ぺぶはベッドで絵を描いている、する事がないものだから、私はじゃがりこを噛んでいる。カリカリと前歯で噛むかグシャリと奥歯で噛むか、そのどちらが美味しいのかを考えている、ふりをする。ぺぶは今日はお休みなの、うん、だから絵を描いているの、そうだよ、人や犬を黒く描くと心配してもらえるんだ。ぺぶの色鉛筆には黒がない。もらった学校用の鉛筆でガリガリと塗りつぶしている。私はじゃがりこを、ぺぶは人をガリガリガリガリって。同じ事だね、そうなの?透けるような瞳でぺぶが問いかける。うんそうだよ。傷があったでしょう、薬は塗ったの?ぺぶはやさしい、髪の毛の匂いは香ばしくてドキドキするんだ。うん、血が出てたけどもう大丈夫。入れるなっていったのに、入れる馬鹿がいてさ、生理のふりをしてズル休みができたら最高だね。でもオモニは敏感だから、バレちゃうね。ばれたら大変だよ。ぺぶはいいの?私は休みだもん。一緒に休むためだから許して、ってオモニににいえる?言えないね。笑って、あれ、なんの話をしていたっけ。
ぬるまっこい空気が淀んでいるようで、心地よい。ぷっくり鼻に汗の水玉を浮かべて、ペロリと舐めてくれるぺぶはやっぱり優しい。無心に絵を描いて、それが終わる前に私はじゃがりこを食べ終わって、うーうー唸って退屈を表現する。あなたは役者ね、つい騙されちゃうわ。この国はとても冷たい。外気に触れるまでは私たちの汗はわたしたちの汗として交わって、とても入り込めない匂いの檻を作る。逃げられないのにどうして檻を作るんだろう。私はぺぶがすき。だからぺぶを逃さないようにそうするのだ。
イルボンがね、うん。ブログ見たってやってくるの。ぺぶはわたしよりもずいぶん大きな乳をしているから喜ばれるね。三人でするのが好きってイルボン、変だよね。ふふ、ハジもそのうち大きくなるよ、大きくてもねぇ。女は昔っからこうだったから。そうなの?ぺぶは時折無口になる。わたしたちの乳はけして子供を育てるためには使われない。ぺぶは犬がすきなの?急にどうしたの、この絵、犬だけが空色で、とても不思議な気がするんだ。そう。犬は空を飛べないよ、ふふふ、しってるよ、そんな事。だから犬にお空を描いたの?ぺぶは悲しそうに微笑んで、そうしてじゃがりこがない事に気づいて私をペチンと叩いた。
じゃあね、ぺぶ、行ってくる。はちみつ色の時間は誰かの意思で別の何か濁った色に塗りつぶされる。ぺぶ、どこにもいかないよね、あたりまえじゃない、そうか、でも、どっかいっちゃいそうだったんだ、ばかね、どこにも、いけないのよ、そうね、そうだ、知っている知っているけれど、ぺぶの髪はどこまでも黒くて、つやつやでこうばしい匂いがするんだもの。だから、どこにもいかないで、泣きそうな顔で言ってたのかな、ぺぶは笑って手を振っていた。
コートを巻きつけて外に出る、寒い。下の毛はちょっとだけ残してあとはきれいなもんだ、オモニはいつも通りの顔でぶれることなく10番、っていう。仏頂面選手権があったらきっとこの国では一番だ。さてさて、手首に10番をさげたのが私の飼い主、ぺぶの描いた空色の犬が私の心におしっこをひっかける。ひゃあ、寒い。けど、クリームを鎧代わりに塗りつけて、鳥肌を隠して私はエレベーターに乗り込んだ。一から十まで、それこそ何百と何千と同じ事を繰り返して、私の乳首に這うこのくちびるがぺぶのものだったらね。空色の犬は、飛びもしないしでも窓みたいだった、犬の姿で犯されながら、私は窓を開ける。ぺぶ、そこには緑色の草原があって、そこには犬と同じ空色の屋根をした小屋があって、狭いけれどふたりで住むには丁度いいね、ほら、オンドルもあるから凍えなくていい。小屋の後ろには水車もついていて小麦を引くのにも問題はない。オランダみたいだね、ばか、オランダは風車だよ、そうか、風の気持ちいいこの部屋できょうからふたりっきりなんだね、美味しいパンを焼こうよ、あらじゃがりこは焼けないよ、あんなイルボンの食べ物は食べなくてもいいから。抱きしめる、ぺぶはかわらずあったかくて柔らかくて素敵だ、今日から二人っきりだね、ぺぶは微笑んで、ベッドは別にしようねって言ってくる、やだよ、寂しいじゃない、私を捕まえられたら、一緒に寝てあげる、ぺぶの足は早い、でも、なんとか捕まえて、懐かしい、匂いのする、草原に、二人して、倒れこむ、もう、離さないから、ぺぶが、私を、くすぐる、なに、するのよ、えっち、なんてはしゃいで、そうしてオモニから電話が来る。うん、問題ない。終わった。
チムジルバンのふたりの部屋にぺぶはいなかった。部屋にはぺぶの描いた絵と食べ終わったじゃがりこのカップが転がっている。この国はとても寒い。絵は空色の犬だけが綺麗に切り取られていて、それを見た私はもしかすると微笑んでいたのかもしれない
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20190114_162_11000p
- まじまっ :
本当はハングルで題名だったんですが、文字化けしてでないー、悲し。。。 ('19/01/14 00:12:04)
- 環希 帆乃未 :
まじまっさん、字が見え難い。私も言われたんだけど。読み辛いです。申し訳御座いません。色を見えやすくして頂けないでしょうか?ハングルだけじゃないよ。正記のラテン語もぼやけるですー。 ('19/01/14 00:34:22 *1)
- まじまっ :
ぬー。なんてわがままな姉様!姉様の文字と対照色にしてたのにっ!
ということで、行替えが反映されてなかったのと、文字の色を変えるので編集かんべんな! ('19/01/14 00:43:38)
- つきみ :
まじまっさん、妹よおおおおおおお。ありがとうございます\(・ω・)/Let"sにゃー!十回は読んでる。 ('19/01/14 00:45:05)
- つきみ :
�]端圓肋�館での指名で借金を返しているのかもしれない。その中で支えていたのが「ぺぶ」さん。クィアについては触れないでおきます。セクシャリティーは、犯罪レベルでないなら、自由で良いと思う。
��匂いの檻、「ぺぶ」さんに支えられている。話者を考えました。
��この国、チムジルバンという宿泊施設。娼館。「ぺぶ」さん。話者自身、全て檻ですね。
�と�笑んでいたのかもしれないで締め括られて、思い出という檻が話者にとって、どうなったのかを知りたくなる。締め方でした。
�イ擇屬気鵑�遊びに行ったのか、空色の犬を連れて何処へ行ったのか。とてもとても気になる終わり方。素敵な終わり方です。
�Δ匹鵑丙酩覆睿箸貿爾瓩諫�だから、檻々してました。
�Г泙犬泙辰気鵑亮_鷓遒眛匹澆燭い任后� ('19/01/14 01:13:31)
- つきみ :
>こばしい
もしかして、こうばしいなのか。わざとなのか。一応、書いときますね。 ('19/01/14 02:18:38)
- まじまっ :
うひゃ、うわあ。姉様きちんと読んでくれているね汗
推敲していないのバレバレだった。。。
ナオシマス、スミマセン。。。
も一回編集、申し訳ない。。。 ('19/01/14 07:34:10)
- つきみ :
まじまっさん\(・ω・)/Let"sにゃー!おはよう
編集推敲好きにして良いのよ\(・ω・)/Let"sにゃー!
ありがとうのほうが嬉しいです゜*。(*´Д`)。*°まじまっさん
私、推敲回数600越えの大変な時有ったよwww´ω`)ノ
今でも少ない方だけど、推敲回数だけはぶっちよ\(・ω・)/Let"sにゃー! ('19/01/14 07:47:00 *2)
- まじまっ :
ねえ、姉様。
あのね、私ね本当はきちんとして出したかったの。ちょっと急ぎ過ぎちゃったけど。
人様に読んでもらって、きちんとした感想や批評を頂きたいと思うなら、書く方もきちんと仕上げなきゃいけないと思うの。本当はね。
レストランで出された食事に塩味が全くなかったらがっかりするでしょう?
そして「ああ、忘れてました。味を直します」って言われたら、悲しい気持ちになるでしょう?
今回私はそのダメなレストランのコックになっちゃったのね。
姉様がどんな気持ちで詩を書いて、そしてここに投稿しているのか私は分からない。
でも読んでくれる人の事を考えたら、安易に編集して直せるものを投稿するべきじゃないって思うの。
やらかした私が言っても意味ないかも知れないけれど、ごめんね。
でも、指摘は嬉しかった。そこは素直に、ありがとうございました。 ('19/01/14 08:54:42)
- つきみ :
まじまっさん、妹は妹で良いじゃないのかなー。ふむふむ。いえいえー。私はね推敲して載せたのよ一応(一万八百字以上だった)私は修行の場=批評者=投稿者=養われる
人材に関わる全てに共通してるかな?育成とか開発とか、言いだしたらキリないからとまる。
んで、私は修行中なのね。レストランじゃ下っ端よ\(・ω・)/Let"sにゃー!
まだまだこれから学ばなくては:( ;˙꒳˙;):学び合えたら良いね!! ('19/01/14 10:17:21)
- まじまっ :
ふふふ、レストランの下っ端の作る料理はお客様に食べていただけないんです。
せいぜい友人や家族に振る舞うのが精一杯。
なので私は姉様のお料理(作品)を嗜む事はもうないでしょう。
なーんて、意地悪言ってみたりして。笑
学びは究極的に個人的なものです。一緒に学ぶという事は絶対に出来ませんが、これからもよろしくお願いします。 ('19/01/15 01:02:33 *2)
- つきみ :
そうなの。下っ端なの。でもね。でもね。
お願いだから推敲版だけはたべてええええええええ(笑)
まじまっさんからは学べる事多そうな私ですよ。
そうそう。行動原理が作用する事で、学ぶから。究極的に個人的なものだよね。
私はなんだろうね。できるけする。できるだけしかできない。
目分量誤って分量過多で崩壊しちゃう事多いけどね:( ;˙꒳˙;): ('19/01/15 01:28:51)
- つきみ :
あ、改めて。まじまっさん、宜しくお願い致します。フォーラムの雑談スレッド良かったら使ってお話しましょうー。作品の場だから、他の方からの、的確な批評来るといいね。私は修行中の身゜*。(*´Д`)。*° ('19/01/15 01:39:47)
- ゼンメツ :
「自由」という言葉から、いったいなにを連想するだろう。
詩人はやっぱなんか、気の利いたことを口にするのかもしれない。
そう考えると「空」って、捻りのない、とても安直な答えだと思う。
どこにだっていける僕たちになら
当たり前に手が届く、そんな気がしちゃう。
だけど、この詩に登場する女の子2人は、
そんな当たり前を切望している。
そういえば、
「どうして売春をしたらいけないの?」
という問いに、
「魂が傷付くからだ」
と答えたのはどこの誰だったっけ。
けっきょく自由意志でやってる子達は、
あまりピンときてない感じだったけど、
それを行わざるをえない子達は、
まさにそう感じているのかもしれない。
さて、第一連、
絵を描くぺぶに対して日本のお菓子 を口にする私(ハジ)は
現状を諦めて受け入れているように映る。
ちなみに作中のじゃがりこは、単純に
「ハジに触れられる範囲の、ハジにとっての『日本』」
と読んでもいいけど、
極端に「日本人客の男性器」としてみても、
途中途中のシーンでまた含みが見えてきて面白いかも。
あ、ぜんぜん関係ないんだけど、
じゃがりこよりじゃがビーのほうが美味しいよね。
ぺぶが描いている絵。
犬は彼女たちを表す象徴だ。
それは読み手だけが認識できるただの示唆ではなく、
彼女たち自身もそう自覚しているものだ。
ぺぶの塗った犬を見て自然に
「水色」ではなく「空色」と口にするハジは、
無自覚にぺぶと同じ自由を見ているんじゃないかなと思う。
ただ、誰がどれだけ想っていたとしてもけっきょく、
「小さな紙の中に収まっている」のだけれど。
そういう檻が彼女たちを囲っている。
すこし余談だけど、
檻は外から守るためのものでもある。
こういうモチーフで作品を書くことも、
ある意味、強固な檻で、読み手からその身を守っているとも言える。
構成自体もそんな感じで隙がなく、
そしてその隙のなさを隠すことなく主張している。
>はちみつ色の時間は誰かの意思で別の何か濁った色に塗りつぶされる。
三連目のここや、四連目の
答え合わせのようにイメージを再確認させていくところなどは特にそうだ
大分手堅いな、と単純に思ってもいいんだけど、
僕はこれもまた、作中の彼女たちの気持ちの切実さの現れだと受け取った。
読み手はどうしたって、
レトリック越しにその世界を覗くしかない。
彼女はぺぶ越しに自由を見ているから、
犬の姿が窓に見えたのかもしれない。
しかし窓から外へ出る人間はなかなかいない。
彼女は一人ではやっぱりどこへもいけないのだろう。
そして、第四連後半の、
逃避として展開する夢物語が性行のスパートのリズムに合わせて、
ブツブツと切られていくその様子も、
あまりにも具体的な現実によって自由が遮られている様を
一層際立たせている。
帰ってきた部屋で1人になったたき、彼女は何を想っただろう。
まずは無条件で不安に駆られると思う。
彼女だけが自分を置いてどこかへ行ってしまうかもしれないと
そんな不安はきっと理屈より先にやってくる。
そしてそこに置いてあるぺぶの絵。
意外な方法で、檻から解放された空色の犬。
これだって単純に良い方向にだけ受け止められたりはしないだろう。
彼女はぺぶを捕えておきたい。
しかし彼女は自分自身の作り出せる檻だけで
そうできると思うことができず、いつだってとても不安だ。
だから彼女は、現状という具体的に強固な檻が
それを担っていると思っている。
そうやって、自分を捕えているそもそもが、
その檻であるわけなんだけど。
>もしかすると微笑んでいたのかもしれない。
しかし第三連の対比として綴られたこの言葉は、
彼女も、読み手である僕も、
その姿を希望として受け止めたいと、
そう信じたい。
そう信じないとやっていけないかもしれない。
そんな切望を思わせた。
そういえば、僕が昔引きこもっていたころ、
文章の書き出しに、
自分からもっとも遠い言葉を置くことで、
創作の源泉としていたことを思い出した。
それは「せかい」という言葉で、僕にとっての「空」だった。
最近使わなくなったな、と思い。
このまえ意図的に作品に入れてみたのだけれど
そもそも僕は当時の感触を、あまり覚えていないのだった。
どうなんだろう。
はたして僕は、檻から抜け出せたのだろうか。 ('19/01/16 17:17:08)
- 紅茶猫 :
>チムジルバンのふたりの部屋にぺぶはいなかった。部屋にはぺぶの描いた絵と食べ終わったじゃがりこのカップが転がっている。この国はとても寒い。絵は空色の犬だけが綺麗に切り取られていて、それを見た私はもしかすると微笑んでいたのかもしれない
ぺぶはハジが頭の中で作り出した非実在の存在なのかな。
まあ詩の中の話者は全て作者の作り出したものですが。
「空色の犬」は何かこの詩の鍵になっている言葉のように思いました。自由の象徴。
犬は従順な生き物であることを考えると、むしろ自由からは遠い存在なのですが。
「自由のようなもの」を常に持ち歩くことによって、過酷な環境をやり過ごしているハジ。
ぺぶが最終連パチンとシャボン玉のように消えてしまうのは何を示唆しているのだろう。
何かを、それは自由かもしれないものを、葬り去ることによって楽になったということ。
タイトルへとループしますね。
簡単に何がテーマとは言えない詩だと思いました。 ('19/01/16 23:12:19 *2)
- 玄こう :
サランハッセヨー
はじめてかな、はじめまして、ヨーロッパやアメリカの外来語は読んだり聞いたりしますけれども、ハングルの言葉は久しぶりでなんだか・・・。 韓流もK-POPもまるっきりダメですが、詩は一目置いています、。もっとあちらの近づきたいですが、なかなか機会がありません。あちらは詩に対する熱情が、けっこう、若いうちから強い。通学途中でも詩を読んでいる人らの姿がある、ようだとか、ほんとかどうかわかりませんが、(ある詩人さんからそんなことをお聞きしたことがありました)
初っぱなから余談でしたが、初読では、んーなんだかよくわからないなー、というのがありなかなか感想を送れませんでした。文に作者の愛情がなしかこもっている様子が感じとれて、なんとなく深読みしたくなりました。
登場する子どもや犬やオモニ(母)?、と語り手、が出てくる様子を想像して読みますが、入れ替わり立ち代わり入り組んでいて、誰が誰に向けての文言か、誰が誰に話し掛けているのか、という読みを推理することばかりに頭がいってしまいました。カッチリとしていない物語りの原形を読む。整理できていない文、読む側がそれをどんなふうに順序だてて、どんなふうに展開できるか、そんなふうに楽しみたい御作の文のように感じました。
それは散文のひとつの、難題であり課題ですね。散文と短編の瀬戸際のようにも思ったりします。
終わりの連を読み、もう、自分なりに続きを紡いでみたくなる、または、この作を自分なりにもう少し違ったストーリーで読み(書き)直したくなる。くらいに、まぁ、なかなかそこまで読み手が乗れるか?、ですね。インスピレーションを与えられるか?、ですね。 ('19/01/17 21:10:28)
- 環希 帆乃未 :
売られた子は、娼館の女主を、オモニって呼ぶって知らないのかな。あ、元、つきみです。 ('19/01/18 00:34:38 *2)
- 玄こう :
環希 帆乃未さんへ、
ご教示くださりありがとうございました。言葉の隠語として歴史的に派生したニュアンスとして、そうした意味合いが生じていることは知りませんでした。
隠微にストーリーにそういうニュアンスが滲みでているにせよ、ストーリーの主たる背景であるにせよ、あまりそういう読みには限定したくはないですね。
オモニは確かに人称を超えたもっと深いニュアンスがある、確かにあるのは、和訳でもなんとなく感じはます。ですがわたしにとっては生活においてはやはり『外来語』であり、この言葉の深さはその言葉を使って生き暮らす人の言葉であってこそ、「詩」でしょうね。
わたしはそう、考えます。
わたしのオモニという言葉の、経験は本当に一度だけですが、以下のような出来事でした。
日本に在住されているある韓国の二世の方ですがいいパフォーマンスを見せてくれました。ある部屋で皆の前であちらの母語であちらの民謡を朗々と歌い、何かハングルで手紙のようなものを書き、蝋燭を付け、床に立てかけ、そして母の遺影をその床立てかけて、歌い終え書き終えた彼は頭を床につけ、拳を叩きながらその言葉を絶叫する。というパフォーマンスを見たことがありました。 これは至極個人的なわたしにとっての『オモニ』という言葉の体験でしたね。
やはり韓国の詩でもたくさんこの言葉はヨマレルと思いますが、この言葉はちょっと人称の語を超えたもっと深いもの、その人個人の生きているなかで深く根差す、あらゆる生活経験をも含ませてしまうものを持っている気がしますね。それはわからないが、
韓国の詩はなんともいえない温情があります。韓国の詩をこれから、もっと、読みたくなりました。
ご教示いただきありがとうございました。 ('19/01/18 03:34:47)
- 環希 帆乃未 :
玄こうさん、こんばんは?おはようございます?あ、おかえりなさい゜*。(*´Д`)。*°読み方は捉え方は色々ですね。オモニって言葉だけで判断できないですよね。私は日本の詩をもっと読みたいです。新約聖書も読まなければ。ご教示だなんて。逆に玄こうさんの言葉の方が勉強になりますね。勝手に勉強しちゃってすみません(;´・ω・)色々、ありがとうございます。 ('19/01/18 04:34:12)
- グリフィス :
見て直ぐに筆力の高さを感じる作品
読んでみると読みにくくて第一印象よりも下がる
正当な評価はもう何作品か読んでからになりそう ('19/01/18 12:05:34)
- まじまっ :
ゼンメツさま
>はたして僕は、檻から抜け出せたのだろうか。
こういった感想を持っていただけるというのは、作者にとって一番の財産です。感謝いたします。
いやー、すごい。私の作品を読んで頂き、さらに良質なエッセーをご寄稿頂くなんて。
保存します。一生の宝にします。
一瞬、詩手帖の紹介文を読んでいる気分になりました。ゼンメツさま、すごい才能をお持ちなんですね。
今後のご活躍を期待申し上げております。
構造的な修辞、時間経過を表現する修辞、イメージの再確認(固着化)などをを読み取って下さった上でさらに展開してご自身の念を入れられる。ゼンメツさまの返信を拝読して、私も頑張らなきゃな、って思いました。むしろ結婚してください。
さて、ゼンメツさまにも、ひとつ謎かけ。人称に関する仕掛けには気づいて頂けたでしょうか?
まあ、詩はパズルではないので、読んで頂いたものが全てなのですが。
私もゼンメツさまの書いたものが読みたいな。ぜひ、感想返しっ!させて下さいね!
ありがとうございました! ('19/01/24 13:35:27)
- 泥棒 :
>ふりをする。
全体的に
悲しいふり
楽しいふり
様々なふりをしつつ
嘘や創作が実存してくるような
すごい作品。
檻の中で漂流する不思議。
孤独な傑作。 ('19/01/24 14:56:52)
- まじまっ :
紅茶猫さんへ
本作を「自由」という観点から読み、
>自由かもしれないものを、葬り去ることによって楽になったということ
と結論づけていただきまして、ありがとうございます!
ゼンメツさんもそうですが「檻」の反語として自由を導き出し、登場人物の関係性からそう読んでいただけたことは、作者冥利につきます。
紅茶猫さんの詩法に倣えば、「檻」に捕らえられたものは逆に世界を檻に捕らえられた存在として見ることが可能です。自由とは不自由でない状態であるのならば、不自由が無ければまた自由も存在し得ない。自由という概念を破壊する為には不自由という概念の消去が必要である。そうして生きていく事が、もしかすると現代社会には必要なのかもしれませんね。
タイトルへの回帰を含め、とても大切な部分への言及をありがとうございました。
また紅茶猫さんの作品にもお邪魔しますね!にゃー! ('19/01/25 01:40:44)
- まじまっ :
玄こうさん
アンニョンハセヨ!
サランハッセヨー、って、愛してください、かな?愛してください、だったら、サランヘジュセヨの方がよく使う気がします。サランハセヨ、ってあんまり聞いた事ない。。。
はじめましてなのに、積極的な方なんですね照
韓国の若い人たちも日本と一緒で通学や通勤途中は漫画や小説を読みます。詩は限られた人たちくらいかな。日本の漫画もよく読みます!日本のお菓子もよく食べます!ゼンメツさんが書いてたじゃがビーもありますが、じゃがりこの方がよくみるかも。もちろんロッテ製品は山ほどあります笑 スーパーの前とかに安売りで積んである。チョコパイが好きです!(断言
可読性の問題として、散文詩が詩として存在する価値についてのお話だと、ご返信を読んでいて考えました。作者としては鉤括弧を使わない会話の形式には意味を持たせてはいるのですが、「整理できていない文」と捉えられてしまうのも仕方のない事なのかもしれません。対象がなんなのか、それを曖昧にする手法自体がテーマ性を持っていて、それを詩的な作法として提示しました。おっしゃる通り、「難題であり課題」ですね。可読性と散種の相克にまだ悩んでいます。いって仕舞えば欲があり、それは自意識とも言え、今後の課題とさせていただきます。
環希さんが、知ったような書き調でオモニの読解を押し付けておりましたが、玄こうさんの好きなようにお読みいただければと、私は思っています。
韓国語だけでなく、日本語も当然素晴らしいと考えています。母国語はあたたかいものです。概念的には。
お読みいただきまして、ありがとうございました。 ('19/01/26 23:38:09)