春、花が咲くようにして、
幽霊達を埋葬する、
踏み固められた土の上で、
また踵を鳴らす、
姉が、土間に並べられた、
靴の中から、長靴を選んで、
妹の咳が、台所に中で、
食事に降る、
母のエプロンにとまった、
甲虫に、西瓜を与える、
父の、足は裸足だった、
テレビの中の生活が、
時間通りに始まって、
席に着くはずだった、
野球をしに出かけたままの、
弟は、帰ってこない、
仏間にいけられた紫陽花の、
裏で、語られなかった記憶が、
飴玉のようにころがって、
蛙の口に触れる、
テレビの中で、あの家族は、
手を合わせない、
彼らには宗教がない、
だから、悲しい、
後ろを振り向けば、
貴方が歌う歌がある、
帰りはこわい、といって、
さらわれないように、
手を絡めた、
引かれたままの、
髪が、少しだけ抜けて、
祖母が笑った
ゆっくりと引き抜かれるように、
私は、口をぱくぱくさせて、
走り去った足が、
もうついてこない
貴方の乳房が
優しく発狂するように、
私は少しだけ、子供になる、
その手から飴玉が転がるようにして、
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20120308_893_5926p
- 山人 :
今、私たち日本人にとって、春はとても悲しい季節になったのですね。
忘れてはいけない、そういうメッセージを感じました。 ('12/03/08 17:53:17 *3)
- GENKOU :
葬儀屋さんから変わってない気もするが、ぞくぞくしながらおくりびとを読んだ。やはり文学極道サイトって
このレスに打ってよいのか悪いのかわからないが
YUKOさん宛てのレス昼に読んだ。きったねぇ。
人の尻馬に乗っかって
馬鹿呼ばわりかい。
ストッパーになってくれて、ちょっとほっとしたりも、入れ知恵や、理屈や、啓蒙臭い、レスが拭いきれていないぶんね。
この作品も心底読めるとは思わないけど、
最近のいろいろなここの詩、印刷したから、New orderさんにも、いろいろ注文つけたレスするかもね。
まだ貴方とはキャッチボールできない二軍だけどでもいつか。 ('12/03/08 20:42:26)
- ズー :
こんばんは
フラワーダンスのような書きかたなのかなとおもいました。ぱちぱち音がするときに、そのからだや触手のようなものが動く仕組みになっているのかなと。
>幽霊達を埋葬する、
私は、ここのところに違和感というか不思議な感覚を覚えました。幽霊達が、じゃないんですねって、それはお前、お前が読めてないだけだからってことなのかもしれないのですが。
相変わらず感想未満で失礼しました。 ('12/03/08 21:35:42)
- ズー :
いけない
間違いました
ダンシングフラワーっすね。
動は動。静は静というような感じです。
何度も失礼しました。 ('12/03/09 00:31:18)
- WHM :
いい意味で昭和。わるい意味で祖父、兄、動物が出てこないのに納得。書けないんだろう。 ('12/03/09 01:52:35)
- New order :
幽霊達を、のつもりで書いてるよ。幽霊達が、では決してない。昭和w。悪いけど、これは磯野シリーズですよ。磯野家には仏壇がほとんど登場しない。彼らは、日本のお茶の間を代表するアニメでありながら、宗教、政治、に関する話題は一切でないわけ。昭和を描いた、つもりなんてないわけ。天皇から神格を剥奪する時に、まず始めに全国廻りがはじまって、天皇の絵に関する描き方が豹変するわけ。
天皇は、日本における家族モデルの典型として、登場してきたとか、そういう説もあるけど、そういうのとか、どっちにしろ、磯野家は祈らない。何故祈らないのか。そこに祈るものがないからなのか、とか、エロス、タナトスとかそういうものの自分の中で考えていることのネタの断片を使って書いただけ。
昭和ねぇ。 ('12/03/09 10:06:15)
- ひかり :
おはようございます、New orderさん、
非情に面白く拝読させて頂きました。この詩を読んで、時の経過と言うことを思いました。
>幽霊達を埋葬する、
これは分かるような気がしました。実家にもよく戻って来ることがあるからで、たまに
不思議なことが起こったりもしますし、慰霊されたものはよいでしょうが無縁仏とかではやはり良くないと自分もそう思うので。
七連目が変わった表現だけれども、特に良かったように思えました。6,7連目が哀惜についての想い、だと考えました。
最後の一行はいいですね。この先についてどうしても読者は考えてしまうし、転がりはゆっくりとしたものであることを示す伏線が所々に無理なく張られているので読み手は自然にこの流れに入っていけるわけです、 ありがとうございます。 ('12/03/09 12:36:27 *1)
- 泪 :
今日は。山人さんとひかりさんのレスを読んで、やっと読めたようでした、幽霊にからめとられないように私は逃げているのでしょうか、連ごとの繋がりが本当に自然で違和感を感じないまま最終連まで読んでしまいました。抑えた描き方に独特の緊張感と空気を感じました。失礼致しました、 ('12/03/09 14:17:10 *1)
- 右肩 :
New orderさん、こんにちは。
サザエさんに提示された健康的に日本人家族像に対して持たされている愛憎や、天皇一家のフィクションとしての記号的な側面だとか、そういうところとの対照から形成される自己像がしっくりしないまま災害によって失われてしまった現実の家族とか。New orderさんが解説してくれている作品のフレームはそれとして、そこから溢れてくる感情、皮膚と皮膚を合わせたような言葉の肉体的感覚が僕にとっては魅力です。どこか性的な匂いのする「飴玉」という単語とか、
>帰りはこわい、といって、
>さらわれないように、
>手を絡めた、
とう部分に現れた類型性を越えた、精神的な現実感とか。
それがなければ詩ではない、という部分を確実に押さえているように思います。それが良いかどうかはわかりませんが。
僕には書かなかったり書けなかったりしているところです。 ('12/03/10 01:21:29)
- GENKOU :
注がれた文がゆっくりと地中に沈潜していくようだ。
読んで、入ってくるが残らない。背中から言葉の印象が抜けていく。しかも気分よく抜けていく。痕が残らない。だが、文面の言葉は紙面にしっかり座っている。身につまされて私事で読む部分は当初の事態もあって、随所に残るが。そうしてそれ以外の印象は残らない。
詩情をよく自分は、漢字や仮名などの文字に喩えてみると面白いかもしれないな?と思っているのだけど、の、あ、を筆で払いおとした時の、あの感覚に近いもののように、抜けていく。
「現世に異世界を隠し持つ、挟み込む。」
作者さんのいろいろな作からそうしたものを感じる。シマにツカレテそれを読むことがある。
先日真夜中、往生要集の地極巡りをしていた。異世界は日常のどこかしこにいつも潜まれて、それをどこかでスリットのような鋭い隙間を見つけ、言葉にして出来る方のような気もしている。
あと私事なのだが、先達ご指摘くれたこと、貴方が仰るように私は、詩を、雰囲気や入れ知恵や私意に囚われ、詩を、ありのままに読めないようだ。とても残念なことだが。申し訳ない。悪い頭で付したこれまでのコメントも、一度考えなえさねばなるまい。ありがとう。
/以上です。 ('12/03/10 12:38:05)
- 天才詩人 :
俺しかかけないってさんざん毒舌はいてるヤツの作品がこれか。情けねえな。せいぜいキミ、というかここに集ってる詩人君だちにできるのは「ほのめかす」ぐらいなんだろう。これなら村上まがいのケムリくん作品とかのほうがまだマシだぜ。っつうか、現代手帖っぽい作品て、こういうもったいぶったのを言うんじゃないの? ('12/03/10 13:43:08)
- WHM :
前に、ボタンひとつで核は消えないって書いたとき、酒がまずくなるとかしか言えなかった人間が、どの面下げて今さら批評とか詩を語るつもりなのかしら?あれ312前の話だからね。あなたは世界の文脈が読めないってもう証明されたんだから。ほのめかしも使いようだよ。 ('12/03/10 20:25:02)
- 天才詩人 :
相変わらず君のギャグはおもろいな、WHM... ('12/03/11 04:20:04)
- WHM :
もう抑圧された宗教はうんざりだから、ちゃんと感想書きます。
昭和だって言うのは、私の勝手な印象かもしれません。頭に浮かんだ間取りが、そういう感じだったから。具体的に言うと、土間、長靴、台所、エプロン、西瓜、裸足、野球、仏間、テレビ、こういうのが、家族と一緒に短い間に凝縮されて書かれる。だから、間口が狭い家が連なって…奥へ入ると土間と床に高い段差があるような場所で…密集して人が暮らしてる…そんな景色が頭に浮かんできて、そう、私が回った京都の民家はこんな感じだった。
ちなみに、東北ではもっとがらんとした空間があって、こういう距離感になるのは比較的新しく作られた宅地の集落からで、そういう意味でも個人的に昭和を感じたりした。さらに新しい時代になれば、土間や仏間はそもそも家から消えてしまう。
ころがった飴玉は、お供え物のを想像した。そこに至って乳房は、墓地の石像のような感触を呈してくる。読んだ中では、あなたの詩で一番好きかもしれない。 ('12/03/12 23:00:25)
- る :
つまんない。サザエさんシリーズはもうやめた方がいい。なんかぽっぷできゃっちーな感じを狙ってんだか知らないですけど、自分のアイディアに酔ってる感じが臭すぎてやばいです。 ('12/03/15 19:51:04)
- New order :
POPなわけねぇだろ。 ('12/03/15 21:09:03)
- 黒髪 :
New orderさん、こんばんは。
この詩は、最初から最後まで、悲しみに覆われているように思いました。映像をいかに結ぶかに、要点があるように感じました。何か新しい詩、誰も書いたことのないような詩であると思いました。蛙というのが奇抜です。感情による一本線が貫かれていて、その周りを彩るような世界観。ただ、この詩は、詩としては完成度が高いですが、どこに意見が向かうのか、という点で、不毛であるように感じました。 ('12/03/15 21:44:41)
- ひかり :
すみませんNew orderさん、再レスです
この詩は、どちらかと言えばレクイエムの部類にはいるものではないでしょうか? 最初の飴玉に対して、最後に描かれている飴玉はもう少し大きくて透明な水色をイメージしたんですけど、
その飴玉が大きいのはわたしが少し子どもになったからだし、転がり続けていることで、わたしたちは生きていることを提示できている、終わりの三連で、停滞するものを危ういところで振り切れているし、この詩の底流に流れる人間の存在は仏間の紫陽花でも語られているので、非常に整合性の取れたよい詩のように自分には思えたのですが、 いきなりの横レスで済みません。 ('12/03/15 23:13:29 *3)
- 泪 :
横レスすみません、ひかりさん、どういうことですか...?飴玉そのものが私そのものという解釈を私も行おうと思ったのですが、そうすると貴女の乳房が...という辺りやその手からこぼれ落ちる飴玉という辺りが上手くイメージ上でつながらなかったので、私は、貴女が飴玉だと受け取りました。貴女、は多分、祖母を指していて...、転げる飴玉は、幽霊から逃げているようにしか思えなくて、つまり、貴女が逃げないように子供の僕が捕まえようとしているのか...レクイエムになると解釈されたのは、どうして、ですか... ('12/03/15 23:34:17)
- ひかり :
泪 さん、自分の読み取りとしては、
一連目:(浮かばれない)霊を、緩やかにそっと花が開くように埋葬する、で主題の提示
二連目〜三連目 続くはずだった日常
四連目〜五連目 話者から見た停止や停滞、帰らない物、回想や祈りのない現実
六連目が分岐点にあたり、ここで貴方という人の存在が語られて生と手を結んでいる状態
七連目から最後までが、死に捕まりそうになりながらぎりぎりのところで生きている方向へと向かう、祖母は彼岸の向こうから呼んでいる(亡くなった存在に髪を引かれて抜けただけで済んでいる)が >口をぱくぱく ここが、沈黙と、食べると言う生を暗示する行為を表す。 結果 >走り去った足 ここはイメージを重ねてあるんだと思いますが、遠ざかったと言うこと。
最終連は、女性の手から転がされた飴(動を表す)が緩やかに動いているが生の現実、自分は少し子どものこころを取り戻してと、こんな感じに受け取りました。
プゲラー語?についてはキリル文字以上に識らない言語なので、是非その全容を明らかにして欲しいです、無知なので識ることははとても楽しいです、以上です! ('12/03/15 23:58:37 *5)
- 泪 :
ひかりさん、有り難うございます。自分の読み取りの浅さ、実感しました...、私は初連のイメージに引き摺られ過ぎて、生と死の狭間という解釈にまでいけませんでした。幽霊達を埋葬する、というイメージが強くなかなか貴女に繋げられません、私の解釈は、レクイエムというより寧ろ逆の印象、です、埋葬される幽霊達に対してあまり良い印象を持ちませんでした。飴玉を手離す貴女や転がっていく様子から諦めを感じます、埋葬は、結局出来ていない、貴女のイメージもあまり、優しいようには感じませんでした。作品から感じる緊張感や空気が、すごく寂しいです
...読み返します。有り難うございました。 ('12/03/16 00:22:31)
- 柏原 :
『私は少しだけ子供になる』。誰だって子供になると思います。娘なら父親に、息子なら母親に甘えてしまうものですからね。『私』の目から見た詩でしょうけど『私』ではなく違った人物から見たならばどういう出来になっていたのでしょうか?まったく違う内容のものができたと思います。それと比べてみれば見えなかった部分が見えてきてもっと深みのある良い詩ができたと思いますが、いかがか?
あと、『語られなかった記憶』が意味するものの中身を深く掘り下げて説明していただきたいんですけど。 ('12/03/17 13:20:12)
- 笹川 :
これでも聴いて下さい。
siouxsie and the banshees into the light subtitulada
http://www.youtube.com/watch?v=ydl8W2KF00M ('12/03/17 17:14:48)
- ひかり :
すみません柏原さん、再レスです
>私は少しだけ、子供になる
この意味は、子どもが親に甘えるからと言う意味なんでしょうか、自分は違うと思うのですが。
他人というものの存在があることに気がついて、と自分は取りました。"あなた”はそういう自分以外の存在の総称として語られている、と言う読み取り方なのですが。
ストーリー展開から言ってもそう取るのが自然にかんじましたが、どうでしょうか。
だから、この詩をわざわざ誰か一個人に特定してしまったら、詩が狭くなってしまうように感じるんですけど、いかがですか。 ('12/03/18 14:52:40 *3)