そう、散らかった部屋。僕の体重に沈むクッション。回転する夜の底から、聞こえてくる羽ばたきの音。反響するサイレンと、赤い光に祀られた地球儀。骨の浮きそうな、肩。世界をデッサンする指先が、背中に子午線を引いて。ねえきみ?こんな夜に生まれてくる、僕の半身。
暗がりで数を数えているだれかの指が、絶えまなく折られ、開かれ、瞳の奥底を流れていく赤い河が擦り切れたフィルムを焼いた。記憶され、失われ続ける思考が、自らの尾羽を引き抜いていく。川面には、数えられるものだけが浮かび上がって見える。湿った堤防をずり落ちていく足跡。あらゆる名前と、その内包する断層が、象徴を結実していく夜。ベランダで星を弾いて遊ぶ、足元が見えない。
暗闇に溶け込んだグラス。机の上に投げ出されたコンパス。地図上を広げられ痛む羽は、僕のものではない。彼のものでもない。腱と紐が断たれ、崩れていく線形。はずされた意味のくびき。
計量線が揺れて。増殖していく、影に境目はなく、一人ではない、二人でもない、細胞のかたまり。動的な平衡に抱かれ、柔かな心臓を握り潰した、両親は雪像になっていく。触れた指先の熱い、溶けだした水を飲み込むこれは、僕か。流れる体液の甘みは、誰のものだったか。名前が僕たちを裁断して、排泄された永遠。雹が窓を叩く、その音が神経を焼き切っていく。だれでもいいからはやく!僕たちの名を呼んで?ください!
暗がりで数を数えているだれかの指が、絶えまなく折られ、開かれ、回り続ける映写機はだくだくと流れていく。焦点が浅い写真と、欠損した完成図。粉々になったガラス。冷えた惑星の記憶を、辿る指先。地図に方角は記されておらず、これは僕か、君か、人間のレプリカがふたつ、涙を模して並んでいる、窓辺。飛び立つものだけが生きている。
羽ばたきの影が裂けて!さかしまの傷口を、象った護岸。質量だけ窪んだ部屋に、流れこむ密度。点滅する血飛沫の音。両腕を重ね、その骨を折り、朝が来るたび祈りの形を真似た。冷たい対称から、たなびく甘い煙。鬣の白い馬が、音もなく翔け上がっていく。雪解けを待たずに産まれ、死んでいった、僕。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20110928_317_5563p
- 黒髪 :
こんにちは、yukoさん。
この詩は、名詞の修飾を多用されていますが、確かにうまいんだけど、イメージも沸いてくるんだけど、それだけなのが惜しい。結局読後に残るのが、(夜の)暗いイメージだけだったんです。僕の記憶力に問題がある可能性も否めませんが、例えば田中宏輔さんの詩を読んでいるような、陶酔させられるような時間感覚というものがあまりない。厳しいことを言いますが、何か、読者に手渡したい核みたいな物や、主張したいことなどがあれば、ずいぶん全体の印象も違ってくると思います。
詩のための詩や、芸術のための芸術でなく、もっと人間らしさを感じさせて、冷たい気持ちにさせないで欲しいという感想です。 ('11/09/28 12:51:37)
- yuko :
黒髪さん
>>厳しいことを言いますが、何か、読者に手渡したい核みたいな物や、主張したいことなどがあれば、ずいぶん全体の印象も違ってくると思います。
「何か、読者に手渡したい核みたいな物や、主張したいこと」が、ここにないわけではないです。読み手に伝わらないのはわたしの責任なんですけどね。
よくここで悩みます。なんで「それがあること」が伝わらないのかがわたしにはわからないからです。困りものですね。苦笑 あるいは他人と比較した場合に、ないのかもしれないですが。
これ、昨年11月に投稿させていただいたもの
http://bungoku.jp/ebbs/20101124_342_4854p
のリライトなんですが、まあ半年以上かけて改稿する程度には思い入れというか、書きたいなにかがあったんですよ。というわけで、若干ショックです。まあ言い訳なんですけどね。
誠実な読み手にはきちんと気持ちだけでも伝わるものが、本当は書きたいですね。(黒髪さんに対する揶揄ではなく!)
レスありがとうございました。 ('11/09/28 13:22:18 *1)
- 黒髪 :
yukoさん、再レスです。面倒だったら、読み飛ばしてください。
手渡したい物、主張が、「ある」とおっしゃったので、そこに焦点を当てながら、再度読み返してみました。まず、心がけたのは、yukoさんの作品の声とイメージを、できる限り漏らさずくみ取ろう、ということです。
そうしたら、結論として、生きることと死ぬこと、にまつわる、雰囲気みたいな物、がクローズアップされて主張されているように思いました。かなり若い女性が抱く、生と死についての観念。それが観念にとどまり、概念に転化するぎりぎりの所を描いていて、例えばリルケの追求したフウィーヤ(本質の一側面、イスラーム哲学の用語)を描いていると思います。
>暗がりで数を数えているだれか
ここなど、素晴らしく美しい光景ですね。
>ベランダで星を弾いて遊ぶ
ここも、核となる箇所かと思いました。
>はずされた意味のくびき。
ここ。
>影に境目はなく、一人ではない、二人でもない、細胞のかたまり。
ここは、影という物について、重なり合えうるものであるということ、新しい文です。
>涙を模して並んでいる
ここも美しい
と、以上ピックアップして鑑賞してきましたが、再読によって、イメージの永遠性をはらんだ美しさが心に残りました。yukoさんの声が、あまりに静かで、イメージよりも前面に出てこないので、なかなか主張が読みづらいです。しかし、いい作品であったと、本当に思います。失礼します。 ('11/09/28 15:08:45 *2)
- 瀬島 章 :
yukoと署名された詩篇。
その署名の「ゆこ」という音から女の作者をイメージする。
しかし主語は「僕」だ。僕という主語を使うのは、もっぱら男。
ここに作者の隠された心があるような気がする。
たかが性別。女性が男性の気持ちを歌うし、男性が女性の思いにいたすではないか。まったくその通り。
だがこういった性の倒錯、というと大げさなと苦笑いの人もいようが、その奥にある、秘密にしたい物と表出させたい物に、興味深い心理があると思う。
筆名は女。作品の主語は男。
説明していただけますか? ('11/09/28 18:09:14)
- 瀬島 章 :
小波さんへ
あなたに聞いていません。
しかし、不審にはなるべく答えたい。と言うより、その怒りようが私には不審だ。
女が男の主人公である作品を書く、とは確かによくあること。
しかしそこまで作者の意識にもぐらなければ、詩作品なんてわかりっこない。
また、そこを意識もせずにぶっ書くなんて、恐ろしいセンシティブのなさだと私は思う。
yuko氏が男性ならば、そう言っていただければいい。
それは、筆名選択の趣味の問題で、追求の意味はそれこそ、小波さんが言うような、どうでもいいこと。
一番理解できないのは、「放っておけばいいんでしょうが、なんでって」こと詩の問題で、表出されたことに「放っておいて」いい物などない。
年齢、性別、出身地、過去の大詩人だって、だからではない、放っておいて解釈研究できるものはない。
それこそ小波さん、あなたの怒りはどこから来るのですか?
小波さん、あなたは詩の感想を書くのに、主語が何かを問わないのか?
少なくとも私は、主語をどうするか、から始るのに。 ('11/09/28 18:37:24 *1)
- すこ゜ろく :
瀬島 章さんへ
あなたは 詩の感想を書くのに、主語が何かを問うのですね。というか主語が女かどうかからはじめるのですね。でも 現実には 中性の意識の人もいます。わたしは 詩の感想を書くとき、わたしが女であることをほ明らかにしたほうがよいときはそうします。しかし、自身の詩の中で 主語が男であることは わたしにも ありますよ。その詩は 性別で読み解いてもらう必要がないから そうします。
女性の主語で 得なことなんてないです。とくに このサイトでは あまりなさそうです。わたしたち女性に 好きに 主語を選ばせてはいただけませんか?
男が男になるというと 社会的な要素ですが、女が女になるとは 受身で 男の影ありきです。自立して詩を 描きたいとき、性別を 詮索されることが邪魔なことは わたしにもあります。 ('11/09/28 19:25:44)
- yuko :
黒髪さんへのレスはちょっと後に回します、再読いただいてすごく感謝してます。申し訳ない。
それで、瀬島さん。
>>説明していただけますか?
とのことですが、なにをですか?
>>ここに作者の隠された心があるような気がする。
>>たかが性別。女性が男性の気持ちを歌うし、男性が女性の思いにいたすではないか。まったくその通り。
>>だがこういった性の倒錯、というと大げさなと苦笑いの人もいようが、その奥にある、秘密にしたい物と表出させたい物に、興味深い心理があると思う。
あなたは一般論として、(セックスではなくジェンダーとしての)女性が、男性が使うことが多い主語(僕、俺など)を使うことの是非について論じたいんですか?
>>しかしそこまで作者の意識にもぐらなければ、詩作品なんてわかりっこない。
と書いてくださってるところをみると、違うんですよね?
この詩における「隠された心」あるいは「秘密にしたい物と表出させたい物」がなんであるか、ということを、作者名が女性に見えることと、詩のなかの主語として僕が採用されていることに絡めて御考察いただければ、それなりの返答は用意できますが、
ただこちらに「説明していただけますか?」と振られても、正直何を?としかいいようがないですね。
それとも作者名が女性に見えて、作中で「僕」という主語が採用されている、という事実だけでは「隠された心」「秘密にしたい物と表出させたい物」がなんであるか考察するに不十分であるから補足しろ、ということですか? ('11/09/28 19:29:53 *1)
- 瀬島 章 :
すこ゜ろくさん
おっしゃりたいことはわかりました。
そこをはっきり教えていたふだきたいのです。
差別されるから「男」として表現したいのだと、そうすると、差別はなくなるのでしょうか?
では「僕」であって「俺」でないのは何故ですか?
すごろくさんは、少しは骨のある方だと思っていたが、やはり、田舎者のおかみさんみたいなことを言うのですね。
「聞いちゃ、いけないこと、ありますよネ」と、周囲に目配せして。
文学という世間の男女差別の通用しない世界で、男女差別をしてしまうのは、そんなあなたです。 ('11/09/28 19:34:17)
- 瀬島 章 :
yukoさん
この作品は、「僕」だけが謎だと思うのです。
夜のイメージが延々と続く中で、
「僕の体重に沈むクッション」と存在感を表現されながら、
ラストに至って
「雪解けを待たずに産まれ、死んでいった」
と消滅してしまう僕とは、何者か、ということです。 ('11/09/28 19:39:39)
- yuko :
瀬島さん
>>「雪解けを待たずに産まれ、死んでいった」
>>と消滅してしまう僕とは、何者か、
について作者の実際のジェンダーおよびセックスを詳らかにすればご考察いただけるんですか?
それとも、僕が何者かわからない(考える力がない)からお前説明しろよって意味ですか?
後者であるなら、もう少しご自分で考えてみてください。 ('11/09/28 19:42:12 *2)
- 瀬島 章 :
yukoさん
じゃあ、はっきり申しましょう。
「説明しろよって」そんな下品な言い回しはインターネットにはびこる愚劣な男の使う言葉です、私は使いません。
この作品は、そこしかないのです。
女である作者が「僕」を使う訳。
男である作者が「僕」を選んだ訳、を含めてもいいでしょう。 ('11/09/28 19:52:41)
- yuko :
瀬島さん
女である作者が「僕」を使う訳しかない、とおっしゃるわりに、その訳についてはまったくご説明いただけないんですね。
ご説明いただけないのは考えてもさっぱりわからない、説明できないからですか、それとも説明したくないからですか。 ('11/09/28 19:58:57)
- 瀬島 章 :
yukoさん
何言ってんですか?
たずねているのは私ですよ。
私にはわからないのです。そこに幽かな性欲を感じますが、それ以上はわかりません。
だからお尋ねしてるのです。
「異性の主語を使うこととは」を教えたくない、というのならそれはそれで結構です。 ('11/09/28 20:11:38 *2)
- 瀬島 章 :
yukoさん
あなたが、もしも女で、作品に男性の主語を使いたいと思った時、よく考えてください。
何故、私は主語を異性にしてしまうのか、と。
おそらく作品世界が広がります。 ('11/09/28 20:17:52)
- yuko :
瀬島さん
もう一度言います、もう少しご自分で考えてみてください。まともに読む気のないひと/読むちからのないひとを相手にする気はないです。以上です。
もうひとつ、
>>あなたが、もしも女で、作品に男性の主語を使いたいと思った時、よく考えてください。
とりあえずまともな日本語が使えるようになってからいってください。この文章、明らかにおかしいです。 ('11/09/28 20:21:58 *1)
- 01 Ceremony.wma :
瀬島さんの疑問は悪くないと思うけど、ばかだから深められないんだよね。そこが致命的。実際、作者が女性である場合、男性を纏う主語で作品を書くということは、一体そこに何を表象しようとしているのか、そして、そのような行為は一体何なのかというのは当然だと思うんだよね。
でも、この作品の場合、そこじゃねぇだろ、って思う。読むとこは、「指」だろ。瀬島に宿題、この作品を読んで上で、この作品における「指または指先、指の動き」について、100文字以内でまとめて提出しろ。
黒髪さんとはまったく別かな俺の読んだ感じ。前の作品と一緒。ぐだぐだってこと。いろんな思考や感情、が溢れてくるが、ぜんぶどろどろで曖昧なまま、どろどろと、指先からすべっていくわけで、でも、それを書き手は自覚していて、傍観している。そして、傍観しているものへの批判的な眼差しもあるが、でも結局、ぐだぐだとその思考もながれちゃって。
黒髪さんが書きたいものが無いのでは、というのはあたってるといえばあたってるし、あたってないといえばあたってないんじゃないかな。改稿前の作品の方が、強い意志を感じられたけど、改稿後は、それが失われてしまった気がする。そういう意味では、改稿前の意志すらもぐだぐだと流れちゃった、ということで改稿後の作品はよいといえばよいし、わるいといえばわるいんじゃないの。
とりあえず、yukoさんの作品は、ぐだぐだです。ぐだぐだばっかしてるよね。 ('11/09/28 21:05:33)
- すこ゜ろく :
瀬島さんには差別されるからと言ってしまいましたが、それには 重きをおいて言うともりは私はなかったのですよ。この詩に 女性の主語が必要なかったからだとおもいます。ついでに そういう利点もあるかもねといっただけ。
題からして 羽根に 焦点をあつめたいわけで、羽根のある人物像は
そもそも 男なのか 女なのか そこでは ないのでしょうか?
弥勒菩薩や 天使や 堕天使のように ユニセックスな像が私には 浮かびます。
そもそも描きたい存在には 性別がない。だから、そんなことは どっちゃでも 良いと 想うのです。おっぱいが あるような そんな像を読者に描いてほしくはなかったのではないでしょうか? 男性性器についても しかりだったのでは?
だから、詩の登場人物に 読者に集中して ほしかったからこそ、筆者の性別を はっきりと くどくど聴くなと yukoさんは おっしゃっているように 思いました。どうなんでしょ。そこらへんのことは?
さて、作品についてですが、原作のほうが 生存している感がまだあるのに、今回の作では 死んだのに生きているという より一層 曖昧模糊とした状態ですね。現代人が何時何分に死亡とか言っていますが、もっと繊細に 存在していることと そうでないことを みつめれば この詩のように 線引きは本当は難しいことなのかもしれないです。しかし生死以外のことは やたら線引きをして くっくりさせようとしている手触りが 私には 面白かったです。<子午線とかのことです。>
しかし、生きているものやら死んでいるのやら あやふやなところにある存在に対して、男女を問うてしまう議論は、私には不思議な時間でした。
追伸 瀬島さん
瀬島さんの場合、掲載された作品から かもしだすイメージだけの判断ですが、ご自身に男であることに重責を感じておられるからこそ そんな読み方をされるのだと 個人的には 感じてしまいました。はい、おばさんと言われましたし、お互いさまということで どうぞ 失礼を おゆるしくださいね。失礼します。 ('11/09/28 21:45:50 *2)
- かもめ :
読み飛ばして頂いて構わないのです。
「僕」という主語は
そもそも謙遜の意を込められて使用されていたわけですが
「謙遜、自分を低く見せないとならない」という受動的態度から
「自分の弱さを表現する」という能動的態度への意味の転換があったでしょう。
凄く分かりやすいところで、村上春樹。
また、きみか。
やれやれ。
「自分の弱さを表現する」というそこ一点に着眼して
女性がそれを使用したとしてもぼくはあまり不思議には思わず
むしろ、なるほどなと納得する。
主語のヒエラルキーにしても
女性の「わたし」や「あたし」と比較したときに
男性の「僕」の方がむしろ弱そうだし。 ('11/09/28 23:23:42)
- 瀬島 章 :
01 Ceremony.wmaさんへ
多少脳みそが残っているのはわかりました。
しかし、主語の問題はあるかなァとようやくたどり着いた程度でないか。
「指」をキーワードと見る愚かを犯すなら、ほとんどの単語が等価なこの作品ではキーワードもむなしいのだが、せっかくタイトルに「風切羽」とあるのだから、「羽ばたき」を解釈のきっかけにすべきだ。
セレモニーさん
この作品における「羽ばたき」について、100文字以内でまとめて提出してください。
まさしくその読みと言う点で、はるかにセレモニーさんを越えるのが、すこ゜ろくさんだ。すごろくさんはまったく文学極道にはなれない人道派だが、読みは正鵠を射る。(セレモニー君、君に出来ないのは、批評だ。では詩は?)
以下が、すごろくさんのお書きになった、羽根と主語に係る文章だ。
「羽根に 焦点をあつめたいわけで、羽根のある人物像は
そもそも 男なのか 女なのか そこでは ないのでしょうか?弥勒菩薩や 天使や 堕天使のように ユニセックスな像が私には 浮かびます。」
すごろくさん
あなたは、田舎医者の奥様ですね。たいへん明敏な頭脳を持っておられる、尊敬いたします。
かもめさん
みなさんでyukoさんを代弁して、かなり主語の問題も深化しましたね。 ('11/09/29 05:14:57 *1)
- 01 Ceremony.wma :
ああ、すごろくさんみたいな読み方とか書き方をしてあげれば、君には「批評」で「正確」に見えるんだ(笑)。なんとまぁ、単純で短絡的な脳みそだね。だから、お前の作品はつまんないんだよ。読めない奴はかけないし、書けない奴は読めない。あのさ、解釈っていうのはゲームなんだよ。読みも技術でしかない。しかし、そんなものは書き手の作品の質に一切つながらない。だから俺はしない。
yukoさんの今回の作品に限らず、毎度思うことは、乖離や、剥離、というような身体感覚や現実が、どんどん離れていくような視点じゃないの。それが、部屋の散らかり様な、指先の動き、追う、折る、なぞる、というようなね。よく言えば、失われていくものへの哀悼、ともいえるし、諦念ともいえるけど、そういうものって、よくあることだし、そんなものを読み解いても作品の質に直結しないでしょ?
今回の作品は、やたらと物がところせましとつめられてるけど、それらは、まるで、無を塗りつぶすかのように、描かれているわけで、物量を強調するが故に、逆に、空虚や空白がより強調されてるって感じじゃないの。
後、主語の問題は深化してないし、デリダとか読めば?この程度で深化なら単なる社会学におけるジェンダー論とかそんなもんでしょ。そんなものは中学生でも学校でならうんじゃないの。
どれだけ本読んでないんだよお前。
('11/09/29 12:36:08)
- 01 Ceremony.wma :
http://po-m.com/forum/showdoc.php?did=240739&filter=usr&from=listdoc.php%3Fstart%3D0%26hid%3D7597
めんどくさいから、瀬島これよんどけ。それだけ。 ('11/09/29 14:02:36)
- 瀬島 章 :
01 Ceremony.wmaさんへ
バカだなァ。読むに値しないじゃないか。
yukoさんの作品の方が純度が高いのがわからんか。
若者!「現代詩」の文体を使っても、「現代詩」にはならない。
きような文体模倣に過ぎない。
だから、yukoさんの作品の方が純度が高いのだ。
若者何をしてるんだ?お前の好きな野村喜和夫を素直に学べ。
ランボーをきどってもランボーにはなれない。
若者!お前の悪口雑言を芸術にせよ!
yukoさん、こげなあかんたれが絡むさかいに、ちょっとゆうてやったんや。
すんまへんなァ。あんたさんの作品の足元で。こげに汚い言葉つこうて。
ゆるしてや。 ('11/09/29 19:50:27 *1)
- 01 Ceremony.wma :
うわああ。野村の著作なんて読んだことないし、ましてやこれがランボーとか、すげぇよあんた。ま、いいや。何か書くたびに底の浅さが露呈していくね貴方。なんかかわいそうな気分になってきた。 ('11/09/29 19:54:55)
- yuko :
■黒髪さん
お返事が前後してしまってごめんなさい。再読していただいて、レスまでいただけてすごくありがたいです。ありがとうございます。
>>結論として、生きることと死ぬこと、にまつわる、雰囲気みたいな物、がクローズアップされて主張されているように思いました。かなり若い女性が抱く、生と死についての観念。
内容についてあまり作者が突っ込んだことを言うのは興ざめかな、と思うので、直接的な回答にはなりませんが、
わたしには、暗がりでだれかが数を数えている、っていうイメジはものすごく怖いです。数えられることも怖ければ、数えられないことも怖いですね。
>>yukoさんの声が、あまりに静かで、イメージよりも前面に出てこないので、なかなか主張が読みづらいです
そうですね、主張を前面に出す必要はないと思ってます。メッセージ性を重視するかたには読みづらいのかもしれないですね。
なんというか、「何か、読者に手渡したい核みたいな物や、主張したいこと」があることを、作者が明言しないとそれが読者に伝わらない、ていうのは情けないんですが、それでも再読いただけたことには本当に感謝しています。
レスありがとうございました。
■01 Ceremony.wmaさん
>>とりあえず、yukoさんの作品は、ぐだぐだです。
そうですね、そうまとめられちゃうとほんと返す言葉がないです。
>>改稿前の作品の方が、強い意志を感じられたけど、改稿後は、それが失われてしまった気がする。そういう意味では、改稿前の意志すらもぐだぐだと流れちゃった、
改稿後のものについては、改稿前のものにはあったイメジそのものの繊細さ、は弱くなっちゃってるかなあ、とは思います。
改稿後のもののほうが、書きたいこと詰めこんだ!感はあるんですけどね…。どうしてもごちゃごちゃとはしてるかな…
書き換え面白く拝読しました。
ほんとなんとなく、ですが、改稿前のものと改稿後のものの中間っぽい感じがしますね。
レスありがとうございました。
■すごろくさん
>>詩の登場人物に 読者に集中して ほしかったからこそ、筆者の性別を はっきりと くどくど聴くなと yukoさんは おっしゃっているように 思いました。どうなんでしょ。そこらへんのことは?
筆者の性別をはっきりとさせることで、議論が深まるならそれもやぶさかではないですが、わたしにはそうは思えなかったので。ただそれだけの理由です。
>>存在していることと そうでないことを みつめれば この詩のように 線引きは本当は難しいことなのかもしれないです
すごく難しいことだと思います。
レスありがとうございました。
■かもめさん
こんばんは。
>>「自分の弱さを表現する」というそこ一点に着眼して
>>女性がそれを使用したとしてもぼくはあまり不思議には思わず
>>むしろ、なるほどなと納得する。
そうですね。一般論として同意します。
ただ、わたしがこの話者のキャラクタ設定として「僕」を採用したか、って聞かれたら、少なくとも意識的にはしてない、という答えになりますね。
あんまり積極的にこの点に関して作者が口を突っ込みたくないのでこの程度にしか答えられないですが。すみません。
レスありがとうございました。
*sage忘れました、すみません…。 ('11/09/29 22:36:42 *2)
- 新貝 常 :
あいかわらず巧みに語彙を扱ってらっしゃるyukoさん 。僕に此ほど鮮やかには使いこなせないだろう…
「ぼく」と「わたし」の問題は横に置いといて、イメージの集約 。その(動機付けと主題)に関連して、森田さんとこに上げたレスで繰り返すようにもなるんだけれど 。
タイトルに取り上げた【風切羽】 これは文中で語られる(指先を折る)行為、それは祈りの象貌にも見えながら、その傷口を切る行為でもあるから「風切羽」なのでしょう 。よく伝わります 。
筆者の動機付けとしてわたしが理解できるのは、冒頭の「ねえきみ?こんな夜に生まれてくる僕の半身。」文中の「両親は雪像になっていく。」
終わりの「雪解けを待たずに産まれ、死んでいった、僕 。」これが筆者を主題へと強く働きかけるモチベーションな語りだと、ぼくは受け止めます。
つまり、主題にあるのは両親とぼくに置かれたみえない(家族の絆)のようなものでしょう 。 その象徴化された【風切羽】をタイトルに据えるなら、冒頭から終わりにかけての中間部が、あまりに抽象的にぼやけてはいないでしょうか?
多様されるイメージ。それをどこまでも拡げたまま抽象化する…という趣向はありだと思いますが、その様々に象付けられたイメージが主題をぼかしているように思われます。この詩に描かれた多様に飛び交うイメージ。その趣向を筆者は一体どこに連れてゆこうとしているのか…それが読み手にはいまひとつわかりにくくしている要因ではないかと、わたしには思われます 。 ('11/09/30 17:14:47 *2)
- yuko :
新貝さん
こんばんは。
>>この詩に描かれた多様に飛び交うイメージ。その趣向を筆者は一体どこに連れてゆこうとしているのか…それが読み手にはいまひとつわかりにくくしている要因ではないかと、わたしには思われます 。
趣向を筆者は一体どこに〜って文は意味が取れないですが、イメージが乱発されることで詩の軸がぼやけてる、くらいにとればいいのかな。
そもそも、わたし自身そこまではっきりとした主題を設けようとしてないかな、という気はします。いずれ考えが変わる可能性こそありますが、今の段階で主題が限定されたものを書きたいとはあんまり思ってないですね。
たとえば、この詩の主題をあえてひとことで表すなら「半身」でしょうけども、そこから派生するさまざまな感情を重ね合わせて、複合的なかたちでひとつの詩にしたい、とでもいえばいいのかな。ちょっと意味が伝わりにくかったらすみません。
それで、なんでそういう方針をとっているか、といえばわたしにとっては今のところそれが面白いから、としか答えようがないんですが、
もう少し整理された形で表すことは可能かな、とは思うので、そのあたりをもう少し考えていきたいと思います。
レスありがとうございました。 ('11/10/01 20:35:41)
- 前田ふむふむ :
こんにちは。
この詩は、改訂版らしいけれど、前作より、内面にむかって、より鋭角に
なっていると思います。
夜の暗い底のほうから、鳥だろうか、羽ばたく音、静かな世界。
いろいろな静物が、その個をかたちづくっている夜。
その中で、
>僕の半身。
>足元が見えない。
>増殖していく、影に境目はなく、一人ではない、二人でもない、細胞の
>かたまり。
>これは僕か、君か、人間のレプリカがふたつ、
>涙を模して並んでいる、窓辺。飛び立つものだけが生きている。
>雪解けを待たずに産まれ、死んでいった、僕。
のように、
夜の中で、個として浮かび上がらない、曖昧な幽霊のような
僕とその身体性。そのあり方が、哀しく響いてくる、ときに、エロスを含んで。
そのような不完全な負を含んだ現代的個性としての個人である、語り手の叫ぶような思いが、
>だれでもいいからはやく!僕たちの名を呼んで?ください!
だろうか。?は、存在としての幽霊のような半身の僕に、果たして名前などあるのだろうか。という?に思える。
曖昧な自己と対峙する閉塞感に満ちていると同時に、不思議なほど、
静かな佇まいの中で、語られる多くの言葉と、言葉の比喩の切れ味が鋭く美しい。
思うに、yukoさんは、
萩原朔太郎の詩集「月に吠える」の中の詩「内部に居る人が畸形な病人に見える理由」
http://www.bekkoame.ne.jp/~poetlabo/AOSORA/tsukini/hamaguri/27.html
でいっている幽霊にも例える欠落した身体的な「わたし」(これは、身体で偽装した内面の喩であると思うけれど)の孤独と似たような孤独を
感じており、捉えている角度は違うかもしれないが、
それを、21世紀の現代詩で描きだそうと試みたのではないだろうか。 ('11/10/04 23:05:27 *5)
- 評者 :
語彙に振り回されてる印象。
飛ぶ書き手、とぼくは勝手に呼ぶんだけども。次から次へと綱渡り的にイメージを拡散させ、それでも一つところに落としこむ。この作品を批評するのは、なんだか自分の作品をぶっ叩くみたいでヤな感じがするんだけども。イメージと語彙が湧き出すようにあふれるのは、それはそれでいい。明確に一つの武器だし、色んな詩や小説、歌謡曲からアジテーションまで横断してエディットするのは詩の一つの技法だ。
だけど、この作品はどこにも行けなかった。というのも、人は一つの作品を読むとき、始まりから終わりまで読む。「現代の世の中でそれは保守的過ぎるだろ」と言われても、結局のところそうだ。だから、作品はイメージガジェットの羅列としてではなく、一行目から最後の行まで読まし通すものとして書かれなきゃいけない。それがイヤなら、読み手の目線を誘導する仕掛けを施さなきゃいけない。そうじゃなければ、作品は樹形図みたいに広がるだけ広がって消えていく。この作品は、まさにそういう印象。色んなものが現れては、形にならないままブツ切りにされてどこかへ消えていく。一つ一つは悪くはないのに、何も残らない。
「統括イメージ」もしくは「作品構造」あるいは「寓意」。ポンポン飛んでいくイメージを一つの作品として成立させるために、ぼくはこの三つの持ち合わせがある。まず一つのモチーフ、ぼくがやたら多用するのは「女の子」とか「海」とか「子どもたち」とかだけど、そういうものに全体を収斂させていく方法。二つ目は読んで字の如く作品の形をカタにハメること。最後の一つは、作品全体を一つの比喩として押さえ込むこと。更にこの発展形として、「一つの比喩として書いたあと、比喩を引っこ抜く」とか「統括イメージを別のモノにすりかえる」とか「作品をカットアップする」とかあるけど。これは小手先だから、まぁいいとして。とにかく、一つの作品を読み手に受容させるには、そういうものが必要なんじゃないかと最近思う。作品における「伝えたいこと」(これはなんかビミョウな言い回しだ。要するに、作品のテーマ・・・これもなんか違うか。まぁ、とにかくその辺)が「ある」ってことだけど。俺は必ずしもそれが必要だとは全く思わない。しかし、形式の上でそれに類似したものが要請されるな、とは思う。
もちろん、イメージをひたすら飛ばして飛ばして飛ばしていった結果が大当たりってこともある。もしかしたら、それだけで書ける書き手もいるのかもしれない。でも、多分yukoさんはそうではない。凄く不自由で鬱陶しいだろうけれど、作品に何らかの重石や心棒を入れてやらないと、この先厳しいだろうと思う。そこからもう一度抜け出す方法はまた悩むとして。 ('11/10/05 02:26:25 *1)
- yuko :
■前田さん
こんにちは。
>>この詩は、改訂版らしいけれど、前作より、内面にむかって、より鋭角に
>>なっていると思います。
やー、はじめて改訂に関して肯定的な感想がいただけた。よかったです。
全体的になんといいますか、書き手としてはすごくありがたい読み方をしていただけてるな、という気がします。
別の場所では引き裂かれた自己について語っている、というような評もいただきましたが、
実際、今自分のことを書こうとするとそこにいかざるをえない、ところがあるのかな。
>>?は、存在としての幽霊のような半身の僕に、果たして名前などあるのだろうか。という?に思える
これについてはそうですね、それと同時に、
名前をつけられることによって一つのものとして同定される、ことに対する抵抗かな。
>>ときに、エロスを含んで。
ふむふむさんからは7,8月の選評でもエロスを感じるっていう評をいただいたような気がするんですが、
自分自身ではどのあたりなのか正直よくわかってないです。
が、嬉しい感想ですね。
ありがとうございました。 ('11/10/05 11:30:57)
- yuko :
■評者さん
こんにちは。
>>「統括イメージ」もしくは「作品構造」あるいは「寓意」。ポンポン飛んでいくイメージを一つの作品として成立させるために、ぼくはこの三つの持ち合わせがある。
この作品で戦略としてとってるのは統括イメージなんですが、まあ読み手の中にはいまいち収斂しなかった、ということかなと思います。
うーん、いくつかのガジェットが重なり合う場所が「統一イメージ」「作品の重心」になればそれがいいと思ってはいるんですけどね。ベン図みたいな感じで。
「作品構造」に入れ込むやりかたはあんまり得意じゃないし好みでもないですね。書きながら考えるタイプだからかなー・・・。ときには必要なのかもしれませんが。ただ、書きっぱなしで落とせないまま放置してあるストックがけっこうあるので、そこにもなんか枠組みみたいなものを作ってやるのがいいかもなと思ったりしました。たぶん気に入らないけども。
で、イメジを飛ばすっていう方向に関しては自分にはあんまりセンスがない気がしてます。苦笑 だからこの作品も含めてそっちで勝負する気は今のとこないですね。この作品を覆うイメジにしてもそんなに多様だとはわたしは思ってませんし。
レスありがとうございました。 ('11/10/05 13:30:42)