死者の記憶のほの暗い洞窟、
松明をともして、
夜半に出かける、
首九つの村の中で、
女達が生み出すのは、
まるで顔のない人間たち、
引き剥がされた、
引き剥がされた、
と、
私の友人は悲しく言うが、
それはもうだいぶ前の話、
顔のない誰かの音楽を
僕らはやっている、
彼は百年前に死んだというが、
まるで酸素の様に、
その記憶だけが
世界に満たされている、
神童と呼ばれた頃の顔は、
すでに引き剥がされて、
女たちは
村九つで、
首をひとつ植え替える、
借り入れるの季節、
女たち、
皆、農夫になって、
歩き出し、
田畑を切り開く、
そして、
首十の村で、
八つの顔を挿げ替える、
贈与、
された、
死者の洞窟の奥で、
私が見た記憶の中で、
もっとも鮮明だったのは、
あのおかしな文化人類学者の詩、
彼の顔は引きがされてはいないが、
ひどくゆがんでいる、
闘牛のせいだろう、
首ひとつ、
田畑が三つ、
家四つ、
植え替えの季節、
男たちは、
裸のまま、
サンダルを片方、
そう、昔、あの男がやったように、
岩の上に置いて、
顔なしの祝祭、
皆して、
女たちを刈り取る、
男たちは植え替えられて、
静かに寝静まる、
納屋の奥で、
馬が見届ける、
ぼんやりとした
便器の上で、
蛙が雨を待っている、
鉄の老人は、
胸を締め付けられて、
今にも飛び出しそうだ、
そう森の奥から、
はじめて降る雨が、
酸素をかき消す、
紛れ込んだ野鼠の尻尾が発火し、
水中で炎がともる、
そしてここで、
私は始めてどもる、
今日は
重力が晴れている、
まるで、
追い落とされた
最後の生き物たちが、
簡単な会話をすませて、
家を焼くように、
そう、今日は祝祭、
村一つ
首二つ、
生きている人間はもういない、
皆、死んでしまっているのだから、
あの懐かしい腐臭がする、
そう、まだ私たちが、
野兎を追いかけて、
悶絶しながら、
射た弓が
返し矢となって、
胸をいるように、
腐臭は記憶なのだから、
それをすって、
記憶になるまで、
私たちは何も知らない、
今日は雨が降っている、
世界と切り離された批評家の運命を、
笑うには最適だ
毒を飲め、
首七つ、
村一つ、
刈り取られる、
植え替えられる、
鉢の中で、
にこやかに笑っているのは、
私の知っている人だったり、
私だったり、
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20080225_523_2627p
- まーろっく :
たとえばこれがインカの神話だとすると出てくる数字とか比喩とか矛盾とかいっしょうけんめい読み解きたくなるわけだ。読み手は暗号解読員になってくれる。
でもこれが詩作品だとするとそこまで駆り立てられるものがない。神話っぽいギミックだなと思ってしまう。しかしそれは仕方のないことなので神話に似せて書くのではなく虚構の神話なのだということをふまて書くべきなのだろう。それは神話の虚構性に逆側から迫っていく作業のようなものだ。 ('08/02/26 21:27:10)
- いかいか :
神話的な物語が好きだから、そういうものは出ているとしても、ぶっちゃけ、現実の今、目の前にあるものについてかいてるよ。そもそも、神話を意識して書いても、僕らはおそらく、神話を書くことにおいては反復できないし、百年前のことなんだから、そこには絶対嘘が紛れ込んでくる。虚構性という意味でなら、その反復できるはずなどない百年前の神話に入り込んでくる現代でのうそだろうが、俺は断じて神話を書いているわけじゃないよ。神話の虚構性に逆から遡るなんてのは浅いよ。そこじゃなぁいよ。虚構性があるとするならね。 ('08/02/26 22:37:44)
- いかいか :
あぁ、文章がおかしいな。
百年前のことなど、正確に反復などできない。ましてや、神話などは特に、それ故に、現代でもし私が古代の神話書こうとしても、そこには絶対現代に生きる私自身に拠って嘘が紛れ込むから、神話の虚構性に逆から遡るなんてことは実はありえない、虚構性そのものは、正確に精密に反復できないものを反復したかのように振舞った時に始めて出るだけ。
('08/02/26 22:44:05)
- 雨の実 :
>今日は雨が降っている、
>世界と切り離された批評家の運命を、
>笑うには最適だ
>毒を飲め、
ここが「言いたい部分」だと想定した場合に限って、ある程度は成功しているように見えます。それは、他の部分を全く読む気になれないから。
そこだけ書いて作品にしてほしい。いずれにしても評価は同じだろうから。
私のショボイ想定の中だと、周囲の文章に意味を見出そうとする気にもなれません。
作者がこれだけのことを書き連ねた・・・、そこを(雰囲気さえ)汲み取ろうとする熱が、私の中には全く沸き起こってきません。
世界と切り離され(て見え)た言葉たちの運命を、笑ってよいやら、嘆いてよいやら。 ('08/02/28 21:48:55)
- いかいか :
前も言ったけど、貴方みたいな人のためにそういう一文は挿入しているのよ。 ('08/02/28 22:16:08)
- いかいか :
意味が明確で、主語も明確で説明的なものを書かないと読まれないのが腹立つな。散文形式で埋め尽くすかのように書かないと読まれないのがマジでいらついたりするが、だから、極道で賞もらったときに落胆したんだよ。もうまじで嫌になった。 ('08/02/28 22:18:53)
- 雨の実 :
いかいかさんへ。
>前も言ったけど、貴方みたいな人のためにそういう一文は挿入しているのよ。
私なんかのためにありがとう。
>意味が明確で、主語も明確で説明的なものを書かないと読まれない
とも限らない場所です。私個人に限っては、大いに当てはまる見解ですが。
苛立ちと落胆。その先で、もしもまた何か伝えてもらえることがあったら、作品でそれを見たいです。かつて青ざめたことのない、私でも。
先なんかないよ、っていう落胆なら、それこそもう、見飽きてしまいました。 ('08/02/28 22:38:57)
- いかいか :
君には伝えることはないよ。どうせ、自分の知っていることしか「分からない」なのだから、そういう場合は、伝えるそれ自体が不可能だし、詩なんてコミニュケーションの断然なんだから、「伝える」「伝わる」なんてものじゃねーよ。先なんかないよ、って君みたいな読み手には、それこそ先も後も関係ないよ。前も、貴方には突っ込んだけど、もう君みたいなのは見飽きた。 ('08/02/28 23:13:45)
- いかいか :
まぁどうせ、こんなことかくと、またのこのことテクニカルターム連発でまるでタームで埋め尽くすかのような批評をしている彼が出てくるんだろうけど、文句はもういいよ、もうまじで嫌になってきたぞ。
とりあえず、はっきりいしようや、論理形式やタームで空白を埋める批評をやるのか、説明的で主語が明確で小学生に諭すような詩しか理解できません、「主語が不明瞭で読めません」なんていう糞みたいなこと言う奴が正しいのか、まぁどうせもよいが、なんていうか、マジでいらつく。 ('08/02/28 23:21:53)
- いかいか :
俺が人を馬鹿にするために書いた作品ばかりが評価受けるのは仕様なのかどこでも。俺の皮肉が、馬鹿みたいに「良いね」や「すごくいいです」とか言われるのは俺がマヌケすぎるのか。はっきりしてほしいな。 ('08/02/28 23:23:48)
- いかいか :
もう、日本版劣化アドルノになりそうで、人生が嫌になってきそうです。アドルノがいった、民主的主観性の根本原理、アウシュビッツを可能にし、アウシュビッツでの合法的な虐殺をまぬがれた人たちがその後も生きていくことを可能にする「冷酷さ」―彼が言ったように、学問、芸術などが、人の精神を革新できずに、アドルノがいう「何百万という管理された虐殺」をもとらしたもの、とりあえず、同一性に還元して抹消するのはもうやめにしようや。無論、俺も野蛮人そのもので、面白いか、面白くないか、というものに還元しているわけだけど、もううんざりだわ。そもそも、野蛮人以前の問題なのかもしれない。
あーもう嫌になった。やめたやめた。 ('08/02/28 23:32:06)
- 軽谷佑子 :
人を馬鹿にするために書いた作品が受けるのは、意識的にせよ無意識にせよわかりやすく書くからでしょう。わかりやすく書いて、良いねって言われて、それに突っかかるのはマヌケなんじゃないだろうかと思うんだけれども、
主語が不明瞭なせいで読めない、どこかにあるらしい作者の意図、作者の背景、がわかりにくくて好かない、といわれるようなものをわたしも書くので、そこだけはなんとなく味方したい気分になるけど、どうもいかさんは「それでもわかろうとしてくれよ」って言っているようにみえる。肝心なところで黙ってない。 ('08/02/28 23:45:22)
- 吉井 :
マヌケすぎるんだよ。馬鹿みたいに凄い絵描きがいたけど、やつは決して絵を公開しなかった。その線で行ったら、うん。
雨の実さんが例を示した部分は、いらない全く余計だったね。 ('08/02/28 23:54:33)
- fluke :
意外につまんねえやつだな、おまえ。
negativlandでも聴いて元気出せおい。http://youtube.com/watch?v=23HfAHSKWlk ('08/02/28 23:57:57)
- いかいか :
分かってくれとは言わないが、作者の意図や作者の背景や主語が不明瞭であることは、読むことにおいてそんなに問題にならないはずなんだよ。それを、わざわざ「それ故に」なんていう言い方で拒絶するのはおかしいだろうと、お前ら、他人のことなんてエスパーでもないんだからわかるわけがねぇし、さらに、自分の心なんて自分でもわからねーよ、そんなのは当然の前提なんだから、それは「読む」ことにおいて問題にならない。逆に、問題化するなら、なぜここで、こうなるか?、なんていう、思弁的でもかまわんし、誤読でも良いから、読んでいくことが読むことや批評じゃねーのか、と、詩を書く場合でもそうでしょうが、そういう基本的な事すらできずに、まともな詩なんて書けるわけがない。作者は、読み手でもあるのだから、誰もがはじめから生まれたときから、誰の作品も読まずに、書き手です、なんていうどこの生物?みたいなやつはいないわけだし、そういう意味で腹が立つわけ。
マヌケなのは分かった上で、コチトラも何度も、「お前ら俺は馬鹿にするために書いた」ってのはマヌケを分かった上で言っているのに、それでも「良い」と言える人が俺には理解できないわけよ。こんなの書いたら喜ぶんでしょう、と、お前ら馬鹿にされているものをなんでそう評価するとかいえるんだと、で、釣られたら、軽くスルーぐらいしかしないわけで、そういう態度で何が極道ですとかと批評ですとかと、俺は思うわけですよ。 ('08/02/28 23:59:43)
- いかいか :
悪いけど、マヌケでも俺は怒る人なんで、それこそ「冷酷」には成りきれないんで、凄い絵描きが絵を公開しなかった、なんていう、まるで禁欲的な聖人みたいな物語こそ軽蔑するよ。人がそういう美談というものに一種の畏怖を覚えるのは当然だろうが、そこにいったい何がある?ナルシストども死ねよ。 ('08/02/29 00:02:02)
- いかいか :
別に作品を認められないとか、評価されないのはかまわないが、とんちんかんなことを言われたら切れるだろう。神話の虚構性とかてめぇ、エリアーデやジンメルだとかの研究だとか柳田とか国家神道の成立だとか民俗学や人類学の研究を知った上で、虚構なんてやすやすといえるのかとか、逆にさかのぼる、とかそんなのありえねぇよぼけが!とか、神話なんて反復できねぇんだよ現代じゃそもそも!それと神話の虚構性と現代で反復を意図として描かれた神話の虚構性は別だろうがくそが、とか、主語不明瞭だとか、説明的でないと読めないとか、どんだけお前ら禁欲的な読みしてんだ、てめーら文献学者とか、作品が認められない罵倒されるとかは別にかまわん、ただ、それ以前の問題できれてるだけだ。 ('08/02/29 00:11:13)
- 吉井 :
もちろん馬鹿にしていってるのさ(笑い) ('08/02/29 00:12:07)
- 軽谷佑子 :
>それでも「良い」と言える人が俺には理解できないわけよ
馬鹿にされた、っていうのはなんとなくわかるけどまあ技術的にはうまいよね、
っていうラインが文学極道にはあるとわたしは理解しているんだけど、
そこはたぶん(ことば悪いけど)かなり機械的なもので、なんでそれでうまいっていうんだよ、お前マジ馬鹿かよ、っていう個人的なところまで突っ込んでいないんじゃないだろうか、
いかさんのいう「読んでいく」ということはまったく正しいと思うけど、少なくとも今表に立って文学極道で講評しているひとたちは、それを表にしないと思うんだよ、そこに腹を立ててもな、と思う。 ('08/02/29 00:14:05)
- いかいか :
>吉井
カスは黙ってろ
>軽谷
本当はうまい作品なんて一番糞なんですよ!。表にしないのは、保身のためだろうが。あたって砕けろじゃねぇか!何が論理だ形式だ、テクニカルタームだ、そんなもので空白を埋めようとびびってんじゃねぇ!空白を埋めるスキルなど必要ない。必要なのは余白、余剰だろうが。パズルワークじゃねぇんだよ。機械的に生産するぐらいなら、無視すりゃいい、それがもっとも残酷で厳しい罵倒だろう。 ('08/02/29 00:19:57)
- fluke :
>必要なのは余白、余剰だろうが。
よし、つながった。つまり、ディンガーのアパッチだな ('08/02/29 00:24:30)
- いかいか :
俺かってある意味で、毎度毎度、表だって当たって砕けろで殴り合いの一番手で火付け役みたいな役回りばっかしてるわけだが、論理なんて後回しでかまわんよ。どうせ、役に立たないところではまったく役に立たないのだから、本当に役に立つのは、もっと別のものだろうが、と、いや、役に立つといってしまったら道具的、生産に先立って意図が先行しているから言い方をかえるなら、信じれるものは、論理でもなんでもなく、信念だとかそういうどうしようもねー古臭いものだろうがよ、と。その部分を見せてみろコラ!と思うわけ。 ('08/02/29 00:24:42)
- いかいか :
もうよい。このスレも凍結しといてくれ。また、当分、消えるわ。 ('08/02/29 00:41:28)
- 黒沢 :
思ってること書いちゃおうかな。蛇足だろうけど。
実際、「何が書かれているのか」に主眼をおく読者の多さには、びっくりするよね。これはつまるところ、作者からみると意図に属する部分であって、読者からすれば、理解=納得可能かどうか、己の好みにあう言説がなされているかどうか、このへんを判定しているにすぎないと、よく思う。(そもそも、表現のうすい面だけをさわって、好きな雰囲気です、なんていうのも多いけど、それも自由だとは思う。)
で、別の視点もあるわけで、この掲示板でもちらほら見かけますが、「ほんとのことが書かれているか」が気になる読者。有体にいえば、感じたままを書いているか。
嘘のなかにマコト(真)があって、マコトのなかに嘘がある、っていえば場末の演歌みたいだけど。あの賞をとってた作品、いかいかさんは「馬鹿にするため」と言っているが(ま、半信半疑で私は聞いてもいますが)、書き手の本気が透けて見えるんだよね。それが書いている瞬間だけの本気であっていいし、作者が意図の領域からそんなの嘘だよと、いってくれても一向に構わない。詩に限らずアートは実践=実演だと私は思ってて、書くという行為の現場で、どれだけ話者が、或いは重要な道具立てが、作品内部でまざまざと<生きているか>、これがポイントだとどうしても思ってしまう。
ま、書き手の側から言うと、この二つの類例の読者を自分の内部に感じながら、バランスをとってるってところだと思うんだけどね。優れた読み手も、恐らくそうなのだろうなと、こっそり想像していますが。
最後に、いかいかさんのこの詩についてだけど、やっぱり「ほんとのことが書かれていない」気がしますね。生きていない。ただ、最近ここで読んだいかいかさんの作品のなかでは、いい方だった。吉岡実の「僧侶」の焼き写しですかね。
それと、いつも思うんだけど、作品の体裁なんか放り出してしまえという書き手としての姿勢には、迫力を感じています。ちょっと雑な感じの部分があるんだけど、別にいいと思う。 ('08/02/29 01:36:22 *4)
- 比呂 :
>今日は
>重力が晴れている、
>まるで、
>追い落とされた
>最後の生き物たちが、
>簡単な会話をすませて、
>家を焼くように、
>そう、今日は祝祭、
>村一つ
>首二つ、
>生きている人間はもういない、
>皆、死んでしまっているのだから、
>あの懐かしい腐臭がする、
>そう、まだ私たちが、
>野兎を追いかけて、
>悶絶しながら、
>射た弓が
>返し矢となって、
>胸をいるように、
この二連好きでした。リズムが簡潔で音がいい。描写も感傷的で美しい。
あと一点希望を述べるとすると「、」を入れることで記号の効果、またはヴィジュアリティの有効化を一端図ったんであれば、今よりもう更に彫られることを期待させられてしまうとこ。凹凸失くすなら失くせばいいし、彫るならもうちょっと溝溝しくして欲しいなとぼく思いました。
イカイカ氏が真面目に書いたと言う場合のものの傾向として、どんどん具象性の消えていくことを感じてます。物性とでも言いますか、物の質が持つかんじが失せていく。この詩を例にとれば、「顔」「村」「首」「田畑」などが特にその指示範囲が広大であるにも関わらず、それを支える手応えをもった形容詞節が悉く見当たらない。質の持つ、触覚、臭気、熱、色、味、形状が褪せて、全部ぬーべーしてる。これは意味性(あるいは意義性か)のわかるわからないの問答ではない。
先に引用した連では形容に味付けされた「最後の生き物たち」「懐かしい腐臭」などは灰色気味にでも想像しやすく、灰色であれ黒よりはサチュレーションは高いのはあたりきなわけなので、その辺には喚起力を感じます。例えば、最後の生き物達ならぼくは、安直だけど、栗鼠とか羊とか、毛を持つ、獲物になりやすい物を、その潤んだ瞳の透き通った残酷性のようなものを、覗き込んでみたし、懐かしい腐臭と言われたら、こう、糠とかくさや的な黄色い、おげってくるけど意外とご飯の進むよな物の美味しい邪悪な存在感を感じましたし、、まあ、想像力乏しいのでちょっと勘弁して欲しいんですけど。。
と、まあここまでは実直簡単な話なのですが、なぜ具象性をそこまで悉く消すよな身振り示したがるんだ、というところも同時に思っていまして、概念や語の指示内容やらを超越したものを念頭に置いているのかな、と思いましたがその辺には興味がややうすく分かりませんのでこのへんで。とりあえず引用したニ連は好きであります。ではでは。失礼します。 ('08/02/29 13:03:29 *5)
- いかいか :
あー、やっぱむかつく。次出す作品で何人かまとめてこれから批判する。詩を書く人間として、書き手として、勝手な礼儀で作品でまとめて応答する。 ('08/03/01 23:37:01)
- みつとみ :
読み:「彼の顔は引きがされてはいないが、」はすこし意味不明。「引きがされていない」?
「世界と切り離された批評家の運命を、/笑うには最適だ」この「批評家」の部分「あのおかしな文化人類学者の詩、」の「文化人類学者」は、直接的過ぎて疑問点。読点をほとんどすべての文末に入れ、句点を最終にも入れないのは、神話(民話)が継続していくものとしての、そしてストーリー性においては書き換え可能なものとしての、意味合いもこちらでは自由に察せられるという点で効果があると思う。言葉とイメージから民俗的な物語(性)のようなものを感じる。ラストの「鉢の中で、/にこやかに笑っているのは、/私の知っている人だったり、/私だったり、」はブラックな皮肉(諧謔)ともとれて、イメージ的(視覚的)にもおもしろいと思う。
作品全体として大方、よく書けているという点では評価できる。(一部に疑問点などがあるとしても。)
なお、わたしはここで今回の作者とレッサーのコメント等は一切、関知しない。作者の意図も怒りも、取り上げない。わたしという読者にとって、それほどはこれらのことは重要ではない。作品に興味を絞りたい。わたしにとって、作品はおもしろいか、おもしろくないか、ぐらい、しかない。以上です。 ('08/03/02 13:53:53 *1)
- ケムリ :
いい加減、このカスに餌投げんのやめろ。
コミュニュケーション不全のガキが、世界に向かって俺を認めてくださいと、クッセえ一人芝居を続けてるだけだ。何か言ってるようで、何も言ってないんだよ。何一つ成せないハンパ者は、もういい。エリアーデやジンメルのタームは大事で、俺のタームはゴミとな。ははは、アカデミズムのおいしいトコどりだな。
帰れよ、能無し。
あと、餌投げてる連中。いい加減わかれ、こいつはカスだ。場を汚すな。 ('08/03/03 04:09:49)
- ケムリ :
ついでに言っとく。
馬鹿にすることも技術だ。俺は俺に向けられた悪意を公言する作品であれ、それが俺にとって優れたものと感じられたなら、役柄の上のものとしてそれを評価する。また、同時に作品は一つの明確な意図に貫かれていることを、読者は強制されないという読解の流儀の上に立って、俺は評価もする。つまり、書き手の臭い自意識なんざどうでもいい。これで回答の一切は終わりだ。
以後、このカスだけは延々としゃべるだろうが。
諸氏は相応の判断をとってもらいたい。ここでは、個より場が優先される。それは、上記した詩の評価基準にも現れているとおりだ。念のため付け加えておくが、カスが書いたものであれ、良い作品は相応に認める。それ以外の正義なんてものはこの場にはない。文句がある奴はママの尻でも舐めてろ。 ('08/03/03 04:18:03)
- いかいか :
じゃ、君はどう思ってんの?俺の言説の批判はどうでもいいけれども、この作品に対する評価はどうなってんの?(笑)。もし、君が何度も繰り返している上記発言を理解させようとするなら、言説のあり方を批判するのではなく、作品に対する評価のみを、君は表明すれば良いだろう。
後、エリアーデを読め、といってるだけで、彼のタームを並べただけの意見を言えとはいってないよ(笑)。認めろとはいっていない。何度もね。俺が反発しているのは、自分自身の作品の悪評や低い評価ではなく、評価している側が、マヌケにも神話を持ち出しておきながらその神話それ自体に対するおおきな過ちだったりしてるわけだし、読者は神様だとは俺は思ってない、批評や評が反論されることもあるだろうし、評に対する評もあっていいはずだろう。
俺は君のようにタームをチャート式に書き出すようなスタイルは捨てているし、極道では例えば、ミドリさんがもっとも悪質で低脳なやり方でそれをやちゃってるけど、理解するってのは、そういうことじゃないでしょ。君も思想書読んでるならね。
とりあえず、俺が読者に切れるのは、相手のマヌケな知識や大きな誤解に対してだったり、態度だったりとね。作品に対する評価に反発してるわけじゃなぁい。 ('08/03/05 10:17:47)
- いかいか :
もうはっきりいえば、何一つ成そうとは思ってないね(笑)。つまり、落第者ってことだよ。君の言うようにカスかもしれないが、そういう生き方を選択することも人にはるってことだろう。そういう選択をしたことを君に批判されたくはないな。まさに、君が自分の不幸な境遇を最終的にはひっぱりだしてきて、自分の言説を強化するように、まぁ、そこまではしないが、俺は誰にこのことを理解してもらおうとは思ってないから。
ただ、何一つ成そうとは思ってないよ。君は何かを成したいんだろう、だったら、そうすればいいが、何も成さない、という選択や決断をすることも、何かを成したいということと同質にすぎない。
弥勒が君にも微笑めばいいね。56億7000万年後の世界でまた会おうじゃないか。 ('08/03/05 10:23:40)