のんちゃんの映画を観たんだ
アニメの主役を演じてたんだ
日本が戦争をしてた頃の物語で
マンガが原作らしいんだ
のんちゃんは昔は本名だったけど
大人の事情で今はのんちゃんなんだ
それはともかく
映画はとても面白かったんだ
笑って泣いて感動したんだけど
本当はちょっと怖かったんだ
みんな平和に暮らしていたのに
少しずつ戦争に慣れていくんだ
食べ物が配給になることにも
いつもお腹が空いていることにも
千人針や出征祝いや万歳三唱にも
防空壕を掘ったり疎開することにも
竹槍演習や防空訓練にも
毎晩のように続く空襲警報にも
やがて本当に飛んできた敵機にも
降り注ぐ爆弾や焼夷弾にも
知っている人が焼かれることにも
大切な家族の戦死公報にも
異常なことばかりなのに
それが日常になっていくんだ
そうして、すっかり戦争に慣れた頃に
最初は広島に、
続いて長崎に、
取り返しのつかない爆弾が落ちて
ようやく戦いが終わりになったんだ
みんな色々なものを失ったけど
もう空襲警報のサイレンは鳴らないんだ
最後に新しい希望が家にやってきて
物語は静かに幕を閉じたんだ
僕たちは満足して映画館を出たんだ
あまり、きれいではない空の下で
あまり、きれではない空気を
胸いっぱいに吸い込んだ時に
いきなり
みんなのスマホが鳴り出したんだ
それは僕たちの時代の空襲警報
どこかの国のミサイルが発射されて
もうすぐ僕たちの街に落ちるらしいんだ
のんちゃんの映画で終わった戦争が
のんちゃんのいる現代に蘇ったんだ
僕たちは防空壕の代わりに
地下鉄の駅を目指して走り始めた
何人かはスマホで空を撮影している
そんなことをしていたら死んじゃうよ
バラバラになった君たちの死体を
あとから僕たちが撮影しちゃうよ
だいじょうぶ、僕たちもすぐ戦争に慣れるさ
そして大切なものを次々に失いながら
取り返しのつかないことになる時を
ただ息を潜めて待ち続けるんだ
その後に平和はやって来るのかな
その時に僕は生きているのかな
僕はダメでも、のんちゃんだけは
今度も何とか生き残ってほしいな
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20170429_343_9577p
- 北 :
平和すぎて自殺しかすることなくなった感を想いました。 ('17/04/29 12:43:09)
- アラメルモ :
「のんちゃん雲に乗る」。
もうずいぶんと昔、小さい小さい頃、広い体育館に座って児童全員で映写機を観ました。
年がわかるなあ(笑)モノクロームで内容は全然覚えてもいない。わけもわからず騒いでばかりいたような記憶っちゃね。何故か哀しそうなのんちゃんが雲の上で笑顔を取り戻すファンタジーのような。主人公だった鰐淵晴子の、垢抜けて凛々しい日本人離れした可愛いさだけが眼に焼き付いて、のんちゃんという主人公の名前はいまでもバイブルのように心に残っています。
戦時下の出来事だったんですね。改めて振り返らされると、はっ!とします。
後になっても内容を把握して置かなかった自分が悔しい。
朝鮮半島の問題はいつか大きな火種となって再燃するだろうと思っていました。
それが現実と成りつつある。あの国は内部から崩壊するだろうと皆が高を括っていたのです。
隣人からしてみれば、内部から変わるのが一番いいシナリオなのだが、そのような兆候もみられない。
北の出方によって米国による攻撃の可能性は強まっていくばかりです。
武器を所有した危険な相手。どうしても言うことを訊かない相手には暴力で抑えつける他手立てもない。我々もそれを認めてしまう。
その危険度はかなり高まっていますね。我々も覚悟しておいたほうがいい。戦時下の貧しさ息苦しさ。経験から危惧している人間は、この詩のように本気で心配しているでしょう。
今後どのような事変が生じるのか、わからなくなってきました。 ('17/04/29 14:41:59 *9)
- 尾田和彦 :
今日知り合いの自動車ディーラーのところへある相談へ行っていたんですが、
その田舎の町では自殺が多いらしいです。
理由は例えばこういう事。
女性の首つり自殺者の話。
旦那さんが自衛隊の人で、家を空けていることが多く。奥さんは、寂しくて
その心の穴を埋める為に、パチンコ依存症になり、挙句の果てに多額の借金を
作ってしまう。
やがてそれが旦那さんにバレる。
悩んだ挙句その女性はパチンコ店のトイレで首を吊る。
寂しさのあまり、お酒やギャンブルなどの依存になり、経済的に困窮し、やがて
それが自殺の引き金になる。
ごく平凡な、小さな町の出来事。
ぼくらは平和であれば、「何でも良い」という考えを改め、「平和の質」という
ことまで考えなければ、その振り子の錘がいつ戦争の側に振れてもおかしくない
のだ、ということに寧ろ気づくべきだと思います。
米国の民主主義がトランプを生み。それが国家の暴力を無責任に許容する現状を作り
出す。完成形の民主主義が、人類を破滅に導く。
そういった皮肉が、現実のものになっておかしくないような危うさがあります。
ところでこの作品ですが、「のんちゃんの映画」を懸け橋にして、第二次世界大戦と
�狢荵絢\こβ臉錙蹐鮓譴觧迭櫃韻砲覆辰討い泙后�
それはそれでぼくは一つの作品として良いと思うのですが、やはり食い足りない部分
が大きい。なんというかモチーフに対する切り込み方がやや陳腐。
それが作品の説得力の弱さの要因だ。とは言い切れませんが、一つだと思います。
>映画はとても面白かったんだ
>笑って泣いて感動したんだけど
>本当はちょっと怖かったんだ
>みんな平和に暮らしていたのに
>少しずつ戦争に慣れていくんだ
例えばこういった韻の踏み方や、パラグラフごとの文脈の展開の仕方が単調で、
メリハリに欠ける、といった技術的な問題もあるような感じがしました。 ('17/04/29 21:26:50 *1)
- 黒髪 :
みなさんずれてますよ。
无さん、分かってます。
「この世界の片隅に」はいい映画だった。 ('17/04/29 21:35:15 *1)
- アルフ・O :
↑うん、ここまで誰もそれに言及してこないのが不思議だった。自分は諸々の事情で結局劇場で観れずじまいだったけど。(かなり最近まで上映してるところもあったのになぁ…無念)
あとは宮尾節子氏の「明日戦争が始まる」もやっぱり頭を過ぎった。そういう人は結構いそう。
時事ネタ絡めた作品でここまでうまくまとめるのは地味に結構すごいと思う。 ('17/04/29 21:42:36 *1)
- アラメルモ :
なんで今ごろこんな古いものを・・?
そうだ!「のんちゃん雲に乗る」は戦時下の出来事でもない。広島や長崎の映写なんて覚えてもいない。。勝手にだまされた。撤収だ、撤収。(笑)
アニメばっかしみるんじゃねーよ。汝の在るべき姿に戻れよ(さくら) ('17/04/29 21:50:31 *2)
- 无 :
北さんへ
全人類が飢餓や貧困や病から解放された理想的社会で、なぜか自殺や殺人事件が多発するというネタはSFで良くありますね。もしかしがら究極の平和って、死にたくなるほど退屈なものかも知れませんね。読んでいただいて、どうもありがとうございました。
アラメルモさんへ
「ノンちゃん雲に乗る」は子どもの頃に原作も読んだし、地域の集会場で映画を観た記憶もぼんやりと頭の片隅に残っています。あの作品は、確か戦前の物語だった気がします。あの時代の日本人は、独特の言葉遣いをしていてそれがけっこう気に入っています。北朝鮮に関しては、アメリカの工作による私もクーデターなど内部崩壊を予想&期待していました。アメリカとの武力衝突により北朝鮮の実質的な独裁政権が崩壊したとしても、日本国内に潜伏している工作員やスリーパーによる絶望的なテロが始まるかも知れない。本当に悪い意味で予測できない状況になってきました。
あと、詩というのは発表した瞬間にもう作者個人のものではなく、読者が好きに料理して良い素材となります。「これが正解」という解釈はありません。アラメルモさんのコメントは、私の思いをきちんと読み取っています。さくら可愛いよさくら。読んでいただいて、どうもありがとうございました。
尾田和彦さんへ
もしかしたらご存じかも知れませんが、「最終兵器彼女」というマンガ(&アニメ)には、けっこう重要や人物としてテツという自衛隊員が登場します。彼の妻であるふゆみという女性は、尾田さんが書かれていたような理由から浮気で寂しさを紛らわそうとします。まあ、この作品の場合は、すでに世界が終わる直前という絶望的な状況なわけですが。
尾田さんの指摘されたように、この詩は「この世界の片隅に」という第二次世界大戦を舞台にした映画を見終わった語り手が、第三次世界大戦の始まりを知るという構成です。主人公は「夏目友人帳」的に表現すれば「現在ド平均の成績あたりを波のようにたゆたう彼女ナシの高校生、あるいは大学生」という設定なので、正直あまり頭が良い方ではありません。その辺を何とか表現しようとしたのですが、私の技量不足によって単なる物足りなさにつながってしまったようです。読んでいただいて、どうもありがとうございました。
黒髪さんへ
このまま誰も気が付かない、あるいは気が付いてもスルーしたままだったらどうしようかと思っていました。「この世界の片隅に」は原作の頃から好きな作品でした。映画は一部のエピソードが予算の都合でカットされたものの、それ以外は完璧でした。私は3回観に行きましたよ。あの幸せなエンディングのままでいてほしかったのに、映画館の外に出たら次の戦争が始まってしまった。このオチは、すずが終戦の時に「何も考えんと、ぼーっとしたままのうちで死にたかったなぁ」と慟哭するシーンと、「アルジャーノンに花束を」のラストをミックスしたようなイメージです。読んでいただいて、どうもありがとうございました。
アルフ・Oさんへ
「シン・ゴジラ」や「君の名は。」の時も実感しましたが、やっぱり映画は映画館で観るのがベストですよ。場所によっては、まだ上映している映画館がけっこうあるみたいです。私の住む地域では終わってしまったので、今はブルーレイの発売を待ちわびています。宮尾節子さんの「明日戦争が始まる」は、正直意識していませんでした。というか、私の世代では「第三次世界大戦」とか「核戦争」というのは子どもの頃からの「不安な未来」だったからです。たとえば「世界大戦争」において、フランキー堺演じる主人公が家族との「最後の晩餐」の後に「俺は妻を、子どもたちを幸せにするんだ!」と絶叫するシーンは、幼い私にとって強烈な印象を残しました。その他にも、「明日の戦争」をテーマにしたマンガ、小説、映画は星の数ほどあったのです。でも、やはり私の詩は宮尾さんの作品には遠く及びませんね。読んでいただいて、どうもありがとうございました。 ('17/04/30 17:12:36 *1)
- 鳩村 :
他の方のコメントは、読んでいませんが・・・。
テーマが、あまりにも時事的に過ぎ・・・筆力そのものは、あると思います。しかし、これほどまで丁寧に、明快に、思想が語られた言葉を、詩として読むことに、ためらいを覚えます・・・。ああ、作者は誠実なのだな、と、好感度は、高いのですが・・・。 ('17/05/04 19:39:53)
- 无 :
鳩村さんへ
鳩村さんのコメントを読んで、
1.この詩って、そんなに思想を語っちゃっているのか?
2.それ以前に、詩で思想を語ってはいけないのか?
3.「思想が語られた言葉を詩として読むことにためらいを覚える」というのも、またひとつの思想ではないのか?
といったことを考えました。そもそも結果的に時事ネタを扱った形になりましたが、全体の骨格は北朝鮮のミサイル云々が世間一般で騒がれる以前に出来あがっていたものです。それから、私自身は元ネタとなった「この世界の片隅に」と同様に作り手の思想がなるべく入らないように心がけたつもりではあります。戦争反対とか以前に、「いつの間にかこんな状況になっているけど、それについて君たちはどう思うの?」いう感じですね。読んでいただいて、どうもありがとうございました。 ('17/05/05 14:24:10)
- 芦野 夕狩 :
読ませていただいて感じたのは
音が汚い
ということでした
音が汚いので内容が入ってこない
ものすごくいい歌なのかもしれないけど
歌っている人が音痴、みたいな
なので、もう少し読み手が
内容よりも外見から
入ることができればいいのではないか、と
拙いながら思いました
失礼致しました
芦野 ('17/05/06 02:02:14)
- Migikata :
无さん、こんにちは。
ありゃー、映画の感動を詩で人に伝えるのって難しいです。
僕たちがこういうところでこういうことを述べるのって、時代の大局から見たら戯言かもしれません。でも、それでも何か言いたい。
だって、僕たちが戦争によって死ぬ時って、おそらく肉体が死に侵犯される直前まで戯言を言い合っているからです。
その時の戯言を今ここで言うだけ。
これは芸術や詩の巧拙の次元とは別の大切な行動だと思うんだけどな。
いやぁ、ともかく僕はそういう態度で読んだんですよ。
書いてあること、すべてその通り。 ('17/05/06 19:14:04)
- 鳩村 :
无さん
1.この詩って、そんなに思想を語っちゃっているのか?
国民が、政治に無関心でいたら、気付かないうちに、大変なことになってしまうぞ、という、警鐘を鳴らしているようにしか、読めませんでした。「いつの間にかこんな状況になっているけど、それについて君たちはどう思うの?」とのことですが、それは単なる問いではなく、「だから関心を持て」という、ことではないのですか。少なくとも、そう思われて、仕方がないでしょう。
2.それ以前に、詩で思想を語ってはいけないのか?
わかりません。私は、「思想」と呼べるほど、はっきりしたメッセージならば、普通の文章で語ればいいと、思っています。
3.「思想が語られた言葉を詩として読むことにためらいを覚える」というのも、またひとつの思想ではないのか?
それはそうですね。私も、人間ですから、思想は持っています。ただ、それを、あからさまに、詩の中で書こうとは、思いません。 ('17/05/06 19:53:56)
- アラメルモ :
語ろうが語るまいが思想を感じることができるからこそ、作家として語らせる意義もあるわけだ。
詩とは思想であるとも言える。
何やらポリシーと混同させて考えているようだが、思想自体意味としての幅は広いよ。 ('17/05/06 21:44:32)
- 无 :
Migikataさんへ
まあ、実際には多くの方たちが考えるほど、私は「この世界の片隅に」そのものについて熱く語りたいわけではないんですけどね。確かに素晴らしい映画でしたけど、この詩においてはメインの舞台装置という意味合いの方が強いと思います。それから、そういう真摯な態度で読んでいただいたことを嬉しく思います。どうもありがとうございました。
鳩村さんへ
ちょっと良く分からないんですが、仮にこの詩が警鐘を鳴らしたり、「だから関心を持て」という主張だったとして、それが何か問題ですか?
>私は、「思想」と呼べるほど、はっきりしたメッセージならば、普通の文章で語ればいいと、思っています。
鳩村さんはそういう考えなんですね。でも私は思想だろうが何だろうが、「これは詩で」とか「これは普通の文章で」とか分けるつもりはないです。鳩村さんの言葉の中には「◯◯はこうあるべきである。だから××してはならない」という類の、ある種宗教的な頑迷さと強要の気配が感じられます。鳩村さん自身が自らをそういうやり方で律するのは自由ですが、私には関係のない話です。
アラメルモさんへ
ああ、それだ。良い言葉が浮かばなかったけど「思想とポリシーの混同」だ。すっきりしました。ありがとうございます。 ('17/05/07 00:47:06)
- 鳩村 :
>ある種宗教的な頑迷さと強要の気配が感じられます。
大変、申し訳ありませんでした。私としては、詩において、思想を語ることは、明らかに、誰がどう考えても、格好悪いことであると、思われていました。しかし、ここで様々なレスを読むことで、どうやらそうではないと、知りました。詩は自由ですから、あらゆる表現が、許されると思います。皮肉ではありません。 ('17/05/07 11:13:15)