いつもと同じで重力があって歩く。そして駅だと思う。監視中なのだと。ホームの端に立って、子供だから、盗んだ液体を舌に届くまで吸った。匂いや味。知っておいた方がいいこと。それからおもむろにストローを引き抜いて、呼気を詰め込んでばかげた球をつくる。これなら確実に浮く。何を言われても返す言葉がない。いやあの、口がふさがってまして。非常な高速で流動する虹色、その合間に製造業が見える。走りだし、走ってきた電車に乗って、その電車が走りすぎるのを見送る。それから私はどうしたかと言いますと、死んでも息だけしつづけていました。と後から報告された。てめえまじめにやれや。
県立図書館の地下一階と一階の間のやる気のない階段通路で、行き交う金属と金属探知機に挟まれ、昨日と明日の雨模様について座学。旅行とはどうすることだろう。365ページ目の後にね、あるんですよ。野球のできそうなだだっぴろい空地が。いまどき珍しく。そして片隅の曲がった木の下には、誰にも言わないでくださいよ、実は・・・ しかし冷静に思い出してみても、だ。パラパラまんがが描かれてたりしたぜ。生物の教科書の、最初のページから最後のページまで。
夕方に帰宅して、米を炊いて食う。幸せだ。
標識がありすぎて、毎日誰かが頭からぶつかって死ぬ。車より人間が多い。「電子レンジにかけないでください」の中で、最も正しいと思うものに○をつけなさい。それから手足のたたみ方を習う。ああきっとあの穴にはいれる、君だってはいれる、と祖父母のグループがテレビで歌っている。墓ならいりませんよ。ごみになるだけだし。ようやく口をあけて言えたが、あいにく私がいない。なんでそう、そんなに、みんな、そうやって地面から生えるの、とひとしきり泣いてもみたが、時間になったので適当に切り上げた。盗んだってってもさ、トイレにあったんだ。そのくらいいいよね、と人生が有意義だ。
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20120116_891_5808p
- 佐々木直人 :
初めまして、岩尾忍さん。読んでいて、暴力的なイメージを感じました。それでも、「夕方に帰宅して、米を炊いて食う。幸せだ」のような表現で少し幸せな現実に戻るような感覚があって、面白い詩だと思いました。僕はとても好きです。 ('12/01/16 00:45:46)
- 評者 :
好みだな。調べてみたら、手帳賞の受賞暦がある方なのか。それっぽくない、いや俺は現代詩手帖をほとんど読まないので、「それっぽくない」というのは独断と偏見にしか裏打ちされてないんですけど。
前作、作品中の1パラグラフがだけ異常に光ってて、これは偶然起こったのかそれとも腕力のある書き手なのか、と悩んだんだけど。今作を見るとかなり腕力のある書き手のようで、嬉しいですね。こういう批評をつける前に「この作品好きだなー」ととりあえず言いたくなる作品は嬉しい。ほんとはここまで書いて終わるのが詩と読者の丁度いいありようだと思うんですが、人には立場があるのでそういうわけにもいかない。
まず、文体ですよね。これ一作読みきって俺は一回も読みが途切れなかった。華美でもないし手の凝った表現が積み重なってるわけでもないけれど、気持ちよく読み進めていける。リズム。俺自身がわりと華美というか、うざったい文章を書くひとなのでこーいうの書ける人羨ましい。最近「文体がよい」と評した人と言えばコーリャさんだけど、ああいうタイプとはまた別の飾り気のない良さ。
http://forauldlangsyne.blog133.fc2.com/blog-entry-69.html
俺は基本的に、「俺より上手いか?」「この人に勝てるか?」が作品の判断基準でして。良い作品を見かけたときは自分が同系統だと思う自作品と読み比べてみることにしてるんですよ。で、この作品と比べて(あ、俺の作品とか読まなくていいですよ、わざわざそんなことしても時間の無駄です。)ああ、俺より上手いわ、と素直に思った。あ、いや俺の話とかどーでもいいと思うんですが。
一連目からそれほど描写に凝ってるわけでもないのに、イメージの連鎖が抜群。次々に現れて来るものものが、文体の力強さともあいまってほとんど違和感を感じさせずスルスル読まされる。
>走りだし、走ってきた電車に乗って、その電車が走りすぎるのを見送る。
みたいな、ある種のナンセンスさを含んだ部分や、唐突にイメージの流れを打ち切るような語彙が次々打ち出されるのに、総体としてノンストップ。一度も切れない。本当に楽しい体験をさせてくれる作品。リズムと語彙の繋ぎ方なのかなぁ、これは。一行切り出してみてそれほど光る場所があるってわけじゃないのに、総体としては本当にすばらしい。
そして、最終連の大きな飛躍に至ってはほとんど意味性や解釈の一義性を放棄してるにも関わらず、ただ読まされる。こういう、異様に楽しい読みの体験は俺自身の精神状況にも大きく影響されているんだろうとは思いますが、この作品は俺は傑作だと思います。いや、スゲー好き。ここまで書いてきて何とか一箇所くらい文句つけようと思ってたんですが、ちょっとつけられなかった。自分の読みに自信は持てないし、明日の朝にはまたちょっと違う感想があるのかもしれませんが、とりあえず今の正直なところはこんな感じ。
ありがとう。とても楽しかった。 ('12/01/16 03:54:37 *1)
- ひかり :
はじめまして、岩尾忍さん、
この文章の意味すら解らないにも拘わらず、非常に楽しんで読ませて頂きました。
評者さんのレスを読んで、"なるほど"と、首肯しながら得心してしまいました。飾り気がないにも拘わらず流麗で、 只の感想しか書けないのですが、
>てめえまじめにやれや。 この部分が非常に気に入っております、江戸っ子の啖呵みたいで。 こういう言葉がすらっと出てくる辺りに作者の心意気と言うかこの文章の凄みがあるようで、ちょっと書けない詩のように思いました、 ありがとうございます。
('12/01/21 17:24:30 *2)
- 岩尾忍 :
佐々木直人さん、コメントありがとうございます。
暴力的ですか。まあ現実ではいたって穏やかに暮らしてるつもりですが、文字の中でくらい少々暴れたっていいよね。
米はよく炊いて食べます。かつおぶしなどかけて。おやつにもなります。
評者さん、
気に入っていただけたようで光栄です。
「まじめにやれや」とミカンやら空き缶やら飛んでくるの覚悟で貼っつけてみたんですが、これは意外な展開。
こういう書き方、何度も同じようなものを読まされると割と簡単に飽きてくるのでは、とも思いますが、しばらく自分で飽きるくらい書いてみようかと思っているので、よかったらまたお付き合いください。
自分でわかってる範囲で何がしたいのかというと、最近、自動翻訳とかtwitterでナンセンス文つぶやき続けてるbotとかにけっこう本気で嫉妬してまして。くそ、人間より面白いもの書きやがって、と。で、あいつらのセンスをどうにか盗んで使ってやりたいわけです。前からそういうことはずっと思っていて、たとえばこういうもの(http://bungoku.jp/ebbs/pastlog/221.html#msg4375)は絶対に面白いと思うんだけれど、でもこれだけではやはりちょっと弱い。これだけだと、たぶんtwitter『圧縮新聞』の有能さに負ける。あいつらに嫉妬しつつ、でも一方で思うのは、あいつらと同じ土俵に乗っちゃったら人間はどうせかなわないんですよ。人間が手動でやることの面白さというのがまだあるはずで、足場はそっちに残しつつ何をどう盗んで使えるか、というのが課題だろうと。
文体については、これ全体で一つの文体というより、パッチワークですね。一つの模様の描き方ではなく、切り方や並べ方の趣味が問われる。リズムがいい、と言っていただけたのは嬉しいです。
ケムリさんの文体は私の印象だと、華美というより、何だろう、艶というか芳香というか、一種フェロモンのある文体。それをうざいと感じる人もいるかもしれませんが、大多数の人は素直にやられてると思いますよ。装飾なら外付けで何とかなりますが、フェロモンってのはなかなかそうもいかないんで、こっちこそ羨ましいです。
ともかく、お忙しいところていねいに書いてくださってありがとうございました。
(しかし評者さんが最初にこういうこと書いちゃうと、後の人がミカン投げにくくなるかも・・・)
ひかりさん、
意味は・・・まあ、わからないですよね。とはいえ、人間の意味への欲望はあなどれないもので、とことん意味がないように書いても、読み手はそこから勝手に意味を生み出してしまったりします。ナンセンスを呈示すること自体の意味、とか。そのへんまで考えると、書くほうはかえって気が楽になることもありますよ。どう伝わるかなんて知ったこっちゃないし、と。 ('12/01/22 21:07:21)
- 笹川 :
手帳賞とった人がこんなの書くていたらくとは、詩界とは白痴の溜まり場か?
いずれ入院ですな。せいぜいご自愛を。 ('12/01/22 22:21:01)
- 鈴屋 :
こんばんは。
電車に乗って自宅に帰ってきて夕ご飯を食べる。それだけのことだけど人というのは誰でもその間にもとりとめもなく、言葉になるかならないかのところで何事かおもっているはず。そこのところを特に意味づけを与えず抽出したらこの詩になった。そうおもう。こういうことは出来そうで出来ないのであって、実は矛盾することを言うようだけど創作力が要る。私も試みたことがあったのですがうまくいかなかった。気張っちゃうんですよ。意味を求めてしまう、あるいは無理やり消そうとする、つまり作ろうとする、ってことかな。メタがところどころ出てきてこれが解ってしまうと面白い。トイレのところとか。
「夕方に帰宅して、米を炊いて食う。幸せだ。」と「と人生が有意義だ。」これいいね、この散文を詩たらしめている。
('12/01/23 00:53:00)
- 岩尾忍 :
笹川さん、
「いずれ入院」って罵倒に使われてもなんか全然インパクトないなあ。入院?いや、みんなよくしてるけど・・・で?って感じで。笹川さんはよほど健康に自信があるのかな。
ついでに正論もちょっと言っとくと、必要な時に必要に応じて病院に行くのは恥でも何でもないです。使える医療は使いましょう。保険はそのためにあるんだし。横光利一は胃潰瘍を精神力で治そうとして死んだらしいですが、かなりはずかしいです。そっちの方が。
鈴屋さん、
コメントありがとうございます。
とりとめのない思いをそのまま抽出して・・・というのとは、実はかなり違う書き方なのです。これは私にとっては。そういう普通の自動記述的な書き方だと、少なくとも私の場合、もっとずっとまともなものしかできません。自分の中から自然に出てくる言葉だけではだめで、外の、離れたところの言葉を意識的に刻み込んでいかないと。だからこういうものこそ、「気張って」「作る」ものだと思っています。なかなかうまくいきませんが。
「トイレ」のどこがどうメタで読解の鍵を握っているのか・・・私いちおう作者なんですが、考えても全然わかりませんでした。いえ、文句を言っているのではなくて、こういうふうに自分を離れて読まれていくのがおもしろい、ということです。鈴屋さんに感想いただけるとは、ここに置いてみた甲斐がありましたね。ありがとうございました。 ('12/01/26 22:22:53)
- 鈴屋 :
岩尾さんは謙虚なのか応答が面倒なのかわからないけど、自作を上げないので返信が来ているのかどうかがわからない。好みは別にして詩もレスもいいのだから上げればとおもう。まあ、こんなことはどうでもいいけど。
メタというのは、いくつかのフレーズが自作に作者が言及しているのじゃないかと、わたしが勝手に受け取ったということです。たとえば「まじめにやれや」とか
「適当に切り上げた」とか「盗んだってってもさ」「そのくらいいいよね」とか。これはこの詩を書いている作者の現場の声じゃないの、とそうおもったのです。「盗んだ」というのは評者さんへのレスのところで引用していた詩の用法?のことです。「トイレ」を中に入れたのは気取られないためかな。こんなふうに考えたのでした。
邪推なんだろうけど、私なりに意味づけをして、一安心、ということでしょうか。
「わかっちゃったぜ、ざまあみろ」と滑稽にも一人悦に入っていたのでした。
上げないでおきますね。 ('12/01/28 01:24:01)
- 岩尾忍 :
鈴屋さん、
再度ありがとうございます。いちいち上げないのは、2ページ目くらいまでに出てればいいだろう、と勝手に判断していたもので。わかりにくくてすみません。
「メタ」的なフレーズは、確かにあるかもしれませんね。でも、私自身、どれがそれにあたるかをはっきり把握してはいません。というか、「メタ」が明確にあるということは「メタ」でない地の部分が明確にあるということですが、そういう書き方でもないので。「現場の声」というなら、全部そうだとも言えるし、そうではないとも言える、というような。
一見して意味不明のものを呈示する以上、どういう意味づけがされても基本的に拒めません。私は割と意味明瞭な詩も好きで、そういう場合にあまりに見当違いの解釈がされると「ちゃんと読め。作者はそう書いてない」とか文句つけたくなることもあるんですが、今回のようなものでそれをやったらそっちの方が野暮だと思います。作者自身といえども。
すみません、と言いつつやっぱりまた上げないでおきます。予想外にレスが立て込むと対応がきつい、というのも実はちょっとあるんですよね。すみませんが、そういうことで。 ('12/01/29 16:53:48)