◇ No.621 , '19/02/18 01:06:49 作成

11009 : 詩(文学極道宛て)  舟鷹 '19/01/17 06:51:45

私の体が

何か沈痛な、光るものに

きらり きらりと

濡れてゆくあいだ

ほら 大空で

鳥は ゆっくり翔けてくよ

ふわり ふわりと

消えてった


そして私は、冬色の部屋にもがいて

疲れた光に、手を伸ばしてゆくように、ほら

滅んでない、私はきっと途中だ

どこへともなく 翔けてゆくのだ

もっと沈痛な 光のほうへ

優しい 光のほうへ

あの鳥のように、そう


鳥のように……。

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10991 : 詩 第一  舟鷹 '19/01/09 20:29:03

愛する人よ、君を呼ぶ。

無我なる夕刻より。

海より深き涙より。

黒い浅瀬を横目に、1万年を佇む渚より。

宵、人々は窓を閉める。

火と燃えた記憶を、思い出さぬように。

波打ち際に君を待つ。

熱い夏の終わりを、微睡みの中へ葬るように。

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11023 : ありふれた邪神  響真 '19/01/25 22:32:14  [Mail]

周囲に暴力をばら撒き,自身も傷つく
おろそしい怪物の一番の被害者は君だ
怪物に操られ,毒をまき散らしながら見境もなく怒り狂う
すべてがぼろぼろに壊れていく

そして怪物が去ったあとには君の途方に暮れた無表情が残る

怪物がいない日常に漂う柔らかな優しさ
怪物がいないときの味わう果実の甘さ
それらはなおさらに怪物の恐ろしさを際立たせる

邪を寄せ付けない護符,魔を払う呪文
そんなもの,あの怪物の前には何の役にも立たない

怪物に蹂躙され,涙を流す君を見て思う
どうして僕はこんなにも無力なのか
神話の英雄のように怪物から君を救うことはできないのか

おろそしい怪物の一番の被害者は君,なのか?
疑問はやがて確信に変わる

君は被害者ではない
君こそが怪物なのだ

怪物が去ったあとの悲しみをふくんだ優しげな表情こそが詐術

僕は見た
怒りの炎に全身を焼き爛れさせながら,暴力をすする姿を
濁った眼は魔に毒されているのではない
暴の陶酔に浸りながら虐のまどろみを貪っているのだ

毒に蝕まれる僕のとなりで
軽やかに歩くことができるのは,この毒こそが君の霊体だからだ

君こそが魔 君こそが怪物
君は魔への贄ではない
祓われることもなく,古代から人の世に潜み続けるありふれた邪神

護符だと?
呪文だと?
思えば神たるものに陳腐なまじないなど力およぶはずもない

ならば,邪とはいえ神である君に僕は祭礼をもって応えよう

僕は
神の来訪に感謝し
歌舞をもって歓待し
心からの祈りを捧げ
たくさんの犠牲を供えた
あとは神送りをするだけだ

さあ神よ,毒が練り込められた甘い果実をもたらした神よ
私は十分に蝕まれました
あなたの神威は明らかにされたのです

疾く立ち去り,決して再び我が地を踏むことなかれ
そして,さようなら,僕の恋人

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11000 : 檻  まじまっ '19/01/14 00:07:06 *4




ぺぶはベッドで絵を描いている、する事がないものだから、私はじゃがりこを噛んでいる。カリカリと前歯で噛むかグシャリと奥歯で噛むか、そのどちらが美味しいのかを考えている、ふりをする。ぺぶは今日はお休みなの、うん、だから絵を描いているの、そうだよ、人や犬を黒く描くと心配してもらえるんだ。ぺぶの色鉛筆には黒がない。もらった学校用の鉛筆でガリガリと塗りつぶしている。私はじゃがりこを、ぺぶは人をガリガリガリガリって。同じ事だね、そうなの?透けるような瞳でぺぶが問いかける。うんそうだよ。傷があったでしょう、薬は塗ったの?ぺぶはやさしい、髪の毛の匂いは香ばしくてドキドキするんだ。うん、血が出てたけどもう大丈夫。入れるなっていったのに、入れる馬鹿がいてさ、生理のふりをしてズル休みができたら最高だね。でもオモニは敏感だから、バレちゃうね。ばれたら大変だよ。ぺぶはいいの?私は休みだもん。一緒に休むためだから許して、ってオモニににいえる?言えないね。笑って、あれ、なんの話をしていたっけ。


ぬるまっこい空気が淀んでいるようで、心地よい。ぷっくり鼻に汗の水玉を浮かべて、ペロリと舐めてくれるぺぶはやっぱり優しい。無心に絵を描いて、それが終わる前に私はじゃがりこを食べ終わって、うーうー唸って退屈を表現する。あなたは役者ね、つい騙されちゃうわ。この国はとても冷たい。外気に触れるまでは私たちの汗はわたしたちの汗として交わって、とても入り込めない匂いの檻を作る。逃げられないのにどうして檻を作るんだろう。私はぺぶがすき。だからぺぶを逃さないようにそうするのだ。
イルボンがね、うん。ブログ見たってやってくるの。ぺぶはわたしよりもずいぶん大きな乳をしているから喜ばれるね。三人でするのが好きってイルボン、変だよね。ふふ、ハジもそのうち大きくなるよ、大きくてもねぇ。女は昔っからこうだったから。そうなの?ぺぶは時折無口になる。わたしたちの乳はけして子供を育てるためには使われない。ぺぶは犬がすきなの?急にどうしたの、この絵、犬だけが空色で、とても不思議な気がするんだ。そう。犬は空を飛べないよ、ふふふ、しってるよ、そんな事。だから犬にお空を描いたの?ぺぶは悲しそうに微笑んで、そうしてじゃがりこがない事に気づいて私をペチンと叩いた。


じゃあね、ぺぶ、行ってくる。はちみつ色の時間は誰かの意思で別の何か濁った色に塗りつぶされる。ぺぶ、どこにもいかないよね、あたりまえじゃない、そうか、でも、どっかいっちゃいそうだったんだ、ばかね、どこにも、いけないのよ、そうね、そうだ、知っている知っているけれど、ぺぶの髪はどこまでも黒くて、つやつやでこうばしい匂いがするんだもの。だから、どこにもいかないで、泣きそうな顔で言ってたのかな、ぺぶは笑って手を振っていた。


コートを巻きつけて外に出る、寒い。下の毛はちょっとだけ残してあとはきれいなもんだ、オモニはいつも通りの顔でぶれることなく10番、っていう。仏頂面選手権があったらきっとこの国では一番だ。さてさて、手首に10番をさげたのが私の飼い主、ぺぶの描いた空色の犬が私の心におしっこをひっかける。ひゃあ、寒い。けど、クリームを鎧代わりに塗りつけて、鳥肌を隠して私はエレベーターに乗り込んだ。一から十まで、それこそ何百と何千と同じ事を繰り返して、私の乳首に這うこのくちびるがぺぶのものだったらね。空色の犬は、飛びもしないしでも窓みたいだった、犬の姿で犯されながら、私は窓を開ける。ぺぶ、そこには緑色の草原があって、そこには犬と同じ空色の屋根をした小屋があって、狭いけれどふたりで住むには丁度いいね、ほら、オンドルもあるから凍えなくていい。小屋の後ろには水車もついていて小麦を引くのにも問題はない。オランダみたいだね、ばか、オランダは風車だよ、そうか、風の気持ちいいこの部屋できょうからふたりっきりなんだね、美味しいパンを焼こうよ、あらじゃがりこは焼けないよ、あんなイルボンの食べ物は食べなくてもいいから。抱きしめる、ぺぶはかわらずあったかくて柔らかくて素敵だ、今日から二人っきりだね、ぺぶは微笑んで、ベッドは別にしようねって言ってくる、やだよ、寂しいじゃない、私を捕まえられたら、一緒に寝てあげる、ぺぶの足は早い、でも、なんとか捕まえて、懐かしい、匂いのする、草原に、二人して、倒れこむ、もう、離さないから、ぺぶが、私を、くすぐる、なに、するのよ、えっち、なんてはしゃいで、そうしてオモニから電話が来る。うん、問題ない。終わった。


チムジルバンのふたりの部屋にぺぶはいなかった。部屋にはぺぶの描いた絵と食べ終わったじゃがりこのカップが転がっている。この国はとても寒い。絵は空色の犬だけが綺麗に切り取られていて、それを見た私はもしかすると微笑んでいたのかもしれない

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10970 : 風の谷の崖の上の右の横の丘の下の変なおばさん  泥棒 '18/12/31 18:21:45




その日、
風の谷の崖の上の右の横の丘の下から
変なおばさんがやって来ました。

変なおばさんは
遠く遠く青い空を眺めながら
意味深に、
ゆっくりとつぶやきました。
みなさん知ってます?
鳥は、、、、、、、、、、、、、、、




























、、、、、空を飛べます。
と。
ええ??
それを聞いたみんなは驚いて
目をパチパチさせて答えました。
ま、知ってますよ。




変なおばさんは
だいたいみんなわかっているであろう
かなり当たり前なことを
教えてあげますよ的な
そういうスタンスで他人に接するようです。


変なおばさんは
相手が
わかっていない
知らない
そういう前提で話しをはじめます。
気をつけないと
変なおばさんの変な世界に連れて行かれ
大惨事になります。
こちらが火を消しても
変なおばさんは否を認めません。
なんとなく
うすく
認めた感じを出しつつ
結局
認めはしません。
で、基本、変なおばさんは変なので
最後はそのまま変な感じになります。

ある日、
何があったのか
怒り狂い暴れまわる
変なおばさんのことを心配して
大丈夫ですか?
と、
優しく声をかけた
速水もこみち似の青年がいました。
すると
変なおばさんはこう言い返しました。
私はいたって普通ですよー!
あなたが大丈夫ですか?
と。

変なおばさんは
いつも
基本的に
相手が大人だろうが
幼稚園児に接するように
ハンカチ持った?
お腹いたくない?
忘れ物ない?
ジュース飲む?
と、
上か横か下か
よくわからないポジションから
どうでもいい言葉をかけてきます。

変なおばさんは
私は忙しいです
他にやることがたくさんあります
と、
聞いてもいない
謎の忙しいアピールをしながら
丘の下からよくあらわれます。

雨の日には傘をひろげ
みんなに教えてあげます
これは傘です。
傘とは
雨に濡れないようにするための道具です
この中に入れば
雨の日も
濡れないで
歩いたり立ち止まったりできますよ、
みなさん知ってましたか?
と。





変なおばさんは
元気によく喋りますが
それが相手に伝わりません。
伝わらない理由が
自分ではなく
相手にあると思っているようです。

変なおばさんの前で
(犬って、かわいいよね!
とか言ったら大変なことになります。
すかさず
変なおばさんはこう言います
世の中には
犬だけではなくて
猫という動物もいるんですよ?
知ってます?
と。

風の強い日に、
窓を開け
変なおばさんは
普通のことを叫びました。

みなさん!
メロンって、果物ですよ、分かります?
夏って、暑いですよ、知ってます?
紙って、英語でペーパーですよ、分かります?
花って、赤とか青とかあります、知ってます?

みなさん!
大きなものはコンパクトにするといいですよー
寒い時は毛布があるといいですよー
禁煙席で煙草を吸ったらダメですよー
トンカツはカロリーが高いですよー








変なおばさんは
丘の下で
丘の上にいる気分で騒ぎます。








変なおばさんは
悪意などありませんから
誰に対しても
マウントを取る気はありません
しかし
問題は微妙に深いです。
変なおばさんは
とてもナチュラルに
マウントを取りに来ます。
悪意のないマウントは最悪です。
人間が腐っています。

変なおばさんには
ユーモアがありませんから
他人を楽しませる会話ができません。

ちょいちょい
それを
誰かに注意されますが
まったく受け入れません。



変なおばさんは
変なアドバイスをするのが趣味です
が、
しかし
なるほど!
と、思うようなアドバイスはしてくれません。

そもそも
とにかく最初から
誰かにアドバイスがしたい!
という
気持ち悪い発想の人間によるアドバイスは
もはや
アドバイスをこえて発狂



耳






とれます






マスタード







もしくは








七味唐辛子







辛っ











痛っ







居たっ




変なおばさんは
今日も明日もつぶやきながら歩きます。
教えてあげたい。
教えてあげたい。
パン屋さんに
もっと美味しいパンの焼き方を、
教えてあげたい。
教えてあげたい。
ギタリストに
もっとかっこいいギターの弾き方を、
教えてあげたい。
教えてあげたい。
イラストレーターに
もっと上手な線の引き方を、
教えてあげたい。
教えてあげたい。
私は基本ができているから
教えてあげたい。
私の方がわかっているから
教えてあげたい。
私が知っていること
みなさんは知らないだろうから
教えてあげたい。





教えてあげたい。















教えてあげたい。























教えてあげたい。



































もっと教えてあげたい。















































とにかく教えてあげたいっ!































あっ!











変なおばさんだ!







逃げろ!








わっ!














捕まった、、、、、。












また、当たり前のこと言われる、、、













(今年も、もう終わりですよー、知ってます?







やっぱな、、、、











。















あ、













除夜の鐘だ、























、

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11022 : 意見と豚  反 '19/01/25 21:38:22

意見を発信する以上は
反論され反感を買い
嫌われる覚悟がある
それがないのは論外だが

主体というものを持つことは
必ず二面の問題で反が一定数生まれる
どれだけ正しかろうと

意見を言う勇気すらないものが
寄って集って叩く風潮
まるで主体を持たない彼らは
ただ反発を繰り返す
反発も意見であるから
主体を持つ覚悟は等しく必要とされるが
それをわかっちゃいない

正論や極論、理想論は特に叩かれるようだが
それすら言えず何もしない者に叩く権限などない

意見を持て主体を持て
嫌われる勇気と覚悟を持て
話はそれからだ

叩くことしか能のない者どもは
蝿でも叩いていなさい

この国に未来などあるか
不安になってしまうほどさ

言え考えろ行動しろ
叩くだけならそれこそが誰だってできる

養豚場を無事卒業してさぞ嬉しかろう
自覚はないだろうが

意見も言えぬ豚〈大人〉どもよ

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10993 : つきみるつきみつきみは  まじまっ '19/01/10 03:34:51

ていねいにほそく
きれいにきれいにきれいに
そろえられた、の
かとらりー、からから
ぐらすのこおりがふるえている


のめないから
きちんと観葉植物にくれてやるの
ねっしたせいしとおなじくらいしつこい
めせんをはがせないの
わたしはきみを堕胎するのそれまでのあいだ
だれにもふれられることはない
はずだよね


ていねいにほそく
きれいにきれいに
きれいにきれいに
かんせつのしわにあわせて、すっと
かとらりーをすべらせて
こんやはまんげつだって
そんなことしらないの


てれびとうきょうが
あきらめるまで12chをみて
からからみるくが たなびく
くものいろになるまで
ていねいにていねいに
ほそくきれいに
いきて 子宮をさかさまにする


アラームきって
きれたピルをもらいにいくから
われたかがみにしらないかおをうつして
きれいにきれいにきれいにきれいに
なればいいの
なれればいいの
きみもしらないつきがでている

>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20190110_004_10993p


11016 : 藍色ドライ・シロップ  鈴木歯車 '19/01/22 20:08:08

本の中には病気しかないよ。粘度のかぎりなく高い泥の中を泳いで,しんとした警告とともに20歳になった。確かに言ったさ,過ぎ去った諸々はいつか魚になるって。振り返ると記憶とノウハウは自然力の葬式に列をなして藍色,藍色,藍色。苦い煙のイニシエーションを終えて,あえなく問題用紙に逆戻りする。地球なんて青い琥珀,インテリアの化石さ,ぼろぼろの宇宙船さ。ホラまた,存在,掘り起こしに調査員が派遣されていくじゃないか。おれの匂いは腐った調味料,冬の熱っぽい日には恐竜の影がたしかに生きているんだ。無味無臭の影がまだそこでは生まれては姿を消す。この気持ちなんだろうおれ死にてえのかな,良いことひとつも無かったくせに,しみったれた反省会なんてしたくなるから冬はきらいだ。
ときおり息のつまる夢を見て目を覚ます。でも精神科なんて結構ですぼくも皆も極度に薄まったコンクリートなんで。砂場の中,即興でしゃべった音階がすぐ答えに祀り上げられて嫌になる嫌になる。

白い。白い。

そう無人駅だ。「終点……『百葉箱……百葉箱……』」俺たちは感動した。千の弱音で俺を刺す森林。夏の音を探そうとあてなくバスに乗る。終点はもう知らなくていい。乾ききった頓服薬のような関係。スピッツが「言葉ははかない」と歌うのがよくわかって悔しい。世界中の雑草に水をやって後は,どうにか目に入るものだけ片付ける。どろどろの冷や汗,もうあの味に悩むことはないだろうドライ・シロップ。"助けてくれてありがとうございます."と言葉少な,乾ききった僕はリターンする。――不発音とともに落日。
「すべては肯定も否定もなくただ黙っているのみである」誰かが言っただろう一番黒い夜,関節をすべて外したような詩をこそこそ,そしてまた日が……

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11025 : 嘘  kale '19/01/28 14:52:29

「わるい」
スピーカー越しの声は短く告げる
二人で住む家のために、と買った
シャビーシックなテレビの音に紛れて
短く三回、女の声が聞こえた気がするのはきっと
昨日飲まなかった薬のせいだろう
男は、『わるい』と『すまない』の違いに
女が気付いていないと思っている

実物なんてみたこともない
女は受話器の冷たさをデザインした
ピクトグラムをタップする
同時にそれは
同じだけの強さで
心臓の近くにある小さな臓器も
突いていた
鏡越しなら誰もが互いに指し合うのに
この指はいつも私しか刺さない
いつだってこの指は
私の言うことなんか聞いてくれない
そんな日記に書き殴ったこともない言葉を
思いつくはずもなく彼女は――

自分の指が嫌いだった
自分を捨てた母親の手に似ていると
大好きだった父が
手を引いてくれたあのときから
何度、力任せに折ってしまいたいと思ったか
わからない
先天的ではない方の利き手をさすりながら
時間は約束を素通りする
Pirondini社製の長針は
女をただ見送っている

遠ざかるように
いつしか眠り込んでいた
近づいてくる足音に視線を追わせてみる
足音を立てながら
清潔感のある黒いソックスは
キッチンへと進んで立ち止まる

知らなければよかったと
覚えたはずの口笛の吹き方で
忘れた日のことは覚えている
忘れようとすることは
思い出すということさ、と
遠くの方から
声が聞こえる

スピンドルが持ち上がり
圧力が弁を押し除ける
我さきにと隙間をめざし
自由を求めて
不自由な世界に殺到する
逆らうこともできないね、と
不純物だらけの思考では
声を挙げることさえ許されない
雫は自我を保てずに
澱みを掃除したばかりのシンクに垢を


起こしちゃった?
―― 眠ってないよ
わざと起こしたくせに
かぶりを振って応える
二人だけの暗黙のやりとり

「うん?」
「ドライブに行こうよ」
「苦手なんだよ」
「知ってた」
「そういえば――」
「楽しそうだね」
「お腹空いてるんだ」
「ごめん」


不調を隠したまま
女は男に抱き寄せられて視線を逸らす
男は身体を僅かにそらせて
気遣う素振りをみせる
聞こえない類のため息のあとで
今日は帰るよ、と優しく告げ
足音も立てずに玄関へ向かう
男の上着にはシワひとつない
父親のそれとよく似た背中は
女が知らない帰路を足早に辿る

庇うように無意識に
女は自分の身体に利き腕を回す
男はそれに気付いていない

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- ealis -