ありもしない町で、あなたはタクシーを降りる
花嫁だというのにあなたを迎える人はいない
あなたは、ありもしないわたしの郷里で
ありもしないわたしの家をさがす
タクシーは色あせた舗装路を駆け去ってゆく
日傘の薄い影の下であなたは
後部座席のカバーの白さを思い出すことだろう
もうあなたはそこに座ることは無い
めざとくあなたを見つけたのは
ありもしないわたしの家の
ありもしない斜向かいの
ありもしない魚屋の親父で
濃い血の色に光るカツオのはらわたを
際限も無くあふれでるはらわたと臭気を
包丁でかきだしながら見るものだから
あなたのブラウスはもうだいなしだ
あなたは泣きたい気持ちになっている
しかしありもしないわたしの家を
探しまわらなければならない
隣人の、傷口にさえ舌をあてがう人々の
同じ顔をした(ああ、まったくわたしと同じ顔の!)人々の
あいだをあなたは歩き回り、たずね回り
好奇と、警戒と、嘲笑にさらされてやがて、
陽が牛の吠え声のようなサイレンの音に
溶けてゆくのを目にするだろう
婚礼の場も、宴席もここにはないのだ
あなたは花嫁だというのに
しかしわたしは見ているその一部始終を
町外れの丘の、ありもしない先祖の墓にもたれて
あなたを欺いたわたしの頭を
墓石にうちつけながら
- d :
花嫁の相手であるべき語り手が、ありもしない街と、その実在の根拠を問われている、というか存在しないも同然の男として存在しているわけだが、どういう心境でこの詩が書かれたのかは解らないが、自虐はほどほどにしたほうがいいとは思うが、純粋に面白かった。達筆で読みやすいしな。
構成はどうだろう、最初の2連と最後の4連だけの印象だったら静かに良い作品で終わったと思うが、4連目あたりで強烈な亀裂が記されており、「カツオのはらわた」「臭気」「包丁でかきだす」と多少くどく畳み掛けるように生臭いことが書かれており、不在の花婿の花嫁とか、没故郷的な事柄の白い清潔なイメージを著しく阻害している。このトビはあったほうがいい、インパクトがあるとは思うのだけれども、もう少し節制して、くどくならない程度に、あっさりと一瞬亀裂を灯らせた方が効果があると思う。臭気まで漂うのはくどいと思いますよ。 ('05/07/13 18:33:40)
- tomo :
ありもしない というイクスプラネイションが一行の半分を占める。そんな叙述が幾度も繰り返されている。何か意図あってのことだろうか。私は思うのだが、それでは掠れる飛行機雲のようなこの詩の場景がさらに一層劣化してゆくしかないし、包装を解かずに言葉を置くことは表現者の怠慢に他ならないのではなかろうか。
終二連の渇いた心に微風を当てるような叙情はどこかエリュアールを髣髴させるものがあり私には心地よかった。 ('05/07/14 02:05:18)
- まーろっく :
この詩は入沢康夫の「擬物語詩」のコンセプトに刺激を受けて書いてみました。擬物語詩とは物語を仮装しつつ、展開される出来事の背後に強烈なイマージュを生じさせ、自己完結的なオブジェの構成をめざす作品、と半ば自己流に解釈してみた。むろん僕にとっては未消化なコンセプトであって、実作に反映できたとはとても言えない体のものです。
この作品では花嫁が見知らぬ夫の故郷で夫の家を探し歩くという非現実的な
事件を仮構の話者である「わたし」が語ってはいるけれども、そのストーリーの伝達は作品の目的ではありません。その背後に、故郷の喪失感、実在の不安、共同体への愛着と嫌悪といったごちゃまぜの名状しがたい情動、詩によってのみ書きうる情動を放電してみようと試みたのです。
しかしながらdさんには実在の不安感といったあたりは感じてもらえたようですが、「自虐はほどほどに」と私詩的に読まれていたのには少しとまどいました。しかし、作者としての僕の深層には自虐的心理は確かに働いていました。tomoさんがご指摘の「ありもしない」の連呼の部分は確かに非現実的
事件であるということを作者が自身に言い聞かせているような語句であり、
非現実的であるということを言わんがために「ありもしない」はそのまんま
といえばそのまんまではあります。「ありもしない」事例を言葉の関係によって作り出すべきであったと思います。
おふたかたご批評どうもありがとうございました。 ('05/07/15 01:25:56)