきついことを言えば、肌触りの次元を書く能力も結構だが、世界性が欠如しているんじゃないかと。僕とか、家族とか、ちんまりと個人的な世界。空間だけではなく、時間軸も個人的なものに終始し、歴史性も無い。
親の因果で宗教を持っている人に形而上的な希求(時間軸)が無いのを知って白々とした気分になったときのように、弁証法の埒外で個人の話に終始する読み物には子供限定とか限界がある。大抵、薄情なものだからかね。読み手は。
要するに、この、不幸な家族の物語を、巨大な弁証法の流れの中に据えてみろと。
これは実に出来の良い作品なのでいっそうそう思う。後退的な見解と取られかねないが、不在であるにせよ、神のようなものへの問いがあれば歴史の中に入っていけるのにと。俺たちは世界の外にいたという感慨の作品に、敢えて言っている。そういう形で世界の中にいるんだから。
ケムリさんが言う「客観」ということになると、他者、社会とか、私詩でやれることの外に大きく踏み出す大変な仕事であって、俺にやれているのかと逆に問われたら答えに窮するのだが(俺は小説に移行しちゃった)、わたくしの中にいる人の視会の狭さということには自覚があらないとね。
私詩を極めるという道もあるのだろうし、現代詩手帖などのデコイを探している連中にはうけそうだが。
受験、ご健闘を祈ります。首尾よく行きますように。 ('07/01/14 02:44:03)
- コントラ :
横槍
うーん、僕はこの作品は、十全な「世界性」のなかに置かれている気がするんですが。メタファーの使いかたもうまくいってるし。これを、「不幸な家族のお話」として読むんではなくて、想像上、あくまで、「作品」として読みこむことがまず合意されてないと。僕的には、葛西さんの「ほんとうは不幸じゃない」というのが、よくわかるんですよ。家族というのはパーソナルなもので、想像はどこまででもいけるものだから。
たとえば、こんな場面
>父が豆腐の入った皿を割
>り、脳みそのように飛び散る豆腐の残骸/
>私の向こう側の空間では、豆腐の残骸が家族た
>ちの足でさらに激しく踏み潰されている。
ここで、豆腐というメタファーがどんな風に使われているか。ここでは、家族というものについて、いわば神話化、みたいなプロセスが進行してると思いますね、ちょっと大げさかな。そして、「私の向こう側の空間」という言葉が開示する、一種の遊離した意識の状態。
さらに「傘」というありきたりな言葉をポンと置くだけではなく、
>穴があいてな
>くて、向こう側のはっきり見えるビニール傘に。
>(できれば、柄が錆びていないとうれしい。)
という精確な描写、そして、
>(やがてすべてを流しさっていくであろう雨)
十分「世界」はあるし、広がりもあるでしょう。
ケムリさんとダーザインさんの指摘が、少し不当なように思えたので。 ('07/01/14 03:37:43)
- ダーザイン :
>コントラさん
この作品は文章としても美品だが、コントラさんが9日のレスで引用した部分が唯一気に食わなかったんですよ、俺は。
下手な比喩を使わないで、それ以外の文章のように全部写実描写で通して欲しかったかなと。
世界が、所謂”世界系”とか女性が読むある種のライトノベルみたいに閉じた系じゃないかなと。
この作者は大変な筆力があるので、いずれは大人の文章を読みたいなと。
書けない人にはここまでくだくだ言いませんよ。
俺も似たような境遇、似たような業をもって、ずいぶん酷い回り道をしたから鬱陶しく感じてしまう。
痛いような優しさで、救えないものを救おうとしている姿は真に迫るものがあり素晴らしいと思うのだけれどもね。
自殺率が高い都市で酒でも飲んでいないとやっていられないと記されているのだけれども、その辺、暗鬱な都市の情景とか描かれていたならば、更に印象良くなるでしょう。工場群に雨が滴る様子とかね。 ('07/01/14 04:21:08)
- 評の評 :
こういうのをうまい、と言っていいとは、そんなに思っていないけれど、しいて言うなら、詩のうまさ、だけで書かれた詩にきこえてきます。
つまり、作者はかなり「わたし」に引き寄せ、あるいはそこから立ち上がるものを書いているように、読み手に差し出しているように見えますが、何の説得力もリアリティも感じられず、迫力がないです。上っ面だけは、上手に見え、そこに惑わされる人たちは(たいがいは詩の書き手たちでしょう)、この作品に感心しやすいと思いますが、このような形式で書く必然性がほとんどみあたらないというのが、作者が形に心を奪われすぎてることを明かしていると思われます。
だいたい、このようなことを書くのに、普通の散文ではいけなかった、という説得力が、すべての表現に宿ってません。
だから、技法が詩の表現と重なり合わず中途半端になっていると見えます。
たぶん、書かれた方は、自分自身で本当に正直になってみれば、わたしの言っていることがわかってもらえると思いますし、わたしがこのようにここで書くのは、そのことは、上のほうでレスした人たちには読めなかったかもしれないけれど、わたしのように読む人たちも実は少なくない、ということを知ることが、この人の必要とすることではないかと思ったからです。ちなみに、最近はそういう詩の書き手は多いと思います。望月遊馬さんなんかも、今のところ評価されているようですが、同じく、ほんとうに沸き立ってくる凄みがかけすぎていて、ただ小手先に頼っている、形に頼っているところが見えてならないひとりです。 ('07/01/14 13:58:44)
- 評の評 :
つけたし。
つづめて言えば、一人舞台でおどれてない、ってことですね。
踊れていれば、それはそれで、こちらに有無を言わさず迫ってくるものがあって、そういう詩の前では、世界性とか、そんなあほくさい文句などでてくるはずもありません。 ('07/01/14 14:02:12)
- みつとみ :
ちょっと時間があいたので、レスします。
素朴な印象でいうと、家族の間の世界みたいになってしまっているのと(それはそれでもいいのですが、作者としてはそれでよろしいのでしょうか)、どうしてこういう形式で書く必要があったのかということが気になりました。普通の改行詩や散文詩とはすこし違う形になっていますが。アクロバチック的な感じですが。内容と形式がピタリと合っているかどうか。(悪いとは言いませんが。また形式は自由でいいわけですし、なにかを実験してみてもまたいいのですが)
ちなみに「発狂」「孤独」「絶望」「虚像」など言葉を詩で直接的に書くと、説明的なようで、すこし微妙な気がしました。 ('07/01/14 15:13:25)
- コントラ :
、評の評さん、これは嫌味でもなんでもなく真摯に聞きたいのですが、あなたが指摘する「一人で踊りきっている作品、つまり世界性の提示などはるかに凌駕する」もしくは、「形式と内容が溶け合っていて、なんら疑問を生じさせない」作品の例を、あげていただけませんか?ご自作でも、他作でも。表層的だの、小手先だの、なんだで、切り捨てられた以上、こっちとしては、怒りようも謝りようもありませんから。 ('07/01/14 17:11:31)
- コントラ :
付け加えて言えば、評の評さんのおっしゃることは、至極、妥当だと思うんですよ。なるほど、一人で踊りきれていれば、「世界性」なんざ凌駕するという見方には、かなり同意できますし。僕も、おそらくは、小手先で書いている一人だ、と言われたら、そうかもなとしか、いえません。
一方で、非常に権威をかさに着た物言いというか、そんなあなたに対して、
僕は、「王様は裸だ」と言う必要があるかもしれません。まあネットの匿名性がここではひっかかってくるんですが、だからこそ、あなたの「理想」とする作品を見たいし、自分なりに検討してみたい、と思いますね。 ('07/01/14 17:22:44)
- 望月遊馬 :
この作品は、純粋なところが美しいと思います。自分の気持ちを素直にかたっているところや、素敵な人柄がよくわかる作品だと思います。その点では、それから、本人からこういう形式を利用する必然性についても確認済みです。こうしなければならないからこうしたのだと、先日葛西さんはおっしゃっていました。私はこの詩が好きです。 ('07/01/14 17:42:38)
- 望月遊馬 :
評の評さんへ
私のことが言及されていたので、少しだけ申しますと、人のことはいざしらず、私については、本当に評の評さんのおっしゃるとおりです。「小手先」だけで書かれている、それは私がずいぶん前から自覚して悩んでいたことのひとつでした。だから、自分でも自分自身の詩に「感動」しない。だからそんな素晴らしい詩が書きたい、それが私の憧れであって目標です。でも、私はあきらめません。評の評さんがおっしゃるような心に訴えかける詩を目指して、すべてをかけて精進してまいります。いずれ、かならず書いて見せます。私はそのためにはどんな努力も惜しみません。そのことだけはお約束いたします。 ('07/01/14 17:45:27)
- 平川綾真智 :
こんにちは。
まず、作品は力強いですね。
反響がこれだけあるだけでも印象深かったです。
それにしても、過去作品と比べて飛躍しましたね。
これからもどんどん飛躍を見ていきたいです。
コントラさん、望月遊馬さん、
お二人のどんどん成長スピード著しい作品を小手先と言われてしまうと、負けないぞコノヤロー、と何人もが叫ぶと思いますし、私は絶対頑張ってやる、と決心してしまいました。
お二人とも成長が素晴らしいし、結果が今は付いて来ていると思いますし、葛西さんを含めて上昇志向があるのはとても良いことだと思いました。
今後の詩を私も高めようと思いました。
きちんとその作品での名前で発表したいので、その時は是非ガンガンに仰ってください。
ちなみに、私は全員に迫る一遍の詩が書けたら詩を書かなくなる気がしています。
そんなことを考えました。
上れるから詩は楽しいのかな、と考えたりします。
http://bungoku.jp/fbbs/viewtopic.php?t=227&start=15
に、評の評さんもし意見があれば書き込んでくだされば幸いです。
以上です。
失礼します。 ('07/01/14 18:13:26)
- ケムリ :
「一人で踊りきっている作品」例として、こんなん挙げときます。詩じゃないですけれど。http://www.youtube.com/watch?v=qG74eVb6V10
↑この人、マイケル・アンジェロさんって言って、多分世界でもトップクラスにギターが巧いんですけれど。この曲が「迫って」来ますかね?ぼく的には「凄いな、巧いな、勉強になるな、以上」なんですが。しかし、彼は「自分を表現する」ことを「踊り切って」ますよね。とんでもなく技巧的に。そういうわけで、その辺をぼくは「世界性」と表現したんですが、言葉が悪かったかな。勿論、葛西さんの作品がここまで変態的な領域に行ってしまってると言うわけではないし、技巧的であることを悪しきとしているわけでもありませんけれど。なんと言えばいいのかな。歌って届けることを目指しているのではなく、歌う自分を見せることを徹底するような、そんな印象をぼくは受けるんですよ。んで、葛西さんの書き方がヘタとは思わないし、極論すれば「説得力が表現に宿る」なんて必然性もないんじゃないですかね。ぼくの言いたいことは、割とシンプルです。『上手だと思うけど、ちょっとノれないな」って感じで。(大分ニュアンスの削ぎ落としもありますけど) ('07/01/14 18:53:41)
- 湖衣 :
葛西さん、みなさん、はじめまして。
こちら、初投稿です。
一読した感想は、とても流れがいいし、字間の密度が濃くてするするイメージが紡がれていて、爽快な印象を持ちました。ただ、「私」や「弟」「家族」といった”縦糸”は太く濃いものなのだけれど、それをバックで支える”横糸”に乏しい感じがしました。作品にさらに深みを与える、家族の物語以外の要素が盛り込まれるといいかなと。あと、( )の説明はないほうがイメージが止まらないし、わかりずらいところもあったのと、「〜だった」と「〜です」が混在しているのが引っかかりました。
全体的にはとても好きな作品です。次作が楽しみです。 ('07/01/14 19:15:55 *1)
- 濃霧 :
初めまして、濃霧と申します。
私も、初投稿です。
家族の遠さ、孤独感など、そういったものが雨の陰鬱さで丁寧に表現されていると思いました。また、こういったスタイルも私は表現方法の一つだと思っているので、そういう意味でも、印象に残る作品だと思います。
問いかけや、具体的なものが所々に出てきて、それがフィルターのかかった映像が急に鮮烈さを帯びる(遠いところから近づくような)イメージを受けました。
私も、この詩がとても好きです。
それでは、失礼します。 ('07/01/14 22:01:22)
- ミドリ :
こんにちは、葛西さん。
無茶苦茶にコメントがついてるので、返信を返すのだけでも大変だろうな、なんて思うんですが。
ですので、シンプルに感想だけ。ぼくが読んだ葛西さんの作品の中では、これが一番好きです。
もう一つ言うと、まだ若いので、ぼくらなんかよりずっと柔軟な感性が、秘められた宝物のような純粋さが、この作品にはギュッと込められている思います。
どんどん、色んなことにチャレンジしてって欲しいって感じですね。 ('07/01/14 22:55:23)
- 葛西佑也 :
みなさん、こんばんは。こんなにコメントしていただき嬉しく思っています。センター試験が近く、あまり時間を取れないので、一気にお返事することができません。
☆ダーザインさん
最近、自分に足りないものを少しだけ考えるようになって来ました。そんな時に、ダーザインさんに指摘していただいたのは大きなプラスになるような気がします。どんな意見も、なるべく柔軟に受け入れて、これからも精進していきたいと思います。受験が終ったら、また、極道に戻ってきます。なんだかんだいいながら、文学極道、嫌いじゃないです。
★評の評さん
言いたいことはなんとなく分かるのですが、ぼくにとってはこの形がこの詩が必然でした。常にそういう風に書いています。ですが、ぼくがどう思ったところで読者に、そのように思われたということは、ぼくの筆力不足としか言えないと思いますので、そこは精進していきたいと思います。ただ、詩の上手さで書かれた・・・だとかは、ちょっと納得しかねるのです。上手いと思ったこともないですし、上手いといわれれば驚いてばかりです。ぼくは、自分の感情とか身の回りのことをそのまま垂れ流すことしかできない段階なのです。もっともっと、変らなければならないと思っています。 ('07/01/15 00:01:44)
- 葛西佑也 :
★みつとみさん
なるほど、説明的ですか。次回作からは、意識してみようと思います。説明的というのは、初めて言われたので、驚きました。新しい発見です。時間はかかるかもしれませんが、みつとみさんのご指摘してくださったことを、プラスにした詩がかけるようがんばります。
みなさん、コメントありがとうございます。まだまだお返事しなければならないのですが、今日はここまでで許してください。お返事の続きは必ず後日させていただきます。 ('07/01/15 00:04:52)
- 葛西佑也 :
☆コントラさん
ぼくへのコメントではなく、評の評さんへのコメントのようですが、少しだけ思ったことがあるのでお返事します。ぼくは、難しいことは分かりません。でも、コントラさんは素晴らしい書き手であり、素晴らしい読み手だと思います。コントラさんのような方がいらっしゃるので、ぼくは文学極道に来ることを止められないのかもしれません。どうぞ、これからも宜しくお願いします。
★望月遊馬さん
ありがとうございます。まさか、望月さんまでもがここに現れるとは思っていませんでした。いつもかげながら見ていてくれるのですね。嬉しく思います。お互い落ち着いたら、またゆっくり語り合いましょう。できれば、詩以外のことがいいですね。(笑) ありがとうございました。
☆平川綾真智さん
いつもいつも、ありがとうございます。上昇志向、絶対に忘れずに持ち続けていたいと思います。まだまだ納得できる領域には達していませんし、もしも納得してしまったらぼくも詩をかかなくなるんだと思います。これからも、宜しくお願いします。 ('07/01/15 10:27:01)
- 葛西佑也 :
★ケムリさん
ギタリスト観ました。ぼくも楽器(ギターではないです)をやるのですが、確かに周りで同じ楽器をやっている人間でも上手いなと思う人、響いてくるなと言う人は違いますね。ケムリさんの言う、世界性が、やっと分かってきました。まだ、はっきりとつかめたという感じではないのですが、ゆっくりゆっくり近づいていきたいと思います。ありがとうございました。
もう時間がなくなってしまいました。いつもいつも、先延ばし先延ばしですいません。続きはまた後日。 ('07/01/15 10:51:59)
- 評の評 :
葛西さんへ
そうですね、うまいだけで書かれているなどとは思いませんが、「そう聞こえてくる部分が大きい」ということですね。それは意識しているとしていないとに関わらず、若いといわれている葛西さんが(いくつか知らないのですが、それに年齢なんてほとんど関係ないですしね)すでにしみこんでしまっている(とおもえるのですが)詩の技法にかなり寄りかかっているように読めたのです。このことは、すごく気づきにくいことかもしれません。
で、それに即して言うなら、この詩の書き方、段落の落とし方や、スラッシュや、記号の用い方、擬音の使い方とか、言い回し方、そういうものは、あきらかに最果さんの影響を受けているように見えますがどうでしょうか。
影響を受けるというのはぜんぜん問題ないと思います。けれども、それを消化し切れていないうち、つまり、そのように書いたすべてが本当に必然として、影響を受けながらも影響とは関係ないところから出てきたところまでおりてそれが出てきたのだ、というふうでないと、やはり説得力や迫力に欠けるものなのです。どこかで塗り固められ、「つくられた」もの、と読めてしまうのです。
コントラさん、
そういう意味では最果さんのいくつかの作品は、踊りきっているのに近いものがあると思いますよ。彼女の「わたし」、あるいは、他の存在、そういうものは、どこかしら、この作品に比べたら、より強く立ち上がってくるように読めるのではないでしょうか。
ただ、それが理想とは言いませんけども。まだまだ足りないものが多いとは思うし、それがかえって魅力になりえる段階に彼女はいると思います。そして、うまさ、で書いている一人だとも思っていますが。それはそれでいいのだと思います。
必然性を探して書けば、すべてだめにしてしまうけれど、かかれるべくしてかかれたものは、その形式、すべてをひっくるめて、そういうものが自然と出て「こざるをえなくて」、だから、「説得力が表現に宿る」わけではなく、ある種の迫力がそこにあるというふうになっているのは、ある意味当たり前のことなんです。
そのことを、「つくる」という意識が勝ちすぎな人たちはもう少し考えてみたらどうでしょうか。きっと自分でだめにしちゃっている部分が多いと思います。
また、葛西さん、
だから、わたしの思うところは、垂れ流しの段階というのならば、もっと自分のかたちでというか、あまりそういうのを意識しないところで垂れ流してみればいいのではないか、ということでしょう。そうすれば、あらゆる影響を受けながらも、それを本当に自分のものとして出していけると思うのです。
望月さんは、
どこまで本気でご自身への思いをおっしゃったのかわからないですけど、かなり意識的だと思っています。そして、そこらへんに望月さんの魅力があるように思っています。真摯に目をそむけずに行けば、いわゆる「現代詩」というものの悪しき影響から離れた詩が生まれてくるようにも思います。ちなみに、望月さんの中では、白いオウム?(たしかそんなの)の詩が好きですね。うまい、と思ったと同時に、やはり、ふるわされました。
ケムリさんへ
一人で踊りきるときというのは、誤解を恐れずに言うなら、その人が世界になっているということです。ただうまさだけ、技巧だけでなっているものについて言ったつもりはありません。むしろ、超技巧がでてこざるをえなかった原因がどこかに存在していて、それによって、うまさが、すでにどこかでは超越されている、そういうことを言いたかったのです。
音楽で言うなら、カルロス・クライバーは、そのような人です。めちゃくちゃに突き詰めていくけれども、それが実は開かれている、という状態。ものすごく技巧を要求しながら、それが出てくるときにはそのようなことが振り返られない状態。いろんな意味で必然ですよ、演奏されるまでの、そして演奏のすべてが。もう、きっと彼は主観とか客観とか考えてません。というか、やはりそういう言葉に直すなら、どこまでも主観、自分だけの感性を信じきって突っ切った、ということでしょうか。そんなんですねー
しかし、あなたの出してくれた例は、この時代にあれじゃ、あんまりなんじゃないでしょーかー??あんなん、すごいとも勉強になるとも、思えません。個人的には。ケムリさんが、かなり年行った方なら、ちょっとだけ暴言かもしれないです。ごめんなさい。
あと平川さん
チラッと見て見ましたが、意見というのは、何番目に対しての意見でしょうか?どういう意味でわたしに言われたのかちょっとよくわかりませんでした。 ('07/01/15 22:03:42)
- 評の評 :
あ、望月さん
約束はしっかり聞きました。がんばってくださいね!!必ず書けると思っています。 ('07/01/15 22:11:37)
- 葛西佑也 :
☆湖衣さん
はじめまして、コメントありがとうございます。ご指摘いただいた部分を参考に、次回作へ生かせていければいいと思っています。どれもこれも、自分の中ではこれしかない!と思っていたことだったのですが、それが伝わらないと言うのはぼくの力不足以外のなにものでもありませんね。これから、もっともっとがんばります。
★濃霧さん
はじめまして、ありがとうございます。やはり好意的な意見を言っていただけるのは素直に嬉しいものです。批評していただく喜びとはまた違った喜びがありますね。そういう意味で、本当に感謝しています。ありがとうございました。また、機会があれば宜しくお願いします。 ('07/01/16 12:06:36)
- 葛西佑也 :
☆ミドリさん
こんにちは。ミドリさんから、そのように言って頂けて、とても嬉しく思います。四月ごろ、また、文学極道に戻ってくると思うので、その時はまたよろしくお願いします。ありがとうございました。
★評の評さん
再びありがとうございます。ぼくにそのような意識がなくても、「つくられた」ものと感じさせてしまうと言うのは、やはりぼくの未熟さですね。最果タヒさんの影響が見てとれるというのも、同じですね。確かに、最果さんは好きな詩人なのですが、自分の詩が影響を受けているとは思いもよらぬ意見で、これから考えねばならないと思いました。評の評さんからのコメントも、やはり、ぼくにとってはとても有益なものでした。いつかは、本当に人をひきつけることの出来る詩、琴線に触れるような詩を書けるようになりたい。そのために、がんばりたいと思います。ありがとうございました。 ('07/01/16 22:21:57)
- 相田 九龍 :
葛西さんの作品で一番心に刺さりました。
む、む、むっほん・・・・・
・・・・投稿なんかじゃなく勉強しやがれ!!(挨拶代わりの罵倒) ('07/01/19 02:12:54)
- 葛西佑也 :
☆相田さん
あ、こんばんは。たまたま寝る前に覗いたら・・・
もう、ひと段落着いたと思っていたのに。(笑
コメントありがとうございました。勉強頑張ります。 ('07/01/19 02:54:06)