私はできるだけそっと触れようと思う
いつか抱いたことのある赤子のように
そのものに慈しみをもって対面する
夜毎悩ます
恨みなど忘れて
丸くもあり角ばりや尖った鋭さもあり
触れると凍てついた氷の温度に驚かされ
反射的に手を離そうとする指先を今
熱い温度を持つ
液体が流れていく
脈を打っているのか命を持つものなのか
それとも触れた私に感化されたのか
影響が状況を変化させて
血を流させる
あるいはそれは涙か
本能に従ってそれを味わってみたく感じて
爪を立て傷口を開き侵入する私の利き手が
内部に潜む本質というものを掴み出そうとすると
激しい悲鳴が
聞き覚えのある激しい悲鳴が聞こえる
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20120403_689_5983p
- 田中宏輔 :
おそらく、最終連が、この作品の核なのでしょう。
ところで、終始、具体的なイメージを想起させないのは、
この作品の特徴で、必要なことなのでしょうが
どうでしょう、抽象に過ぎて、共感しづらい感じがします。
こひもともひこさんには、ホイットマンのような
柄の大きな詩人になってほしいなあと思っています。
ホイットマンの詩を読むと、言葉を通して
からだや、ものそのものといった具体物に触れる感じがします。 ('12/04/03 00:41:01 *4)
- み かえる :
田中さんに同感 。このまま終わる読後感は中途半端に投げ掛けられて気持ちわりいし 。「本能に従ってそれを味わってみたく(感じて)」括弧の感じてはいらんやろ ?
「なにか」 この窺うようなタイトルも、まったくもってこいのイモだろう 。
きみのちからは早くも見切られたよなって、ほら 、もうバレたじゃないか 。後の詳しい解説がでけるひとならここには幾らでもいるし、任せるとしても、 まあ それでも 頑張れ 。
※
あ、最後に言い忘れた 。 ははは は ^^
※
↑わいの書き方がマズい訂正や。後ろの文に(感じて)、 うん、あってもいい、、 句点ぐらい付けたらどないだすと言えば、改行で読ませているからそれをやると文章が切れてしまうかいな、しかし、気になるな 。 直すなら(それを)からだな ('12/04/03 01:02:46 *4)
- 田中宏輔 :
あとで、ふと、シルヴィア・プラスの詩や
エミリ・ディキンスンの詩を思い出したのですが
もしかすると、その方向での作品をねらって書かれたのかもしれませんね。
それは、線の細い詩で、ホイットマンの詩とは方向が違うものかなと思われます。
としたら、さいしょのぼくのコメントは、トンチンカンなものだったかもしれません。
こひもともひこさんは、さまざまな傾向の作品をお書きになるということでしょう。
ちなみに、ぼくは、シルヴィア・プラスも、エミリ・ディキンスンも好きですが
彼女たちのような詩は書けません。
書いたことがありませんし、書こうとしたこともありません。
ぼくは、自分の書けるものしか書かないタイプの書き手だからだと思います。 ('12/04/03 09:08:35)
- Teens table :
あの詩を想い出します。
私がネット詩を読み始めて、いちばん最初に好きになった人。
その人が、一連目にいました。
想い出します。
むかし読んだ詩、少し前に読んだ詩、直近で読んだ詩。
抽象性の中に、それらがあります。
言葉の印象ではなく、文章の形の印象としては、
月夜の海岸線で、波が、ゆっくりと足先に触れていくような、そんな感じ。
ゆっくりと、じわじわと、読み返しては、引いて、
読み終えて、ひどく冷たい水が、また触れる。
でも、緩やかな波だから、痛いはずなのに、優しい。
前に進もうという意志を持ちながら、停止してしまっている。そういう状態に陥りました。
こひもともひこさんの向上心の扱い方に、頭が下がります。
目の前に、怪物がいるような気がする詩でした。言葉の怪人がいます。
私の押し付けがましい詩と真逆なようです。
私は私が、詩を読むのが好きな人間であって、書く人間ではないと思い知らされます。
あと、無理矢理ですが、指摘したい点を挙げていきますね。
1、
文体まで抽象的にし、読み手に全てを委ね過ぎている気がします。
とても心地よく、自分の心が浮き上がってくるのですが、置かれている言葉に反する心持であるので、気味の悪さを感じます。
例えてみれば、刺身を食べているのに、リンゴの味や触感がするといったような。
句読点を入れてみたり、強弱をつけてみると、心を指し示されている様な気がしてくるので、気味の悪さが抜けます。
(こひもともひこさんには、わかりきっていて、わざとやったことなのでしょうが。)
2、
言葉と文章に反して、一行一行が走りすぎている気がします。
これは改行して、ぶつ切りにするだけで解決できると思います。
ただ、形が崩れてしまうデメリットがあるので、使う言葉を選ぶのが難しいですね。
ああ、頭にやらせれば解決でした。
3、
便所虫ださんの「強度」の話を思い出さされました。
読む人によっては、ぼろぼろに崩れてしまうような気がします。
私の書いたものもそうで、すごく難しい部分でもありますが、この詩は特にそうであると言えます。
しかし、今までポエム・ネット詩と呼ばれるものを読んできたことを顧みると、それはそれで一つの強固な形と言えるかもしれません。
田中さんの言われるところの「フォルム」というものの、沢山の形を見せて頂いているような気がします。
いや、私の中の「フォルム」の解釈の幅が広がっただけですね。
4、
抽象性に甘えがなさすぎる。
読んでいて、拳で殴られているようでした。
甘えたちゃんの悪いクセですが、痛かったです。
清々しい蟻んこめ!
言葉の不思議さの裏にあるものを、言葉だけではなく、体現で示しているように見えます。
ずっと繰り返し見てきたはずなのに、気付かず通り過ぎていたようです。
器って、水を流し込んでみて、初めてその大きさを測ることができるのですね。
ああ、水が足りないので、まだ計り知れませんが。
今までずっと、苦しむのは嫌でしたが、そろそろ甘えたちゃんを卒業して、前に進んで生ける気がします。 ('12/04/03 09:45:54 *3)
- み かえる :
田中さんやteensさんに後付けされると、そうかなぁ って思えちゃうくらい、文だけ読めば確かにいいんだよね、これ。 此方が受けとめられない まさに 「なにか」が足りない 。それを狙っているのか 、だとしても、 独りよがりな観念の蔓にとどまっているとは言えないだろうかに
。 ('12/04/03 12:15:41 *2)
- んゃちーちるまるちーちゃん :
なんとなくいいね。でもスレッドを伸ばすには「あいす」のほうがいいね。 ('12/04/03 22:36:27)
- ガブリエル :
おれだったら、これを書いたあと、全文削除して、聞こえる悲鳴そのものを書き始めるだろう。悲鳴が「悲鳴が聞こえる」とは言わない。悲鳴が聞こえるのであればなぜそれを書かないのか?オレ(作者)の悲鳴を書け。ああそうだった。このサイトでは自己慰安の詩は認められていなかったな。それを書くとサイト趣旨に反する訳だ。詩の鍛錬の場が詩の基本を認めていないとはおそれいる。己の悲鳴も脚色し人様を不快にさせないように読まれる詩を書きましょう。ウソばっかりの詩人が育成されて評価される訳だ。その言葉に真実の一つもないなら詩を書く意味は在りや。それを読む価値は在りや。詩もエンターテーメント。御苦労なことだ。 ('12/04/03 22:38:05)
- こひもともひこ :
田中宏輔さん:まとめて
「あいす」と同様に、この詩は数年前に書いたものです(「あいす」のほうが古い)。
書いた当時も、いろんな読み方ができる詩だなあと思ったのですが、文学極道に「あいす」の次にどの詩を出そうかと自作を探しているときに、この詩「なにか」を読んで、一連のあいすコメント群に対する皮肉の詩として読めたのが面白かったので提出することにしました。
この詩は、題名の「なにか」を、「知ること」「書くこと」ちと強引ですが「男性」なんかにすると、そのように読める。
もちろん「それは抽象的に書いているから」という理由もあてはまるとは思うのですが、書いた本人はちゃんと筋がある作品として書いたので、いろんな見方ができるつもりはなかった。
で、今回読み返すと、書いた当時には考えたこともなかった「皮肉」が入った作品として読めた。これはおもしろかった(書き手としてです)。
この詩のアイデアは、動物行動学者・故日高敏隆氏の本にある「本来、知るということは暴力的なことである。昆虫を知って、自分の世界を広げよう、認識を深めようと望むこと自体、自己中心的で、暴力的なのだ。ただ、人間にはどうもものを知ろうという欲望がつきまとっている。」から貰いました。昆虫を知るためには解剖したりするわけですからね。で、ほとんどこのままのことを作品化したわけです。
最後は「聞き覚えのある」というのがポイントです。
知ることを恐れなかった子どものころには誰もが経験している=聞き覚えのあること、という意味を込めています。
タイプは違いますが、ホイットマンもディキンソンも前向きな強さを感じる詩を書いてるので、名前を出されたのは素直に嬉しいです。
シルヴィア・プラスという方は知りませんでした。アマゾンでざっくり調べて買おうかと思ったのですが、定価より高くなってて断念。定価以上になってる本ってむかつくんですよねえ(笑)。
追記:
とはいえ、どっちにしろ抽象的に過ぎる作品だと感じさせるのは問題じゃないか?
ということを考え中です。 ('12/04/03 23:21:41 *2)
- こひもともひこ :
みかえるさん:まとめて
ああ!確かに「感じて」は、変える必要があるかも。
言葉数を犠牲にしたくはないので、単純に無くすことはできませんが、ちと考えてみます。おおきに!
「きみのちからは早くも見切られた」って、そういうことは、あんまり考えへんほうがいいで。
たとえ谷川俊太郎さんの詩であろうと、駄目な(あるいは面白いとは感じない)作品はあるわけやん。
作品を沢山書けば書くほど、時には出来の悪いものも書いてしまう。
でも、沢山書けば書くほど、本人には良し悪しがわからなくなることもよくある。だから他者に批評してもらう場に作品を出してみる。 ('12/04/03 23:36:53)
- まるちーちゃん :
やはりこの人はコメントこそが真骨頂だね
傷口を開き本質を掴み出そうとすると
どうしようも無く憎たらしい笑顔が飛び出てくる
まあ、悪気は無いんだろうけどね
こっちも悪気とかじゃないからね
本能なの。どうぶつの。 ('12/04/03 23:50:48)
- こひもともひこ :
Teens tableさん
>文体まで抽象的にし、読み手に全てを委ね過ぎている気がします。
田中さんへの返信にも書きましたが、これは考え中です。
いろんな見方のできる作品として面白いのか、単に曖昧に書かれているからどうとでも読める作品ということか・・・うーむ。
コメントに書かれている印象とは違うのかもしれませんが、「気味の悪さ」は狙って書きました。この詩を書いた当時に読んだ吉岡実の『過去』に影響を受けています。あんな凄い詩を書いてみたいね。
>言葉と文章に反して、一行一行が走りすぎている気がします。
これに関しては、私は全く正反対の意見を持っています。
改行を多用することは、できるだけ避けるほうがいいと考えています。
マラルメの「骰子一擲」http://www.momoti.com/saikoro.htmという作品は(これが書かれた当時ならどうかという見方は別にして)おもしろく読めない。
改行の多用により空間を上手く使うことも手法の一つですが、まずは紡がれた言葉を読んで面白いかどうか?が先に来るべきだと私は考えています。 ('12/04/04 00:02:45 *2)
- こひもともひこ :
ガブリエルさん:
なにを伝えたいのかが解からない。
まるちーちゃん:ちーちゃんかしら?名前をコロコロ変えるのはよくないよ。
あ痛たた・・・
そうやねん。作品の解説やコメントの方が面白いって言われることは経験済みやねん。でも、それって書き手としては嬉しくないねん。
追記:
悪気が無いのはそうやで。
「あいす」の次にこれを出したら、きっと皮肉の作品として読みよるやろ(笑)なんてことは考えてないのよ。そんなんどうでもええねん。作者名や、その時の状況に引っ張られへんように読むのって大事やろ?でも、読み手の状況によって読み方の変わる作品っていうのは面白いのかも知れない、と只今考え中。 ('12/04/04 00:08:32 *1)
- 黒髪 :
こんばんは、こひもともひこさん。
この詩は、言葉の論理(展開)が重いけど、内容は軽いように思いました。思いっきりけなしてしまってすみません。ただ、読者のことを考えて書かれているようには思いませんでした。かといって、作者自身の発見の喜びに溢れているわけでもない。つまりは、あまり意味のない詩になっているように思いました。コミュニケーションでも、自己満足でもない、胃にもたれるポテトチップス。
なぜそんな比喩を使うかというと、思索が薄い(フラジャイル→鋭さ→命→コンタクトと拒絶)、そして、展開の不格好さ、の両方があって、どうでもいいや、と私には思えてしまったからです。
何が気に入らないかというと、端的に表現できるところを、持って回って詩でございますと表現しているのではないかな、と胃もたれするからです。この詩を書いた本が百万部売れても、世の中に何も影響を及ぼすものではないと思います。
個人的な詩であると、感想をもちましたが、詩の目的や喜びを感じさせてくれるものがいいのではないでしょうか。
何分、全く評価の低い僕の詩観など、あまり気にされずに、次作も頑張っていただきたいです。(また感想はかかせていただくとおもいますが) ('12/04/04 01:23:48)
- 評者 :
詩の書き方や考え方には色々ありますので、ここが気に入らなければ余所にいけばいいと思いますが。少なくとも俺は、他人の自己慰安を読まされることにはうんざりしてますね。いや、ホント気持ち悪いんですよ。他人の前で自己慰安出来る神経がわからない。「それが基本だ、誰憚ることもなく、自らを慰せよ」って考え方もそれはそれでいいけれど。余所でやってください。俺も限られた時間で作品読んで評つけてるんで、つまらないものはなるべく読みたくないんですよ。他人の自己慰安に付き合わされるほどうんざりすることってそうは無い。もちろん、それが作品としてオモシロけりゃ別ですがね。 ('12/04/04 01:35:13)
- こひもともひこ :
黒髪さん:
内容はね、この作品を「書くということ」という題名にして読んでみて下さい。それで「軽い」と感じられるのであればきっとこの作品は軽いのでしょう。
>思索が薄い(フラジャイル→鋭さ→命→コンタクトと拒絶)、そして、展開の不格好さ
は、はっきりとは分からないのですが、「古典的な文体だからダサい」というのであれば、そうだと思います。「持って廻って詩でございます」的な文章に見えるのもそうでしょう。かっちり書いてますからね。
>この詩を書いた本が百万部売れても
売れたいものです。
私(こひもともひこ)という意味での個人的な詩としては書いていません。
個人が「知ろうとすること」という意味では個人的な詩ですが。
うーん・・・これは上手く伝わるやろか? ('12/04/04 01:42:55)
- 評者 :
えー。それで評ですが。すっげーつまらない。
正直「評」をするところが無いです。観念的で一人ヨガりな文章が延々並ぶ。ほとんど何の技術も使ってないなー、と。これ他人の前に出せる神経がちょっとわかりません。「あいす」の時も思ったけれど、もーちょい工夫できませんかね。あとね、後付で作品の主題を明示しちゃう。「〜として読んでください」とか書いててどう思います?それ伝わらなかった時点でダメでしょ。舐めてんですかあんた。
私はできるだけそっと触れようと思う
いつか抱いたことのある赤子のように
そのものに慈しみをもって対面する
夜毎悩ます
恨みなど忘れて
から始まる作品で、作品全体としては一つの比喩の身振りをとっている。「そのもの」への比喩。そこに手を伸ばしていくわけなんだけれど。読み進めていくうちに作品の解釈が進んでいく、あるいはイメージが見えてくるのかな、と思って読んでるわけですが。結果として、見えてくるのは語り手の主観に依った、ちっともこっちに伝わってこない形容・観念だけなんですよね。まさに一人ヨガり。よく恥ずかしくないものだと思う、ここまで伝わらない文章を書いて。「あいす」の時も思ったけれど、自分のヨガりを他人のヨガりだと思ってるタイプの書き手ですね。ヨガってるのは本人だけです。見せられる方はうんざりです。
形容や比喩、語彙や文体。そのいずれも幾らでも工夫できるし、俺はそここそを評価するんだけれど。この書き手には、そういったものを1ミリも感じません。観念を見せる、イメージを見せる、文体を見せる、意味を見せる、解釈を見せる、方法論なんか幾らでもあるでしょうよ。でも、こういった読み手に伝えるという意思を持っていない、楽しませようっていう意図を持ってない作品にはうんざりですよ。創作の世界では死ぬほど使い古された語彙ですが、オナニーは独りで部屋でやるものです。見世物にしたけりゃ、それなりにみられるものにしてください。
あとですね。田中さんとteenなんちゃらさん。
申し訳ないけれど、コメントは行詰めて書いてください。読みにくいんで。もちろん、個人なりのスタイルなり考えなり色々あると思うけれど、俺の権限でそれ禁止。これ読んだら止めてね。理由も根拠もなく、俺がウザいからってことで、反論の余地はありません。 ('12/04/04 01:43:21 *1)
- こひもともひこ :
評者さん:あれまあ。
このサイトに参加しようと思ったのは、田中宏輔さんの詩を読んだのと、評者さんの批評が面白かったからなのですが、その評者さんからこのような言葉を貰うとはね。
残念です。 ('12/04/04 01:47:16)
- ガブリエル :
そうかそうか。わからんか。自己慰安の高度さ、崇高さ、偉大さは下界の人間様にはわからんじゃろ。いらん世話だったようだの。さてさて、時間もないことじゃし、わしはおさらばするぞ。こひもともひこ殿。わおうううううううむむむむむむむぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ、、、、 ('12/04/04 15:05:47)
- New order :
田中さん始めは書ける人だとおもってたけど、劣化しまくりでもう飽きたわwつか、完成されてただけで伸びしろなかったのね、っていうのが俺の結論ですよ。そんな彼に引き寄せられてきた時点がお前の限界だよ。
小器用に作品まとめて、その程度の力量しかねぇのに、
内容はね、この作品を「書くということ」という題名にして読んでみて下さい。それで「軽い」と感じられるのであればきっとこの作品は軽いのでしょう。
はねぇだろ。第一作目もひどかったけど、これは何?最近の極道は「ゆとりかお前ら」ってやつがおおすぎ。作品くそなくせに、コメント欄で詩論ぶちまけちゃってるなさけないやつがおおすぎですよ。お前さ、べらべら自分の作品について語る前に、そこまで読む気もさせないぐらいつまんない作品に魅力をどうやったら宿らせれるかを考えたら?その使えない脳みそで。
このサイトでは、良い作品を書けない奴が偉そうにベラベラしゃべっても何の説得力も無いんですよ。わかってますか? ('12/04/04 15:50:07)
- 笹川 :
こひもともひこさんへ、
スタンスの違う作品であっても、真にすぐれていれば万人が受け入れるはずです。 ('12/04/04 16:07:18)
- ちーちゃん :
いや、もひこに向けて書いてないから返信しないでくれる?俺のコメントが腐る ('12/04/04 19:15:30)
- ちーちゃん :
「あいすのコメント群に対する皮肉とも読ませられるので提出してみた」心理はまあ普通に
理解はできるけれど
これを読ませて「皮肉の詩とおもいよるやろ」と考えたおまえの脳内をフローチャートで ('12/04/04 22:19:12)
- ちーちゃん :
抽象的ではないよな
タイトル「なにか」はいいけど
「内部に潜む本質というもの」とかお前読ませる気あんの?
「本質」かどうかは悟らせろ。絵を書け。 ('12/04/04 22:31:54)
- ちーちゃん :
完全にいち体験いちケースとして書かれているのだから、
描かずともひとつのイメージを持って書くべき所。
読者に委ねるのはそれを読んだ感想であって、
この詩に物語そのものまでを任せられる程の魅力は無いだろう。
と、言うのも二連目の描写などをみても「なにか」について触れるよりも、
殆どの物が同時に持つ部分部分をその傾向も蔑ろに連ねるばかりで、
多様性を持たせたと言うよりは何も考えずに書いたのではないか、
作者は頭の中の体験すら持たずに書いたこれで私に何を思わせようとしているのだろう。
と言うのが正直な感想。
引き摺り出す前から、それを知る前から名付けられる「本質というもの」
その物が見えてないが故に出た「本質」と言う言葉。話として脆弱である。 ('12/04/04 23:10:33)
- ちーちゃん :
あ、とっくにみんな言ってましたね… ('12/04/04 23:30:21)
- 灼� :
ちーちゃはなんだかんだ言いながらモヒコが好きなんやろ?ベンチでいっしょにパンかじりたいんやろ?正直に言えーこのオケケぼーぼうまるちぃず 。 ('12/04/04 23:47:54)
- こひもともひこ :
あれま、まだコメント入るのね。
えっと、拍子抜けしちゃったのでコメントはこれでおしまい。
評者さんに「残念です」って書いたので終わりのつもりだったのですが、念は残さずに行きましょうか。
拍子抜けしちゃった言葉は評者さんの次のセリフ「ここが気に入らなければ余所にいけばいいと思います」の、特に「ここが気に入らなければ」という箇所。
これは、この文学極道のやり方を非難するなり、例えば「誰々のコメントは酷いから出入り禁止にしろ」とか管理部に泣き言を言った人に対して投げつける言葉です。
私がここに参加してしてから書き込んだコメントの中に、一箇所でもそんな内容がありましたか?
むしろ私は「あいす」のコメント中で「意味のない侮蔑のあるサイトだと知っていましたし」と、文学極道がアリアリのサイトであると認識して参加したことを書いている。
サイトのやり方を非難したり、泣き言を書いたわけではない人に対して「ここが気に入らなければ余所にいけばいい」と代表者が書くということは、会話が成り立っていないのか、それとも私のコメント欄でのやり方を非難しているのかのどちらかということになる。
私のやり方は、一連のコメント群を見ればわかるように、提出された作品に対する批評や意見に対して、そのコメントへの反論や自作の解説を書くというもの。私の反論・解説にさらなる反論をされてもいい。そうやって作品の強度を試そうと思った。
これ以外の雑談がしたいのであれば、文学極道のようにギスギスした雰囲気ではなく、わきあいあいとできる場所を私はすでに持っています。
と、言うわけで拍子抜け。
もう少し書くと、この作品に対する評者さんの評は、作品のできに対する意見ではなくて、私(書き手)に対する感情論でしかなかった。
文学極道には面白い作品があるので、これからも読みには訪れますが、作品を提出してコメントのやり取りをするのは意味が無い。
評者さんもこれには同意してくれるでしょう。時間の無駄。
次にコメントをくれた方への返信。
ガブリエルさん:
説明できない詩は、しょせんそれだけの強度しかないのだと、私は思っています。
New order さん:
提出されたNew order さんの作品をざっくりと読んでみました。
文学極道のようなサイトに集まる人たちには読んでもらえる作品でしょうが、残念ながら普通の人は「ラプラスの海へ」あたりで読むのをやめると思います。
笹川さん:
励ましなのか、それともどぎつい批判なのか?
笹川さんのコメント欄へのスタンスは私に近いものがあったので親しみを持ちました。
ちーちゃん:
皮肉と思わせたくて提出したんじゃないで。でも、皮肉の箇所は、私の言いたいことが伝わりにくく書いちゃったかな、とは思います。
腹立ちや驚きであればよかったのですが、拍子抜けするとあいつがやってきてしまう。
その言葉が頭に浮ぶともはやここを真面目な目で見られへんようになるねん。
そいつはアホクサ(あほくさ)!
餃子をつまみながらインターネットを覗いている。
君はこいつを知っている、このステキな味を、
偽善の読者よ、回鍋肉(ホイコーロー)!
ははははは。
ほなね。 ('12/04/05 18:19:45)
- New order :
あい。道場から出張してきました。どうやらここに糞詩があると聴いて、さらに糞詩を書いて置きながら悔い改めないかわいそうな子羊がいるとききましたので、書き換えに出張してきますた。作品を読みました。ふむふむ。作者は修行不足で、レベル3程度の筆力です。ちなみに私はレベル100の上限を超えて、レベル一劫です。
さてさて、真剣に読ませていただいたところ、書き換え素材としていくらでも展開できるイメージなので、好都合ですが、これは裏を返せば今の現状においては、作者の修行不足で自分で自分の作品を見事に殺しているという感じですね。まさに、赤子のような作品が、作者の手で首を絞められて息絶えようとしているとしていることです。作品を救わなければ、と、私は思いましたで、とりあえず作者を成敗=書き換え、て作品を生かしなおさせていただきます。これじゃぁ作品がかわいそうだ。
ナニカ
私はできるだけそっと触れようとはしなかった
いつか抱いた赤子が私の背後から顔面をぶん殴りにこないように、
あ、ごめんなさい間違えました
触れようとした、
赤子に、いつか抱かれたようにして、
そして、私は手になる
氷の温度の中で、
液体だけが熱く流れていく、
尖った、そして、丸くなった、
私の、指先の間で、
今、脈を取っているものだけが、
悲鳴を上げようとして、
傷口を、開いた、
本能は、熱をもって、
内部に侵入する、
潜むものを、
掴もうとして、
手だけが、覚えられた、
私に、
血を、変化させて、
声が、聞こえる、
打っているものだけが、
命ではなかった ('12/04/05 20:47:57)
- ちーちゃん :
もひこのスタイルはあれだね。スレッドを1000までのばすと報酬が貰えるという
伝説の「2ちゃんプロ」の神話を思い浮かべさせるね。
「低脳」「池沼」ベリーグー! ('12/04/05 22:41:37)
- もひこ :
あれま、まだコメント入るのね。
えっと、拍子抜けしちゃったのでコメントはこれでおしまい。
ちーちゃんさんに「なんとなくいいね」って書かれたので終わりのつもりだったのですが、念は残さずに行きましょうか。
拍子抜けしちゃった言葉は評者さんの次のセリフ「それが作品としてオモシロけりゃ別ですがね。 」の、特に「オモシロけりゃ」という箇所。
これは、この文学極道に佳作を投稿するなり、例えば「誰々のコメントは大変参考になりました。」とか管理部に感謝の言葉を言った人に対して投げつける言葉です。
私がここに参加してしてから書き込んだコメントの中に、一箇所でもそんな内容がありましたか?
むしろ私は「あいす」のコメント中で「ダーザインが代表だったサイトでしたし」と、文学極道がダメダメのサイトであると認識して参加したことを書いている。
サイトのやり方を賞賛したり、お礼を書いたわけではない人に対して「それが作品としてオモシロけりゃ別ですがね。」と代表者が書くということは、会話が成立しているのか、それとも私のコメント欄でのやり方を賞賛しているのかのどちらかということになる。
私のやり方は、一連のコメント群を見ればわかるように、提出された作品に対する賞賛やお礼に対して、そのコメントへのお礼やおまけエピソードを書くというもの。私の賞賛・お礼にさらなる賞賛をされてもいい。そうやって作品の満足度を試そうと思った。
これ以外の雑談がしたいのであれば、文学極道のようにギスギスした雰囲気ではなく、2ちゃんねるの突発オフと言う場所を私はすでに持っています。
と、言うわけで拍子抜け。
もう少し書くと、この作品に対する評者さんの評は、作品のできに対する意見ではなくて、私(書き手)に対する満足度でしかなかった。
文学極道には面白いダーザインのコラムがあるので、これからも読みには訪れますが、ダーザインのネットラジオを聴くのは意味がない。
ダーザインさんも次回は上手くやってくれるでしょう。時間の問題。
次にコメントをくれた方への返信。
ガブリエルさん:
説明できない詩は、後から説明を加えればいいのだろうと、私は思っています。
New order さん:
提出されたNew order さんの作品をざっくりと読んでみました。
文学極道のようなサイトに集まる人たちには読んでもらえる作品でしょうが、残念ながら普通の人はコテハンのセンスで読むのをやめると思います。
笹川さん:
木目なのか、それともプリントなのか?
笹川さん家のタンスは私の家のタンスに近いものがあったので親しみを持ちました。
ちーちゃん:
こないだオモロいプリクラの機械見っけたんや。どう?今度一緒に撮りにいかへん?
朝立ちや疲れマラであればよかったのですが、数回抜きするとアソコが痛なってきてしまう。
その言葉を頭に浮べるともはやアソコを真面目な目で見られへんようになるねん。
そいつはボクサー(僕さ)!
減量に耐えながらトレーニングを続けている。
君はこいつを知っている、オナニーの体力消耗、
カロリー消費量例えるなら、回鍋肉(ホイコーロー)!
ははははは。
ほなね。 ('12/04/05 23:19:48)
- New order :
えと・・・わたくしのHNですが・・・世界的に有名なバンドからとっておりまして・・・。センスうんぬんよりも・・・まさか知らないと・・・。文学極道のような、と、言われる貴方が、「世界的に売れている」バンドのお名前を知らないとは残念です。
つーか、お前なんて、極道でも、極道以外でも通用しねぇよ。なーんもわかってないんだから。 ('12/04/05 23:24:32)
- もひこ :
では「ビートルズ」と言うHNにセンスがあるとお思いですか?
「初めまして、ローリングストーンズです」と言う挨拶に失笑しませんか? ('12/04/06 00:01:29)
- もひこ :
リスペクトなら曲名から貰わなアカン ('12/04/06 00:06:54)
- New order :
え?俺、曲名からもろにもらってたんだけど、あきたからNew orderにしたんすけどね。後、このバンド、ヴォーカルが自殺しまして、自殺する前は、Joy Divisionって名前で意味は、ナチス・ドイツ時代の将校用の慰安所って名前なんですけど、結成当時は、Warszawaなんすよね。さらに、New orderってナチが「第三帝国」の意味合いでつかってたときもありまして、バンド自体はイギリス出身なんで、イギリス人流のブラックユーモアとアイロニーとか色々あってよい名前ですねと。また、このHNの前の、Ceremonyって名前は、ジョデビの頃に、ヴォーカルが自殺する前に最後に書かれた曲で、ヴォーカル居なくなった後、残ったメンバーで作ったのが、ニューオーダーで、そこで、カヴァーという形で、Ceremonyを1stシングルとしてだしてくるわけです。
もひこさんは、どうやら、なにもしられておられないようで、ぶっちゃけお前がだせーよ一番w ('12/04/06 01:03:22)
- New order :
リスペクトしてるからこそ、Ceremonyって名前であったり、New orderっていう名前なんですよね。お前さー、本当にダサいです。 ('12/04/06 01:04:53)
- 田中宏輔 :
こひもともひこさんへ。この作品の傾向のものをご自分のものになさりたいなら、まず、シルヴィア・プラスが自殺するまえに書かれた小説を読まれるとよいと思いますが、平凡社から出てる世界名詩集シリーズに収録されている彼女の詩も大いに参考になると思います。抽象的な詩で極限までいったのは、おそらくリルケでしょうけれど、より形而下の領域で抽象的な領域まで行ったのは、シルヴィア・プラスだと思います。彼女の観念語には、詩句の一つ一つに血のしたたる思いがいたします。 ('12/04/06 01:31:58 *1)
- もひこ :
セレモニーさん
わたし「うんこはトイレでしたほうがいいですよ」
セレさん「は?トイレでしてたこともありますけど」
セレさん「と言うかウンコがしたいから外でするわけで」 ('12/04/06 07:02:42)
- 便所虫 :
表記について触れます。
まず、1連のつまずき。
いつか抱いたことのある赤子のように“触れる”のか、赤子のようなそのものに“触れる”のか。ちょっとわからないですね。
次に、2連のつまずき。
>角ばりや尖った鋭さ
これは、「日々や、ほとんど毎日」のような重複。むしろ鈍いですよ。
>凍てついた氷の
ここも同様。
最後に、4連のつまずき。
>激しい悲鳴が
> 聞き覚えのある激しい悲鳴が聞こえる
ここは、私ならこうしますね。
激しい悲鳴が聞こえる
聞き覚えのある あの悲鳴
何者かの脈動が
静謐さに欠けるのが悪いとはいうわけではありませんが、各パーツの作りがずさんなため、おのずと読み手の集中力を逸らしていると思います。ラストに来る頃は、読み手の心ここにあらずです。読み手は、きちんと見ているんですよ。
あと、田中のオジサンね。シルヴィア・プラスとか、やたら連呼するけど。わかったからと。第一そんなマニアックなのが、そこら辺の書店にあると?
てめえの価値観を押し付けるためだけに、他人に無意味な労力を強いるなよ。やるんなら、この場で引用しながらアドバイスすればいいのではない? それこそ示唆に富んだ箇所を、その肥えた眼で抜き出してきなさいよ。
----------------------------
くろん坊の目の
小果実(ベリーズ)が投げかける
暗い鉤――
黒く甘美な血 口に溢れる
影たち。
何かしら他のものが
私を宙に抛る――
腿 髪。
私の踵から飛ぶ片々。
白いゴダイヴァ
私は剥がれ落ちる――
無感覚な手 生気を失った緊迫。
と 今や 私は泡立って
小麦になる ぎらっと光る海に。
子供の叫び声が
壁の中で溶ける。
そして 私は
矢
自殺的に飛ぶ
露 それは疾駆と一つになる――
赤い目
朝の大釜の中へと。
(シルヴィア・プラス『エアリアル』より)
----------------------------
これ見て、何かしたたってそうかしらね?(笑)いるかいらんかの目安にはなるかな。なんないかな。ではでは。失礼しました(^-^)♪ ('12/04/06 08:52:55)
- 田中宏輔 :
私は一つの叫びに棲みつかれている。
夜ごと その叫びはパタパタ開き
何かしら愛するものを 鉤(かぎ)を持って探し求める。
(シルヴィア・プラス『楡(にれ)』徳永暢三訳)
ここは人間たちが修理される都市。
私は大きな金床(かなとこ)に横たわる。
平べったく青い空(から)の環は
人形の帽子のように飛び去った
私が光から墜ちたときに。私は入った
無頓着という胃袋 言葉なき食器棚の中へと。
擂粉木(すりこぎ)たちの母親が私を減らした。
私は身動きしない小石になった。
腹の石ころは穏やかだった
(略)
口の穴が石ころの居場所を叫んでいたのだ
胎児のように酔い痴れて
私は暗黒の乳房を吸う。
食物チューブが私を抱擁する。スポンジがキスして私の苔癬を拭う。
宝石工が鑿(のみ)を当てがって
一つの石の目をこじ開けようとする。
これが地獄以後のこと──私には光が見える。
風が耳の部屋の栓を抜く──
それは老いた苦労人。
(シルヴィア・プラス『石ころ』徳永暢三訳)
女が完成される。
その死んだ肉体は
成就の笑みを浮べる
ギリシャ的必然の幻想が
彼女のトーガの巻物となって流れる
彼女の剥き出しの足は
こう言っているみたい──
私たちはここまでやって来た もう終り。
(シルヴィア・プラス『縁(ふち)』徳永暢三訳)
蠅の大きさ
暗い運命(さだめ)の汚点(しみ)が
壁を這い降りる。
(シルヴィア・プラス『打撲傷』徳永暢三訳)
脂肪に包まれた日曜の仔羊が弾(はじ)ける。
脂肪は
仔羊の不透明を犠牲(いけにえ)にする……
(シルヴィア・プラス『マリアの歌』徳永暢三訳)
死ぬことは
一つの芸術 他のどんなものとも変わらない。
私は並外れてうまくやる。
(シルヴィア・プラス『ラザロ夫人』徳永暢三訳)
お父さん 私はあなたを殺さなければならなかった。
あなたは さっさと死んだ──
(シルヴィア・プラス『お父さん(ダディー)』徳永暢三訳)
あなたの第一の才能は どんなものも石に変えてしまうこと。
(シルヴィア・プラス『ライバル』徳永暢三訳)
畏ろしい神の小片
飛んで行って それでおしまいにしたいと願うもの?
血の果実はひたすらそれ自体だ ぴたり静止している。
蹄はそんなものを御免蒙るだろう
青い距離の中で ピストンがシュッとなる。
(シルヴィア・プラス『歳月』徳永暢三訳)
私が愛するのは
運動するピストン──
それを前にして 私の魂は死滅する。
それから 馬の蹄
その仮借ない撹拌。
(シルヴィア・プラス『歳月』徳永暢三訳)
私が取り戻したいもの それはベッドや ナイフや
ブローチ留めを前にした時の そして
軟骨が私をこの括弧に嵌め込む前の
私なのだ。
風の中で流れる馬たち
一つの場所 心から去った一つの時間。
(シルヴィア・プラス『目の塵』徳永暢三訳)
巣は生き延びるだろうか グラジオラスは
火を蓄えて
来年を迎えられるだろうか。
どんな味がするだろうか クリスマスの薔薇は?
蜂たちは飛んでいる。それは春を味覚する。
(シルヴィア・プラス『冬ごもり』徳永暢三訳) ('12/04/06 10:53:14)
- 田中宏輔 :
ちなみに、シルヴィア・プラスの詩集、ネット古書店で簡単に手に入る詩集だけれどね。1260円ですよ。ここ→http://dessinweb.jp/SHOP/SY-0001.html ああ、ぼくが詩人をすすめたら不快に思うひとがいるんだってこと、はじめて知った。ぼくだったら、興味持つけどね。ついでに、ほかの詩人で、この作風に近いひとが、もう一人いましたね。より形而上的な作風かもしれません。イヴ・ボヌフォワです。この詩人の詩を引用するのはやめておきます。うえの引用だけでも、1時間以上かかった。もうかなりの齢のジジイだから、体力が持ちません。うえの引用を書き込むだけでも、そうとうしんどかった。
再度、ちなみに、ぼくがいちばんのおすすめの詩人は、ジェイムズ・メリルです。彼の詩集は4冊出ていますが、合計で20000円くらいするほどの分厚いものですが、ぼくは1冊を友だちからプレゼントされて、読むとすごいと思ったので、ネット古書店で、残りの3冊をおおよそ半額で手に入れました。ぼくは、詩集は、だいたい amazon や、ヤフオクや、ネット古書店で買います。新刊で出たものは、ジュンク堂で買うこともありますが、絶版のものは、amazon や、ヤフオクや、ネット古書店、ときには、ブックオフや、古本市場で手に入れます。詩集ではないですが、『エミリ・ディキンスンの生涯』を古本市場で105円で手に入れたときは、すごくうれしかったですね。あ、古本祭りとかの会場で買うこともありますね。詩集は高いので、なるべく安く手に入れるようにしています。すごくファンの詩人のものは、新刊が出たらすぐ、ジュンク堂で買うことが多いのですが、せっかちなのでしょうね。古書でも十分にきれいなものが、現在ではすぐ容易に手に入るというのに。
ついでに、つぎのものもすすめておきましょう。「ホラティウス全詩集」おおむかしの詩人が、グルメ詩(レシピの紹介)や、悪口詩(他の詩人を名指しで悪口書いてる)のようなものも書いていて、驚かされました。「D・H・ロレンス全詩集」これは100箇所以上の誤植がありますが、すばらしい詩がたくさん入ってます。いま出ているものには、正誤表が挟まれています。ぼくが編集者に誤植の多さを指摘して、正誤表をつくっていただきました。あとは、パウンドの「ピサ詩篇」でしょうか。アンソロジーでしたら、平凡社の「世界名詩集大成の11 アメリカ」、同じく平凡社の「世界名詩集 4」、「世界名詩集 10」がおすすめです。まあ、このシリーズ、どれも一読する価値はあると思いますが。現代詩集のアンソロジーでは、集英社の「世界の文学 37 現代詩集」がおすすめです。マラルメのあのカリグラフのような詩をさらに進化させたようなビセンテ・ウィドブロの「赤道儀」が入っています。ウィドブロ以外の詩人のすばらしい作もいくつも入っています。 ('12/04/06 12:21:05)
- 蛾兆 :
シルビア、いいなあ。
吉増ゴウゾウと違って、ちゃんと手触りがある。
私はとても気に入ったな。
ところで作品「なにか」の解釈ですが、私にはシルビアに似た特徴、つまり具体性を感じました。
語り手は具体的ななにかに対峙しているのだけれど、それが何なのかはすぐには語り手にも認識できない。べつに秘匿してるわけではなく、なんとかして明示しようとしている。
触りごこちや、表面の形を確かめながら、語り手はすこしづつ対象に近づいていく。
最終連で、その姿の一端が発見されますね。
それがなんなのか。
ここからは私の過剰解釈かもしれませんが、語り手が、これは何だろう、と対峙してみたものは、語り手自身の悲しみだったのだと私は思いました。
そういうことって、ありますからね。
涙が流れていたことに気づいて、はじめて自分が悲しんでいることに気づいたとき、みたいに。
作者が「書くこと」という言葉を出したことが、この詩をわかりにくくしているかもしれません。
そこは入口のひとつになるかもしれませんが、入ってみて何を読むかは、この詩では読者に投げ掛けられているように思うのですが、作者の言葉によって入口で立ち止まりがちになるのでは。
自分ですら発見という過程をへないと素顔が見えなかった孤独な悲しみを、説明によらず悲しみ自体の描写だけで伝えるという大技に、この作品が成功しているかどうかは、じつは私も懐疑的です。
しかし手法について言うなら、作者が悲しみの理由より悲しみ自体に興味をもつとしたら、この手法も必然ではないでしょうか。 ('12/04/06 22:58:20)
- もひこ :
>田中はん
毎度おおきに。ワシぐらいになるとシルヴィア・プラスくらいはリアルタイムで読んでんねんけどな。
しかしまあ、負うた子に教えられて浅瀬を渡るっちゅう事もあるもんや。
後追いさんに勧められて久々に読んでみるのもなかなかオツなもんやで。
>便所虫はん
なんや。ワシの詩の賞賛と違うんかいな。ワシなあ、コオロギをいっぱい捕まえて来て
でっかいダンボールで飼ってたコトがあんねんけど、誰やったかな?隣のミヨちゃんやったけな?
そうそう確かミヨちゃんが家に来てその虫を見た時にな、
「それ、コオロギちゃうで?カマドウマや」言われたトキあんねん。今、まさにその気分やな。
>いつか抱いたことのある赤子のように“触れる”のか、赤子のようなそのものに“触れる”のか。ちょっとわからないですね。
主語と述語の関係から考えてみよか?
私は〜思う。(赤子のように)対面する。
何処に悩む要素あんねん。確かに「赤子のような」なら「そのもの」に掛かって来るよ?
もっと学ぼうや。「てにおは」学ぼうや。ワシの詩「なにか」をもっと読み込んで行こうや。勉強、大事やで?
>次に、2連のつまずき。
>これは、「日々や、ほとんど毎日」のような重複。むしろ鈍いですよ。
ええか?「角ばり」言うんはほぼ90°に近い形や。鋭さにも色々あんねん。
尖った鋭さもそれほど尖っては居ない鋭さもある。味噌もクソも一緒にしたらアカン。
ほんでアンサンのコメントで一番酷いんはこれや!
>凍てついた氷の
なんでそこで切んねん!ワシが書いたんは「氷の温度」や!!
もーやらしいわ〜嵌めようとしてるやん、作為が見え見えやんけ〜!
「凍てついた氷」って、そりゃそうやわ〜俺、アホけ。て一瞬思てしもたやんけもうっ!!
>ここは、私ならこうしますね。
>激しい悲鳴が聞こえる
> 聞き覚えのある あの悲鳴
>何者かの脈動が
なんやねんそれ。今悲鳴を発してるモノと対面するワシの背後から誰が近付いてくんねん。
しかも「なにか」と対峙してて「何者かの脈動」とか、そんなん書いたらワシどれだけモノ知らんのや。
ワシ、どれだけ物覚え悪いねん。 ('12/04/06 23:55:47)
- もひこ :
>蛾兆はん
なんや、誰かと思たらのぼるかいな。
ワシの名作「なにか」のコメント欄にとんでもない大物が紛れ込んで来はったで! ('12/04/07 00:07:59)
- ちーちゃん :
な?俺がもひこを騙ってもセレモニの脊椎レスしか貰えないだろ?
難しいのだよ。アホキャラは。 ('12/04/07 22:49:22)
- ちーちゃん :
>セレモ二
じゃあさ、あのボーカルの人のマブいおどりを真似してyoutubeにうpしろよ。
そしたらお前を本物と認めてやる。 ('12/04/07 23:27:53)
- こひもともひこ :
あらやだ。なんだかステキな言葉を沢山いただいたみたいで。
お尻を拭かずに町を歩くのは嫌なので返信をば。
New orderさん:
「手」に焦点を当てたわけですね。この詩の背景である「解剖」をするのは手なので「私は手になる」としてイメージを際立たせる。おもしろい!
「触覚」「解剖」「ひとの手」といった題名にするのであれば、この書き方は優れていますね。多少の手直しは必要ですが。
何故か詩人(?)は、自分の作品を書き換えられるのを酷く嫌がる傾向がある。でも、イカイカ道場でやられているような作品の書き換えは、自作を客観的に見直すヒントを貰えるので大賛成です(大変だけどね)。
私がこの詩で書きたかったテーマは、蛾兆さんへの返信に書きます。
アイデアおおきに!
ちーちゃん:雑談係も時には必要だけれど。
面白いコミュニケーションができる人と出会ってしまうと、悪態や侮蔑を書く人は眼中になくなってしまうことになるねん。それって寂しいやろ? せやから、コメントの入れ方や、自分の作品への取り組み方を見直してみたほうがいいで。
もひこさん:おーい!
コピーするなら「回鍋肉(ホイコーロー)!」をどう変えるのかが最大の見せ場やのに、そのまま使用してどうすんねん!!!
New orderさんとの兼ね合いは冗談として成り立ってるの?
ついでにNew orderもJoy Divisionも知ってますよ。私が好きな音楽はモリッシー・ジェフバックリー・ルーファスウェインライトという繋ぎ方をしたら少しはひととなりがわかるやろか。
便所虫さん:
なるほど。重複の指摘はありがたいです。
私は、文章表現技術に関しては独学者なので、すっぽり抜けている箇所があるんですよ。RPGのキャラクター表示でいうと「インパクト」「図太さ」あたりの能力値は高いけれど、「賢さ」「器用さ」あたりはほとんどゼロに近い(これは泣き言)。なので、自分に足りていない箇所の指摘はありがたいです(これも重複、笑)。
各パーツのずさんさは直していきたいですね。「重複」を念頭に置いて、自作と私の好きな詩人の詩集を見直してみます。
アドバイスおおきに!
詩の書き出しもおおきに!
田中宏輔さん:沢山の情報ありがとう。
書き出しおおきに!
>あなたの第一の才能は どんなものも石に変えてしまうこと。
(シルヴィア・プラス『ライバル』徳永暢三訳)
を読んで、リルケの「立像の歌」が思い浮かんだりして面白かったです。
URLを貼ってくれたサイトはいいですね!これなら腹が立つ値段じゃないから素直に買える。でも実は、その後に書いてくれている世界名詩集にもの凄く興味を惹かれています。複数の人の作品を一冊の中で読めるのってお得やからね。おいしい情報ごちそうさまです。
蛾兆さん:はじめまして
この作品のテーマは『「( )を知ろうとすること」ってなんやろね?』というものです。ただし、この詩を書いていたときの私がそのことを明確に意識できていたわけではありません。
人間以外の動物は、自分が生き残るために必要な情報「敵・食い物・異性」以外の物事に興味を持つことはありません(一応、少しはあるのかもしれませんが、人間と比較すれは、それはゼロといっていい)。たとえば、フンコロガシを観察して、その生態を文書にしたためる猫なんてものは存在しない。でも人間は、自分の生き死にとは全く関係の無い物事を知ろうとする。それってなんやろ? それってなんでやろ? というのがこの詩のテーマです。
上述したように、これは、詩を書いた当時にハッキリと意識できていたわけではありません。この詩を書いた時期に読んでいたサル学や動物行動学が下敷きになっているものの、今ほど明確にテーマは掴めていませんでした。
なにかを知ろうとすることってなんだろう?(それは人と動物を分けるポイントかもしれない)
ここからは私の勘違い。
この詩の「なにか」に、他の言葉「知る」「書く」「男」をあてるといろんな読み方ができる。この「いろんな読み方ができる」ことが、テーマを上手く描けていること、と勘違いしていた。残念賞。
掴みきれていないテーマを抽象的に書いたに過ぎない詩。
テーマ自体は面白いけれど、そこまで踏み込んで書けているわけではない作品という結論に達しました。
「あいす」と違って、こちらは根本的に書き換えないと駄目かな。 ('12/04/08 05:28:15 *1)
- ちーちゃん :
俺らのコメントはおしりに付いたウンコだってよ。
ほんとバカだよなコイツ。バカの天才だよ。 ('12/04/08 08:59:10)
- Teens table :
お礼がまだでした。紹介して下さってありがとうございます。読ませていただきました。
どっちも好きなんですよねぇ。。。
批評もまともにできないのに、読んだらほとんどのもの、というか今のところ全て「好きだ!」って思ってしまうわけです。
「骰子一擲いかで偶然を破棄すべき」は、ショスタコービチを思わせるし、「過去」は絵画のスライドショーみたいで、色がついててイメージしやすかったです。(で、ふと思ったのですが、「なにか」は、感情の動画を見てるみたいです。)
読んでから、もう一つ記号と改行について悩んでしまう出来事があったので、それに関して考えると頭がパニック状態になってしまいます。
以下、考えたことの一片ですが。
「過去」と「なにか」を読み比べてみて、さらに New order先生の教えを考慮すると、
New order先生の場合、言葉が強く印象に残って、イメージが湧きます。
これは読点と改行を駆使しているからですね。
読んだ感覚もありつつ、ほぼ同時ですが、ちょっと遅く感情が湧くのが特徴です。
(すぐ読み返すことができないくらい、全体としてのインパクトが強い)
「過去」の場合、文章自体に印象の強さがあって、絵画のスライドショーになってる気がします。
私には絵の方が強すぎて、感情の方が弱く感じました。
こひもともひこさんの場合、感情が直接やってきて、言葉がさらさら流れていってしまう(ここに「走りすぎ」を感じる)のです。
でも、そのおかげで、感情が強く印象に残る。言葉からのイメージの印象よりも、そこから生じているはずの感情の方がインパクトがあり、読んでる言葉に反しているようで、「気味が悪い」のです。
これらは、文章だけでなく、句読点が無いことをを含めた文体の無機質さと、改行と形(重要な気がします)も関係してきてるはずなんですよ。
↓ はググッたら、一発で出てきたリルケです。
秋 (形象詩集ー富士川英郎訳)
木の葉が落ちる 落ちる 遠くからのように
大空の遠い園生が枯れたように
木の葉は否定の身ぶりで落ちる
そして夜々には 重たい地球が
あらゆる星の群から 寂寥のなかへ落ちる
われわれはみんな落ちる この手も落ちる
ほかをごらん 落下はすべてにあるのだ
けれども ただひとり この落下を
限りなくやさしく その両手に支えている者がある
組み立て方が「なにか」にそっくりです。
蛾兆さんがおっしゃっている「語り手はすこしづつ対象に近づいていく。」とは違うのですが、どっちかっていうと「読み手を近づけていこうとしてる」っていう感じです。(追記:蛾兆さんはシルヴィア・プラスについておっしゃているのでした。失礼いたしました。)
また、「なにか」は、一連目が最終連に位置していてもおかしくない気がします。これは、元々こひもともひこさんの中に、「本来、知るということは暴力的な〜」があったかどうかで違ってくるんですが。
私はそこに、寄せては返す漣を感じました。ループするんです。この詩。
興味からの暴力、暴力性を感じるということの優しさ。それでも前に進もうとしている。いや、進んでしまう。
あと、「なにかを知ろうとすることってなんだろう?」とおっしゃっている部分に関してですが、いたずらや遊びって本能的な好奇心っていう感じがしません?
でも社会での成長の過程で、ストップがかかっていくような部分。というか、形が変わっていく、ですね。
小学生のとき担任の先生に、「人と動物の違いは、理性があること」と授業中に言われて、「本当にそうなのかな」と思い、反論して叱られ、それから高校生ぐらいまで考えて、なにか掴んだのですが、そのまま忘れてしまいました。ノートを漁ってみたのですが、残念ながらそれに関して書かれていませんでした。(考えさせるためにした質問なのでしょうけど。しかも私にじゃないし。横槍すみません。でも、もう一回子供の頃に戻れそうです。)
「改行の多用により空間を上手く使うことも手法の一つですが、〜」に関して:
ここに来たのは、そもそもそれが目的だったのですが、来てみて、逆にそれらが不可分であると考えるようになりました。
同時進行していかなければならない部分だと思います。
「なにか」について考える過程で、色々おもしろいことが浮かんできました。
まだはっきり言語化できないことが多いのですが。。。
長ったらしく失礼いたしました。 ('12/04/08 09:14:13 *1)
- 便所虫 :
もひことNewOrderの掛け合いは、見事に成立しておりますよ。なによりクリエイティブです。
ちーちゃんは、一つのテクニックを教えているのではないですか(^-^) そうそう、アインシュタインも言っておりましたよ。考え詰めでは“ひらめき”は生まれない、そこからの発想の転換、解放が必要だと。
イッツ・ア・コーヒーブレイクとね(^-^)
ニューオータニなんかは、オールウェイズ・コーヒーで自身がブレイクしてんですがね。
あれは、説明したらボロが出るからと「ググれ。バ〜カ」みたいに逃げるバカの典型です。
独学でいいんです。それだって個性ですもの。ユニークさは武器ですよね。
他でもないその、コヒー(トミーのがいい?)の独自性に、皆さん目をつけているんだと思いますし。
そこで、一つのテストを、参考資料として挙げておきます。
【詩人適性テスト】
すべてYES,NOでお答えください。
1.妄想こそすべて。
2.テレビよりラジオが好きだ。
3.凝り性だ。
4.破滅型人間。
5.思案に暮れて日が暮れる。
6.たそがれの途方に暮れては夕暮れて。
7.感傷の涙に暮れてはやさぐれて。
8.デリカシーには欠けるけど優しい人より、冷たくてもデリケートな人と一緒にいたい。
9.小暮れたり大暮れたりしてる暇もねんだよデーモンは。
10.暮れ〜の元気なごあいさつ〜。日清サラダ油セット。
11.ああ,アンパンマン,やさしい君は,いけ!みんなの夢,日清サラダ油セット。
12.天ぷらは具の上にころもを作らず,具の下に具を作らず,日清サラダ油セット。
13.セレモニ日清サラダ油セット。
YESが多いほど、ここに居て、より幸せを実感できる体質なのだと思います。なぜかはわからない。セレモニだから。 ('12/04/08 12:07:59)
- ちーちゃん :
>オリジナルもひこさん
回鍋肉をどう変えるか…と言うよりも
原文の回鍋肉の役割からして雲に包まれて居るワケでして… ('12/04/09 08:01:08)
- なるみ :
おはようございます、こひもともひこさん
前作よりも、内面的なものを引きだされようとした作品だったと思います。計算された詩をつくられれるタイプの書き手のようです。
Aa"→Bb"→Cc"→Dd"のコード進行となっているので、曲のようですが、この行進が読者には解られない方が詩としての出来はよくはなりますまいか。
描写は深く抉られる部分と、やや饒舌すぎると思われる箇所があったように感じられました。
傷を残したのは、一連目と四連目で、三連目の描写の特にここなんですが、
>血を流させる
> あるいはそれは涙か
この部分が自分には筆休めのように思われて、抉りこむような描写で痛みを感じて彫刻を彫っているはずなのに、途中で"お茶でも一杯"という雰囲気で語り手の視点が出てきているように感じられてしまい、冷めてしまって頂けなかったです。
終連は、継ぎ目が上手く溶け合わさっているように思われたので、掴んだ臓腑の叫びがどのようなものであったのか、自分は見てみたいようでした。
ありがとうございます。 ('12/04/09 09:40:47 *3)
- 泪 :
…上記の言葉では、あまり上手く伝えられていないように感じたので、下手ながらも書き換えを、試みました、
私が伝えたいことが、伝わったら良いな、と思いながら、、
…失礼致しました、
それ
私はそれを味わってみたく、
爪を立て、傷口を開き
夜毎悩ます
恨みなど忘れて、
侵入する私の利き手が
内部に潜む本質というものを掴み出そうとすると
聞き覚えのある激しい悲鳴が、聞こえる
できるだけそっと触れようと
いつか抱いたことのある赤子のように
そのものに慈しみをもって対面する、
丸くもあり角ばりや尖った鋭さもあり
影響が状況を変化させて
血を流させる、
脈を打っているのか命を持つものなのか
それとも触れた私に感化されたのか
触れると凍てついた氷の温度に驚かされ
反射的に手を離そうとする指先を今、
熱い温度を持つ
液体が流れていく
本能に従ってそれを味わってみたく感じて、
夜毎悩ます
恨みなど忘れて
酔うように、
血を流させる、
あるいはそれは涙か、
聞き覚えのある激しい悲鳴が聞こえる、 ('12/04/09 12:17:13)
- こひもともひこ :
あれまあ、こんどは沢山の言葉を貰ったみたいで。
行けるところまで行ってみましょう。
ちーちゃん:まとめて
どんな言葉であっても、悪意のある理由付けしようと思えばできるねん。「テメーのケツは拭いていけ!」っていうのは、「自分のやったことの後始末はしていけ」ってことやけど、その行為を運子扱いすればできるからね。
回鍋肉には意味はないよ。それとも、めちゃめちゃ強引に意味をつけよか?
回鍋肉は、キャベツと豚肉で作られる料理やねん。でな、そんな一般的な食材を使っても、料理方法次第では美味しいものにできるねんでって(←これは今考えたことやで)。
Teens tableさん:
批評はまともにできてると思うで。暴走さえしなければ(笑)。
「過去」と「なにか」私&New orderさんバージョンの解説は、とても納得のいくものでした。「ああ、なるほどなあ!」と。
リルケの作品はほんと、「なにか」と手法が同じですね。
>「なにか」は、一連目が最終連に位置していてもおかしくない
これは正解です。詳しい解説は、泪さんへの返信で書きます。
なにかを知ろうとすることってなんだろう→好奇心ってなんだろう→・・・と続ける なぜなぜ問答は、私が詩のテーマを考える際によく使用する手です。
>同時進行していかなければならない部分
これに気づいている人には私がアドバイスできることはありません(皮肉じゃないで)。ネット上で沢山の詩を見る限りでは、自由と考えがちな安易な改行をする作品が多く見受けられることに対する私的な意見です。
長文おおきに!
便所虫さん:
二人のやり取りは、なにかを伝えようとしているのかな? とは感じたのですが、端的に書くと「わけわからん」でした。ジェネレーションギャップかしら。
「ググれ。バ〜カ」は、自分で言葉を調べさせるという意味では正しい意見なので、単純に「逃げ」と捉えるのも難しかったりするね。
適正テストの答えは書きませんが、日清サラダ油セットのたたみかけは笑いました。
なるみさん:
コード進行というよりかは、起承転結の作品といったほうが分かりやすいように思います。詳しい解説は次のコメントでやります。
普段から詩(特に現代詩)に接している方にとっては、「なにか」に使われている言葉は「うわー、どっちらけー」と感じる言葉だと思うんですよ。でも、歌詞を見ると、分かりやすい言葉にはそれなりの力があったりしてね。そういった言葉を「どっちらけ」と感じさせないように使えないかなあ? と考えながら作品を書いています。
「全然できてねーよ!」と思われてもへこたれない(独りで毛布にくるまりながら)。
コメントおおきに! ('12/04/09 18:17:57 *2)
- こひもともひこ :
泪さん:
まずアドバイス。
書くことにコンプレックスを持つのは別に問題はありませんが、だから書けないという場合は、特に名作と言われる他人の詩を模写してみましょう(ただしコピー&ペーストは駄目だからね)。
>鳥肌が立つくらい嫌
というのは、ひっくり返せば、それくらい泪さんの感情に踏み込んだといえなくもない。まあ、もっと単純に「下手な詩過ぎて・・・」という場合もあるけどね。
書き換えされた「なにか」については簡単に。
まず、三行目が駄目です。一・二行目で私の作業が始まっているのに、三・四行目でいきなり話がつながらなくなっている。書き換えられたつなぎ方は、私としては絶対にやらないものですが、どうしてもこの書き方をしたのであれば、
爪を立て、傷口を開き
(夜毎悩ます恨みなど忘れて)
侵入する私の利き手が
とするでしょう。
三・四行目を一行にするのであれば( )がなくてもいいのかもしれませんが、これは、状況をより分かりやすくするために使っています。
ここからは「なにか」の解説。(また、下手な解説で悦に浸るな!と怒られそうだけど、最後までやっていきます。)
一連目:頭のNoは連ごとの行数です。
1・普通、人がなにかに興味を持って、そのものを知ろうとする際には、おっかなびっくりで対象物に触ろうとすることからはじまります。これは、触る相手がなになのかが分からない怖さと、そのなにかを強く触ると壊すかもしれない怖さという両方の意味がある。
2&3・はじめて赤子を抱くときは、みんな壊さないようにそっと(おっかなびっくり)抱く。でも、抱き方をマスターしているお母さんは、意外と強引に抱いたりする。しかし、お母さんが強引に抱いているように見えても、絶対にしてはいけない抱き方だけはしない(慈しみをもって)。
4・ここは三行目までとは違って、この詩を書きながら考えている作者の思想が入っています。
「なぜ知ろうとするのか?」みたいなことを考え出すと、寝るときに延々と考えてしまう(夜毎悩ます)。でも、なにかを知ろうと観察したり調べたりしているときには、そんな恨み辛みは忘れている。
二連目は、死体を扱っているイメージからはじまるのですが、死体と思っているものから、生きているものを創りだすことができる様を表しています。
たとえば、それぞれの文字(あ・い・す)は死体ですが、それを単語にすると意味が生まれる「あいす」、さらにそれを詩や小説として表わすと生きた言葉(作品)になる、といったイメージ。
三連目:
この連では、三行目が一番言いたい箇所です。
「影響が状況を変化させ」る。私がこのコメントを書くことによって、それを読んだ人たちになにかしらの影響を与える(逆もまたしかり)。なにかを知ろうとすることは、そうやって他者との影響の上に成り立っている。
四連目:
3・「本質」という言葉に噛み付いた人が多かったように、いま読み返すと「ちと安易かな」と思いました。ここは逃げを打ったようです。
4・他のコメント中で書いたように、大人になり、やたらと知ることを怖がるようになった人であったとしても、かつて子供の頃には、なにかを強引に知ろうとすることを経験している(聞き覚えのある〜悲鳴)、という意味を込めています。
泪さんへ。
一連目で行ごとに書いた説明を元に、二連目以降は何を意図して書いたのかを考えてみて下さい。駄目な詩なりに、ちょっとは得るものがあると思います。 ('12/04/09 19:09:51 *1)
- 泪 :
こひもともひこ様
有り難うございます。アドバイスも...、模写は仰るようにコピー&ペーストを多用していました。印刷も。全文模写は根気が続かなくて、大体の流れをメモする程度でした。これから、きちんとした、模写もしていこうと考えています。取り組みます。
はい…、その辺は、自分でもはっきりしてはいなかったので、今回このようなコメントをしてしまいました。素直に自らの解釈を書き込むことには抵抗が有りました。
私の書き換えを目にされて、こひもともひこさんが、引っかかりを感じられた部分は、そのまま私の読めていない部分を表しています。私の読み取りの力の無さを解って頂いた上で、そこの読み取りが難解であったことを一言お伝えします、
...何を意図されたか、を考える、ですか...、それは、この作品の構成や効果、についてでしょうか...、それとも、別の何かについてですか...?
構成については...、申し訳無いのですが...、お手上げ、です、
作者さんの意図されるところも、全く解りません、
本当に、すみません...、 ('12/04/09 20:38:44 *2)
- こひもともひこ :
泪さん:速いよ!
「お手上げ」という言葉を書くには返信が速すぎです(笑)。
でも、私の解説を読んでも「さっぱりわやや」と泪さんが感じたのであれば、他の方の作品やコメントを参考にするほうがいいと思います。得手不得手というのは誰にでもありますからね。 ('12/04/09 20:59:52)
- 泪 :
...もしかして...、疑問、仮定、(説明)実際、気付き、(転換)結論...、そんな感覚ですか...?意図は、何かに気付かせること、...対象と同じ思考(視点)をそのまま辿らせて、何かを気付かせようとされたのですか...? ('12/04/09 21:15:56)
- ちーちゃん :
>ばかひこ
だから元々意味の無いものをどう変えるかがキモもクソもねえだろうがこのオタンコナス ('12/04/09 21:26:41)
- ちーちゃん :
あと、けつをふく→行為の後始末をする
は分かるけどよ、
人のコメントへの返信を後始末とか表す所に
おまえの人間性が丸出しになってるから気を付けろよ?
パンツとズボンもちゃんとはけよ?
ほら、ちゃんと手洗ったの!? ('12/04/09 21:36:45)
- ちーちゃん :
ちゅうかこんな詩を投稿するやつにダメ出しされるって何かのプレイか!?最新の。 ('12/04/09 21:39:55)
- 二階堂新館 :
言いたい事も伝えたい事も分かるんだけど
どうも作品のイメージがイマイチ沸かないなあ。
俺の技量不足かもしれんけど・・・ ('12/04/09 22:12:59)
- 灼� :
いつからモヒコの生徒になってんねん ? ちーちゃは 。 ('12/04/09 23:18:58)
- ちーちゃん :
>ばかひこさん
何がジェネレーションギャップじゃ相手の年齢の正確な情報もねえクセにこのジジイ! ('12/04/10 00:52:02)
- 泪 :
秋という作品の横に書かれていた形象詩、という言葉に惹かれ、検索をして観念的なもの、詩、言葉の認知、というものを考えました、
もう消してしまったのですが、(秋は、視点を徐々に広げていくことで視覚の広がり、…観念的な広がりを感じられて、作品自体が立体的に感じられる)と、書き込みしていました。
人が認知しているもの、って、やはりとても狭いのですね…、すごく考えさせられました。Teens tableさん、秋を教えて下さり、本当に有難うございます。
こひもともひこさんの解説をお聞きして、私は、
>...もしかして...、疑問、仮定、(説明)実際、気付き、(転換)結論...、そんな感覚ですか...?意図は、何かに気付かせること、...対象と同じ思考(視点)をそのまま辿らせて、何かを気付かせようとされたのですか...? ('12/04/09 21:15:56)
のように理解をしたのですが、立体的に感じる秋という作品と、なにかという作品が構造的に似ているというお言葉に、どうしても納得出来ないでいました。なにかという作品は、私の眼には立体的に見えなかったからです。でも、そうではなくて、秋という作品も、視点の移動による認知の効果と、答えを読者に緩やかに気付かせるという意図が似ているのかな、と二つの作品を重ねることが出来ました、
…もしかしたら、間違えているのかもしれませんが…、(間違えていたら、恥ずかしいので教えて下さい、)
詩の構造に興味を抱きました。
有難うございました。勉強になりました、 ('12/04/10 17:15:42 *2)
- こひもともひこ :
二階堂新館さん:はじめまして
蛾兆さんへの返信で書きましたが、この詩は「テーマ自体は面白いけれど、そこまで踏み込んで書けているわけではない作品」なのだと思いました。
「言いたい事も伝えたい事も分かるんだけど〜イメージがイマイチ沸かないなあ」というのも、同じ理由なんだろうと思います。
コメントおおきに!
泪さん:「こひもともひこ」は回文だよ。「小芋と藻彦」もけっこうおもしろいけど(笑)。
私の詩の読み方は、できるだけ直線で接するところからはじめます。
『秋』の場合だと、題名と一連目は文字どおり秋の景色を描いたもの→二連目「重たい地球」で、ん?もっと対象を大きな物にしているのかな?→三連目「われわれ」「落下はすべてにある」で、人生(あらゆる生物としてもいい)の秋を含ませてるのかな?→四連目「両手に支えている者」は、作者がリルケということを考えると「神」を表わしていると思うのですが、作者を無視して読んだ場合には、私の背景にある「輪廻転生」すなわち「生命が大地に戻り、それが次の生命を生み出す」こととなります。秋から冬、そして春へ。
『秋』という詩の構成を見ると、一連目はそのまま、二連目で視野を広げ、三連目でわれわれ(人や生物)を含有させ、最後にオチへ、という風に読む。
次は『なにか』の読み方。
私が『なにか』を読む場合、題名と一連目は、赤子を初めて抱くときのように、人がなにかに触れようとびくつく様→二連目(一連目は赤子だったはずなのに)角ばりや尖ったということは、これは別の場面に行ったのね。これはなんだろう?→三連目「私に感化」されて「影響が状況を変化」させるということが言いたいのね。ということは、観察・解剖・作り上げることなど、いろいろなイメージを含ませようとした作品なのかな?→四連目「本質」を掴もうとする最後の仕上げ。と読むと思われます(完全に客観的に読むことは不可能だけどね)。
構成を見ると、一連目は(そっと)触ることでなにかを知ろうとしている、二連目は、生命に限定されたもの以外の「なにか」を書こうとしている。視野の広がり。三連目で自分と他者(事物)の関係をも含有させ、最後に本質を掴もうとするオチへ。
どうでしょうか?
『秋』と『なにか』には共通点がけっこうあるように思われます。
とはいえ、これは私見です。「そういう読み方もあるんかあ」という感じで接して下さい。 ('12/04/10 19:36:44)
- 泪 :
こひもともひこ様
…、回文、というものを全く知らず、検索をしました。(…自分は本当にものを知らないのです、)面白いです、と、で、区切っても、また面白い。(面白い返答出来なくて、すみません、、面白い返答をすることが、苦手なのです、)
こひもともひこさんの読み方を眼にして、私の読み方はどのようなものだったか思い浮かべてみました、
私は、先ず全体の印象を大まかに掴んで、(気になる点をその時に眼に留めて幾つか頭の中にぽんぽんと入れ込みます)その後、気になった点だけもう一度眼で追い、(フレーズ)また、頭から今度はイメージを足しながら読み込んでいきます。引っかかった点や、難解だった点を、また頭に留めて、(読めないと感じた場合は)連分けしていたら、気になった連から、していない場合は、気になる箇所か、一番最後から読み返します。
次に感じた印象が正確なのか(本当にそう感じるのか)確認の為にもう一度頭から今度は言葉を追うことを意識して読み込みます。(音読は、本当に難解な時か、リズムがわかりづらい時、音読が楽しそうに感じた時、文字数を揃える詩作をした場合(自作の詩)の時ぐらいしかしません)
秋の解釈…、は、浮かべたものが限りなく映像に近かったので、大まかにしか言えないのですが、空、地球、木の葉、星、(落ちるを浮かべながら)寂寥のなかへ落ちる、
われわれはみんな落ちる この手も落ちるほかをごらん 落下はすべてにあるのだ、
けれども ただひとり この落下を限りなくやさしく その両手に支えている者がある、のエンドレス、です。
全体からこの作品の作者リルケさんが仰りたいことを無意識に思考、していました。詩の言葉を無意識に繰り返しながら、訳された詩の言葉なのにとても自然で音楽的に感じました。
両手で支えている者がある、という最後の言葉がこの作品の軸に思えてずっと思考し続けた結果、両手で支えているもの、に泪しそうになるのです、(間接的な想像の中での結び付きで、支えているものは、今私にとても近しい家族だったり、友人だったり、職場の人だったり、そんな存在を思い浮かべて)
…何だか、、陳腐ですが、そんな風に読み込みました。
なにか、を読み込もうとした時、思い浮かべたものは、自傷、であったり、…そういったものでした。なにか、は、私の中ではいつまでも抜き取れないものなのかな、と感じます。
こひもともひこさんの読み、を眼にして、私の読み方がとても自己流だったことに初めて気が付きました…、広い読み方が出来ていないのは、自分でも自覚出来るような気がしている為、もう少し読み幅を広げられるように作品を初めの印象で決めつけないよう、先入観を持ち過ぎないよう気を付けていこうと感じています。
とても丁寧なご返信を有難うございました。 ('12/04/10 23:26:41 *1)
- 泪 :
…すみません、ふと自分の文章を読み返して、やっとこひもともひこさんがお名前のことを仰った意味を解りました…、表記、間違えてしまっていて、申し訳御座いません…。(赤面)…言い訳ですが、、思い込んでしまったら、文章を読み返しても気付くことが出来なくなってしまう、ようです…
きちんと全部修正を行います。…他にも、誤字脱字がもしありましたら、ご指摘されて下さい…、恥ずかしいので…、、すみませんでした…。 ('12/04/11 14:20:56 *1)
- こひもともひこ :
泪さん:あれま、見落としてた。
名前を間違うのは注意すべきことですが、ネット上でのハンドルネームなんで、そんなに気になさらずに。コメント欄での誤字脱字は指摘しないかな。 ('12/04/14 01:26:17)
- 柚子 :
これ、評者さんが言うほど、ひとりよがりでもないと思うがな ('12/04/14 14:22:12)