れ
男たちの影が放物線を描いて蓋を外されたマンホールの中へ落ちていった 実
の生らない梅ノ木はふゆはだをいとおしむかのようにつぐみが降り立つ柚子の
木に寄り添っている パジャマのズボンのすそにゴムを通しながら動物と植物
の黄金率を考えていた女たちがいっせいに小水をもらした 寒冷地対策はねぇ
やっぱり必要なのかなぁと思いました
れて
折れ曲がった筒の中を器用に飛翔体が潜り抜けるきょうは赤口だというのに朝
から縁起がいい ねじりドーナツをほどくのに両手がはなせないでいるので30
センチほど両肘が上がっている 今年は三の酉までありますうひぃふふほーう
いい天気だ
れてて
人でもないものを悲しむ者はくせのあるイミテーションフラワーの枝でも折っ
てあしたの途中に吸い込まれるのだろう 恐竜の吐息を封じ込めた三畳紀の地
層がきょうもねむりにつく あなたもわたしも無塩バターをこがす 私はしょ
くんの熱情は信じます他のものはいっさい信じないにしてもこれだけは信じる
ということを分かっていただきたい そんな声がする するわけないか
>> permanent URI: http://bungoku.jp/ebbs/20071208_083_2491p
- Canopus(角田寿星) :
好き度でいけば「れてて」なんだけど、実のとこいちばん出来がいいのは
「れて」かなあ。視点がぐっと語り手の方に引き寄せられてて、実に安心
して読める。
「れ」が今イチかも。つーのは、徹底した情景描写(いわゆる神視点)か
ら、「寒冷地対策はねぇ…」と視点を変えたことで肩透かしくらって、あ
れれ、ってなっちゃうから。お相撲だったらスルドい肩透かしで高見盛が
四つん這い、なんだけど、これは詩ですからねえ。
さわやかな明るさがあって、俺としてはカナーリよかったぞ。うん。
ナンセンス詩としてもセンスを感じます。俺は支持するよ、この詩。 ('07/12/09 00:10:00 *1)
- ケムリ :
越えてきたなー、という印象。
いや、これって「批評できませんが、好きです」宣言なんですけどね。俺はこの作品が文句なしに好きだけど、好きな理由が説明出来ませんっていう敗北宣言。というのもね、この作品「解釈」する気がおきない。いや、少なくとも俺がなんだかんだと単語を拾ったり、物語に落とし込んだりして批評しても、それはなんか劣化した表象を産むだけだ、って気がするんですね。あるいは、一つの作法に基づいて作られたバラバラ死体を生むだけか。まぁ、それはそれで有益なんだけれど、単純に好きな作品にそれはしたくない。辻さんの作品以来のヒットですね、俺の中では。なんでかわからんけれど。ホントに。最近だと、泉ムジさんの作品とか、俺は評価したわけだけれど、そういうのとはまた違う、「まったくわからんけど、これは好き」っていう評価。一条さん、辻さん、くらいですね。俺がテクニックでなく、こういうのに素直に頭を垂れたのは。いや、それらだってテクニックなのかもしれないけれど、俺にはテクニックに見えないのよ、って意味で。
こうね、批評ってのは結局、「持ち上げる」か「貶める」かのどっちかしか出来ないんじゃねえの?ってのが俺の最近の疑問で、何で好きかわからんけどとにかく好みの作品にぶつかると、批評する気なくなるんですよね。文学極道の価値基準じゃ測れない、少なくとも「評価されやすい」作品じゃない。でも、俺は評価しようじゃないか、としか言いようが無い。どうしたものか。わからんのですよ、この方法論が。持ってない札は切れない。でも、だから楽しい気もするんですけどね。久々に、脳天突き抜ける絶賛。こういうの批評とか無理。素直に楽しむ。 ('07/12/09 01:27:57 *3)
- リーフレイン :
れて が好きです。 ('07/12/09 21:09:33)
- 家族 :
言葉遣いがみごとだとおもう
こういう揺らし方は最近効果があるとおもう
口語というか文語というかという行ったり来たり感
長さがすごくちょうどよかった
尊敬する ('07/12/09 21:56:16)
- 吉井 :
>Canopus(角田寿星)さんはじめまして。
僕はどれも嫌いだな、といえばなんてあまのじゃく星(せい)でしょうか(笑み)。
>けむりさんへ
カチッとしたものは随分先になりそうです。
ほめすぎてもなにもでませんよ(笑み)
>リーフレインさんへ
暦にある世界は妙なもので、日付にしても実態の所在がはかれない。日の出日の入りなんかは測れる気がするのですが、それもあやしい。でもそんな事情に左右されて生きているわけで、不思議といえば不思議。あたりまえといえば当たり前。そんなことも思う今日この頃です。
>家族さんへ
決して尊敬してはなりませぬ(笑み)。 ('07/12/09 22:40:04)
- 雨の実 :
吉井さんの作品は、ここにあるものは全部読ませて頂いているけれど、自由に読ませるところと、曲解させまいとするところ、そのせめぎ合いを(勝手に)感じています。
今回の、れ、れて、れてて。
例えば、ねじれ(名詞)、ねじれて(変化)、ねじれてて(形態)・・・
寄り添う木、折れ曲がった筒の中、くせのあるイミテーションフラワーの枝、などから「形」としてイメージされてくるもの。
また、「時間」や「現象」のねじれも、作品を横切っているようで、十分、力を発揮していると思います。
ただ、かのさんが指摘している、
>寒冷地対策はねぇ
の、透かし方など、工夫の余地がある部分も見られます。
私はナンセンス寄りには、この作品を捉えられないので、ここはもっと工夫を。上手くやってほしい、と願うところです。
ケムリさんが感じられたような、この作品に限っての「作家の飛躍」はあったのかどうか、私にはよくわかりませんでしたが、
この作家なりに続けてきたものが、今どこへ向いて、これからどこへ向かうのか、それがとても楽しみです。 ('07/12/10 22:32:05 *2)
- 吉井 :
>雨の実さんはじめまして。
とても興味深いご指摘いただき、じぶんのことながらも成る程と思っちゃいましたよ。
作品はここにあるものが全部で、まだほんのカケダシです。これからどこえ向かうのか皆目見当がつかないです。
雨の実さんの作品が見たいです。楽しみにしていますね。 ('07/12/10 22:52:15)
- 申士 :
こんばんわ、吉井さん。
申士です。初読でれててで笑ってしまいました。最高なシュール加減です。
れてててになると引くかも。おそらくそう思います。
で、私もれてが最適です。
すいません。意味はまったく分かりませんでした。では、失礼します。 ('07/12/10 23:09:18)
- 申士 :
再三、失礼。
訂正します。意味はまったく分かりませんでした。というより感覚的に掴んでるんで。誤解を招きそうなのは嫌なのですいません。では失礼します。 ('07/12/10 23:33:50)
- 吉井 :
>申士さんこんばんは。
大丈夫ですよ。申士さんのおっしゃりたいことは感覚的に掴んでますよ。 ('07/12/10 23:55:05)
- 申士 :
吉井さんへ
小心者ですいません。感謝しています。ありがとう! ('07/12/11 00:32:42)
- 香瀬 :
こんばんは、吉井さん。
読めないんですねえ、私。この作品。
「れて」と各聯の結びは好きなんだけど、
他の部分でまったく乗れない。潜れない。
意識的に言葉を拾っても何の像も結べなくて。
でも、みなさん評価してらっしゃるから、ありゃ?って。 苦笑
ケムリさんが一条氏や辻氏を例に挙げてるから
再読してみたのですが、私の読んだ印象だと、
これら両氏より吉井さんのこの作品のほうが、角ばってる印象です。
なんか、はじき返されてしまう。
うーん。わからん。
ケムリさんとは逆に、なんか読みづらいんだけど、その理由が指摘できない。
不思議な作品でした、私には。
それでは。
香瀬 拝 ('07/12/11 00:50:30)
- 吉井 :
>香瀬さんおはようございます。
外側を削って形をつくるやり方と内側を削って形をつくるやり方があるとして、内側の方法をとると握りこぶしの中の手相を読み取らせる結果になるのかもしれませんね。「れて」はシューからはみ出たクリームということで(笑み)。 ('07/12/11 07:57:48)
- りす :
こんにちは、吉井さん。
潜在的な作文能力の高さが滲んでくるような詩だなと思いました。これが書けるなら大抵のものは書けるだろうという予感がします。この詩からは、作者の動機やメッセージ性が匂ってこないので、確かな像は結ばないし、結ばないことを目論んでいる言葉づかいなので、読んでいて、いくつもの?に遭遇するのですが、僕は?よりも、!!!のほうがずっと多かったので、楽しむことができました。作者の中には、散文が詩になるための論理(勘)があり、その筋を通すと、こんな詩にならざるをえない、そんな印象です。「れ」「れて」では、その勘が冴え渡っているのですが、「れてて」の中盤で少し曇ってしまい、後半で着地だけは何とか決めた、そんな感じがします。詩の面白さがギュッとつまった作品でした。 ('07/12/12 12:06:18)
- 吉井 :
りすさんこんばんは。
自分では「あなたもわたしも無塩バターをこがす」このフレーズが気にっています。いまのところこの長さの散文が肉体的にも限界です。目が不自由なものですから何事も目に合わせた作業形態をとらざるをえないわけでして。そんなわけで、りすさんの『器�供戮砲弔い謄灰瓮鵐箸靴燭い里任垢�思うように行かないのがザンネンです。 ('07/12/12 23:50:00)
- ゆま :
はじめまして。私も「あなたもわたしも無塩バターをこがす」の一文がいいなと思いました。このような一文が10行あればいいかなとも思いました。
実は、一行目で私は読む気がなくなりまして、ざっと目を通した時に、この文で止まりました。
他の文が書こうとして書いたものだとすれば、この文は取り出したものという感じでしょうか。
吉井さんもご自分で気に入っているとのことでしたので、この文がどこから来たのか考えると見えてくるものがあって楽しいかもしれませんよ。私はよくそうして無意識を意識して楽しみます。 ('07/12/13 08:42:12)
- 吉井 :
>初めましてゆまさん。
想いが一緒なのは、やはりうれしいものです。バターをこがす時は焦がし過ぎないように意識を集中させるのですが、そういった点からするとこのフレーズは過度に意識が詰まっているのかもしれませんね(笑み)。 ('07/12/13 23:14:27)